考える力
「なに、が……?」
急に見えない重りを乗せられたかのような衝撃を感じ、倒れていく生徒達。その中で優人はどうにかして顔を上げると、そこにはいくつかの人影。
ゾクゾクゾクッ!
その姿を視界に収めた瞬間、体に緊張が走り、脳が警鐘をガンガンと鳴らす。
――――に、逃げないと!!
アレに関わってはダメだ、早く逃げろと本能が告げてくる。何人かは倒れず、片膝をつきながらもどうにか耐えているが、凄いともなんとも思わなかった。
とにかく逃げなければ。ただそれだけだ。
どうにか体をよじり、少しでも距離を空けようとしたところで―――――
「はい、そこまで」
押し潰さんとばかりに降り注いでいた圧が消え、一気に体が軽くなった。続々と立ち上がる生徒達だったが、腰が抜けたのか上手く立ち上がれずにペタンと座り込んでいる人がわずかに見られた。
「すまなかったな」
そんな者達に手を差し伸べるのは、指導員であろう人物だった。体格などからして男なのだろうが、長めの白髪に中性的な整った顔。歳は少し上あたりだろうか?
やがて全員が元に戻ると、自然と視線は前に立つ六人の男女へと集まった。そして先程まで皆に手を貸していた男が一歩前へと出る。
「今回お前達の指導にあたることになったレンヤだ。まずは先程の無礼について謝りたい」
深々と頭を下げるレンヤ。それに対してクラスの代表である紫苑が慌てたように怒ってないから頭を上げてくれと告げる。
「先程のに関してだが、お前達を少し試させてもらった。何人かは見所がある様だ」
レンヤの言葉に幾人かが自信の表情を見せる。あのプレッシャーを耐えた者達だ。
ここで他の指導員の紹介が入る。誰もが見目麗しいため、クラスの空気が少し浮ついているのが優人は気になった。
ここで一人の生徒が手を挙げる。
「あの、疑ってるわけではないんですけど……先生達の実力?が知りたいなあと……」
先程の『試してもらった』の時は何が起きたのかさっぱり分からなかった。出来ればしっかりと見たいと思うのは分からなくもない。
「そうだな。サクヤ、刀を貸せ」
サクヤから刀を受け取り、身体から力を抜くと柄にそっと手を添える。
「『月華千刃』」
ヒュッと風を切る音がしたかと思えば、少し先にある訓練用の特殊素材でできた等身大人形がズタズタに切り裂かれていた。
「とまあ、一応これくらいは出来る」
「人が血反吐はいてものにした技を簡単に真似しないでください」
「血が見れてよかったじゃないか」
「自分のでは喜びませんよ」
レンヤとサクヤが何やら話しているが、優人達の耳には届かなかった。クラスの誰もが、まさにファンタジー……と呆然としている。
「よし、じゃあ早速訓練に移ろう。前衛希望はリオンとサクヤ、後衛希望はミクルーアとセリアとアリシアの所に集まれ。そして――」
レンヤは一人の少年を指差す。
「お前は俺とマンツーマンだ」
「……へ?」
指名された少年――優人はまさかの展開に間の抜けた声を出した。
※※※
訓練が始まった訓練場では現在、多様な光景が見られる。
「ほらほら、あと三周!」
「終わったら休憩ですよー」
リオンとサクヤによって体力作りのために走らされている前衛組。
「イメージしやすければなんだっていいのよ」
「ね、狙う場所をしっかり見て……」
「はい、良く出来ました」
アリシアとセリアとミクルーアによって魔法の指導を受ける後衛組。
「えいっ! えいっ!」
「お、今のは良かったぞ」
男の子が振るう木剣を、同じく木剣を使って受け流していくレンヤ。
「………なにあれ」
確か誰かを指名していたはずなのに、今は子供達と戯れているレンヤを見てメルは呟く。一方シルフィーナはそれを微笑ましそうに眺めていた。
「しるふぃいなさま! ごきげんはよろしくれ?」
「ふふ、よろしいですよ」
シルフィーナは訓練の様子を遠巻きに眺められる場所に位置取り、テーブルと椅子を用意してもらい孤児院の女の子達の相手をしていた。今は『きぞくのおじょうさまごっこ』の最中だ。
「あの人、レンヤに何か言われた後すぐに出て行っちゃったけど……」
「何も心配することはありませんよ。ねー?」
「うん! れんやおにいちゃんはすごいんだよ!」
すっかりお嬢様ではなくなった女の子の様子に、すっかり気の抜けてしまったメルであった。
※※※
立派な城内の廊下を歩きながら、優人はレンヤに言われた言葉の意味を考えていた。
『お前はとにかく考えて行動しろ。考える力がお前の武器だ』
まさかの指名を受け、レンヤの元に行ってみればこんなことを言われ、後は自習だと訓練場を追い出されてしまった。
「考えるっていってもなあ……」
こちらの世界に来たばかりの優人にとっては、何もかもが初めてのことばかりであった。考えろと言われてもその為の予備知識がほとんど無い。
廊下の途中で立ち止まり、必死に頭を回転させるがこれといって思いつかない。
と、ここで何やら背後から足音が聞こえ振り返る。するとそこにいたのはクラスの女子代表を務める前島歌穂だった。
「前島さんどうしたの?」
「急に出て行ったから気になっちゃって。何かあったの?」
一人だけ何もせずに出ていけばそりゃ不思議がるだろう。優人は丁度いいとばかりに経緯を説明した。
「うーん、考えろかぁ……。あ、そういえば予想よりも皆が優秀だから一週間後にダンジョンに行くって言ってたよ? それについて考えてみない?」
「ダンジョン……そういえば午前の授業でも話してたね」
イクリード王国にはダンジョンと呼ばれる地下迷宮がある。魔物が自然に湧くそこは、魔物狩りで生計を立てる者や腕試しをする者等で賑わっている。
「魔物が出るんだよね。どんなのがいるんだろう?」
「それは分からないけど、皆やる気だよ! 私も頑張っちゃうぞー!」
ふんすと気合を入れる歌穂。そしてもう時間だからと戻っていってしまう。
「皆やる気か……まあ気持ちは分からなくもないけど」
ゲームや漫画でよく見るようなファンタジーな世界に来てしまったのだ。男子にしろ女子にしろワクワクしてしまう気持ちは分かる。
「………ん?」
ここで優人は違和感に気付いた。
「ダンジョンの事分からないってまずくない?」
考えてみれば確かにおかしい。基本事項は知ってはいるが、ダンジョンがどんな構想で、どんな魔物が出て、どんな持ち物が必要か。今後のスケジュールを確認したが、もう基本的な説明は終わったのか授業は無く休日と訓練のみになっている。
午前に受けた授業では普通の人なら誰でも知っている常識について学んだ。普通の人なら、だ。
「普通って、どこまでが普通だ?」
例えば冒険者。彼らが普通かと問われればそうではないといえよう。武器を携えた者ばかりが街を歩いていたらここは世紀末か?と疑うだろう。
優人が思い浮かべる普通というのは、親と子がいて、父は仕事に行き母は家事をし、子供は学校に通うような、いわゆる一般家庭だ。決して血生臭いものではない。
そうなると
「足りないのは専門知識か……」
幸いにも時間は有り余っている。自分は知識で皆に貢献しようではないか。
そうと決まればと優人は書庫へと足を進め始める。
書きたいことをうまく文字に表せない感、やばい。
活動報告でいつも更新情報ばかり書いていたので今度からは世間話的なのも入れていこうかなと思っている今日この頃。
次回更新は明後日(21日)17時の予定です。




