物語の世界
お久しぶりです。
短いです。
少女は物語の世界が好きだった。
およそ現実ではありえない摩訶不思議な世界。
涙を誘う恋物語や、ワクワクやドキドキを感じさせるファンタジー。
難解なミステリーや、憧れるちょっぴり大人な世界。
そんな世界に少女はのめり込んでいった。
イジメという現実から、目を逸らすかのように。
※※※
高校生にしては小柄な少年、杉山優人は登校早々自席で寝る態勢に入っていた。これは彼が孤立しているからというわけではなく、日課のようなものだ。
優人は内気な性格であり、人一倍人間関係に敏感であった。人と関わる時は不快な思いをさせないように当たり障りのない対応を心掛け、常に周りに合わせた行動を取る。
杉山優人という人物をどう思っているかとクラスメイトに聞けばほぼ全員が「少し暗いが悪い奴ではない」と答える、そんな少年だ。
そんな彼が机に顔を伏せて寝るフリをしているのには理由があった。
「大会に向けて練習もハードになってきてね。もう体がボロボロだよ」
「そっちも大変なんだね」
優人の耳に届いてくるのはサッカー部のエースで次期キャプテン候補と噂される湊紫苑という少年と、学園のマドンナと呼ばれる前島歌穂の会話だ。
――――湊くんはサッカー部の大会が近くて、『そっちも』ってことは前島さんも料理部の方で何かあるのかな?
優人は会話から凡その二人の近況を把握する。これは人との関係を気にする優人が身につけた処世術の一つで、相手の人となりを知る事で今後の関係を円滑に進めるための術だ。
やってることは盗み聞きではあるのだが。
「でさ~、そいつ本気にしちゃったらしくて」
「マジ? しつこすぎでしょ!」
次に優人の耳に届いたのはいかにもなギャルの見た目をした足立理沙とその取り巻きの会話だ。
――――足立さんは男遊びが激しいって噂だったけど本当なのかな? にしても声大きいなぁ……
そうしている間に時間は進み、担任が教室へと入ってきた。
「それじゃ朝のホームルーム始めます。日直よろしく」
「起立!」
こうして周りに気を遣う優人の一日が始まろうとし――――
「――――へっ?」
眩い光が教室を覆った。
何百年の時を超え、再び勇者は異世界へと足を踏み入れることとなる。
次回更新は本日17時の予定です。




