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在りし日の追憶 サクヤ 後編

 ミサキ=スメラギは転生者であった。


 死んだはずの彼女は別の世界で新たに生を受け、二度目の人生を歩むこととなった。前世の記憶は引き継いだままだ。


「…………」


 ミサキは実家の道場で静かに佇んでいた。正面、少し離れたところには巻き藁が設置されている。ミサキは左腰に携えた刀にそっと手を据え――――


「――――シッ!」


 鋭く息を吐きだすと同時、逆袈裟に素早く振り上げる。藁が落ちる音を確認すると、静かに納刀した。これはミサキが四歳頃から修め始めた抜刀術である。


 ミサキはかつて世界を救った英雄、その血筋の分家の長女として生まれた。しかしこの世界にあの少年はいない。ただ流されるままに時を過ごしていた。


 そんな彼女を見るに見かねてか、祖父が刀を握らせた。スメラギ家は男が刀を握り、女は政治の道具として扱っていたため、これは異例の事だ。


 祖父にとっては孫娘の元気な姿を見たいが為の軽い気持ちでの行動だったのだろう。だがそこで見たものはあまりにも驚くものだった。


 それを言い表すなら、圧倒的な才能。初めて刀を扱うはずの孫娘の太刀筋はあまりにも鋭く、振るう姿はとても美しいものだった。


 それ以降、祖父による刀術の徹底的な指導が始まった。凄まじい勢いで技術を吸収していくミサキに、祖父は長男などを差し置いて指導に熱中していく。


 ミサキは前世では読書家であったこともあり、興味を持ったものに対してのめりこんでいくタイプだ。ただ祖父の言う通りにしていれば上達していく刀術が今回はそうだった。


 それに、ただ無心で刀を振るっている時だけは、彼の事を忘れられるから――――


 ある日、美咲は祖父に呼び出されて本家の道場へとやってきた。そこに揃っていたのは本家や分家の当主の面々に、その子息達だ。


 なぜ呼び出されたのか本家当主から説明を受ける。ミサキの噂を聞き付けた国王が、彼女を貰い受けたいと申し出てきた。見目麗しい彼女が、女好きな国王の目に留まったらしい。


「お前は国王陛下の寵愛を受けると共に、陛下を守る盾とならねばならない。それに見合ったものかどうか、今ここで確かめたい」


 分家の子息の一人が前へと出てくる。彼と手合わせしろということだろう。しかし、ミサキは躊躇った。


 私が王の女に? なんで? どうして?




 ――――私の身も心も全て、連夜くんのモノなのに?




 どす黒い何かが心を満たしていく。


「どうした、早くしろ」

「………はい」


 ミサキも遅れて一歩前へと出る。今から行う手合わせは国王の盾としての実力を試すものだろう。求められるのは、守る力。本来なら受けに徹するべきだ。


 だからこそミサキは


「それでは――はじめ!」


 刹那、ゴトッと重い何かが落ちる音が道場に響いた。音源にあったのは――――男の首。


 残された胴体。綺麗に切断された首の断面からは勢いよく血が噴き出している。


「……アハ、アハハハハハハハハハハ!!!」


 少し黒ががかった赤い液体。僅かに鼻につくその臭い。それを見て、ミサキは嗤った。



 ――――なんて、なんて綺麗なんでしょうか!



 ミサキは血の魅力に囚われていた。


 心の支えであった少年はいない。暴力を振るってくる女達ももういない。


 今まで抑えつけられていた歪んだ欲望が、今解き放たれた。


「き、貴様! 何をして――――」

「黙りなさい」


 首が二つ目。ミサキを止めるべく次々と襲い掛かるが、首の数は増えていく一方だ。


 圧倒的な力を前に、道場が赤く染められていく。ミサキはそれを見て恍惚としている。


 ミサキの他に残ったのは、長い間世話になっていた祖父だけだった。


「ミサキ、なぜ……」

「なぜ……ですか。そんなの――――」


 そして、最後の首が床へと落ちた。


「愉しいに決まってるからじゃないですか」


 ミサキは道場を後にする。心臓は、うるさいほどに高鳴っていた。


※※※


 ある国では一つの問題が起きていた。首を斬り飛ばされたり、体をズタズタに切り裂かれていたりと、見るも無残な死体が毎日のように発見されるのだ。しかし、犯人はいまだに見つかっていない。


 どの被害者も殺害されたのが真夜中であるという情報から、夜中に出歩くものは少なくなってしまった。そんな中、悠々と本を読みながら夜道を歩いている少年がいた。


「見事なもんだな………」


 かつての英雄が異世界の花を再現したとされる桜の木。それが見事に咲き誇って出来た桜道を歩きながら少年は感嘆の溜息を漏らした。


 花見を楽しんでいたそんな時、ほんの僅かな殺気を感じ咄嗟に後ろへとステップをする。


「物騒だな。おちおち読書もしてられない」


 先程まで立っていた場所を何かが切り裂いた。反応が遅れていればお陀仏であっただろう。


「一人の夜道は危ないと親に教わりませんでしたか?」

「お生憎さま、親はもうこの世にはいないんでね」


 目の前に黒髪の少女が現れる。手には立派な刀が握られており、どうやらそういう手合いの者のようだ。


「読書しながら歩くのは危ないですよ?」

「いくらなんでも通り魔に出会うとは思わないだろ」


 少女が少年の持つ本に目を向けると、見覚えのあるものだった。それは少女が好きだったミステリー小説だ。


「私もその小説は好きですよ」

「ああこれか。俺もこのシリーズは好きだ。前作のラストは驚きの連続だったな」

「っ!」


 少女は少年の言葉を聞き息を呑む。その言葉は少女が前世で恋した少年との初めての会話で聞いた言葉だったからだ。


「失礼ですが、お名前を聞いても?」

「知らない人の言うことは聞いちゃいけないって親に言われてるんだ」

「親はもういないんですよね?」

「そんなこと言ったか?」

「ええ」


 なんとなくだが、この少年と話している時間が楽しく、まるで初恋の人と話している時と同じような感覚に少女はなった。


「では改めて。私はミサキです」

「俺はレンヤだ」

「えっ……」


 それは何年経っても忘れることが出来なかった名前。少女が恋した連夜という少年と全く同じ名前だった。


 ――――もしかして、そんなことが? そんな奇跡が?


 歓喜で体が震える。世界を跨ぎ、長い時を跨いで、大好きな人と再会出来た。


 今すぐにでも抱き着きたい。


 今すぐにキスがしたい。


 今すぐに――――血が見たい。


 愛しの彼の血はどんなに美しいものなのだろうか。


 だめだ。血を見るのは、彼をとことん愉しんでからだ。


「それで? なんでこんなことしてるんだ?」


 彼の質問に正直に答える。自分がこれまでに手にかけてきた命の事を。


「ふむ……なら俺と一緒に来るか?」

「……はい?」

「お前は犯罪者として追いかけられる身であり、行くところもない。なら俺の下につかないか?」


 少年曰く、『機関』というところで一緒に働かないかとのこと。主な仕事内容などの説明もしてきたが、ほとんど耳に入らなかった。


 レンヤと――連夜とまたいれる。それだけで少女には充分だったから。


「追われると色々面倒だし、名前だけでも変えるか。適当に考えとけ」

「出来ればレンヤに考えてもらいたいのですが」

「あ? んー」


 考える素振りを見せるレンヤ。ふと何気なしに空を見上げる。


 見事に咲き誇る桜。散った花びらが夜の月明かりに照らされ、どこか幻想的な光景を作り出している。


「咲夜……サクヤでどうだ?」

「サクヤですか……」


 愛する人から授かった名前を何度も反芻する。今この時をサクヤは一生忘れることは無いだろう。


「これからよろしくお願いしますね、レンヤ!」


 綺麗な桜景色に彩られた彼女の笑みは、心の底から嬉しそうに輝いていた。


感想、評価貰えるとモチベが(ry


次回更新は明後日17時予定。

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