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一生を共に

 姐さん――レンヤとミクルーアを拾ってくれた者から送られてきたメッセージに返信をした翌日の朝。

 朝じゃなくて昼がよかった、二度寝出来ただろうしと怠惰的な事を考えつつもレンヤは城へと向かっていた。

 

 普段なら仕事の依頼はレンヤが『機関』の施設に赴き、そこで言い渡されるものであった。そのため、城に呼び出されるというのは珍しい。

 

 そう、珍しいだけであってこれまでに無かった訳では無い。

 

 それは王家も『機関』を通してレンヤに仕事の依頼をすることがあるからだ。

 表向きとしては善良なことをして、裏では何をしているか分からないという貴族や団体などは多くある。民が見れる範囲としては表向きのことだけで、裏までは見ることが出来ない。だからこそ民はそのような者達を善き者として称える。


 例えば貧しい者達に援助をしている団体があったとしよう。当然民達はなんて素晴らしい!とその団体を褒め称える。

 しかしその団体は民達にバレぬよう、貧しい者達を助けるという名目で連れ去り、極端ではあるが戦争時の肉壁として扱っていたらどうだろうか。

 民達は団体が貧しい者達を連れていっても仕事を斡旋してもらったのでは?などプラスの方に考えてしまうだろう。平和に暮らしている民には肉壁などという考えは浮かばないからだ。


 国として、そのような団体を見過ごす訳にはいかない。かといって証拠もなく捕らえるわけにはいかないため、しっかりとした調査が必要になる。

 そこで証拠を見つける為にその団体が拠点としている建物を調べろと命令が出たとする。

 だがそこで民たちが壁として立ちはだかる。

 あの団体がそんなことをしている訳ないだろう!そんな命令は横暴だ!と騒ぎ出す。そんな中で無理矢理進めようとすると、民の国に対する信頼は急落してしまう。


 世の中綺麗事で済ませられるほど甘くはない。

 

 それをしっかりと理解していた王家は『機関』に仕事の依頼をした。『機関』はなにも暗殺だけを請け負っている訳ではない。潜入捜査や政治の手助け、極端なものとしては浮気調査などもやる。

 どれもこれもが、王家では手を出しづらいような状態になった時に任されることが多い。ここ最近は便利屋扱いされているような気がしなくもないが……。


 そして数年前、王家が潜入捜査が必要だと判断し『機関』に仕事を依頼した時にレンヤが担当することとなったのだ。暗殺を得意とするレンヤにとっては潜入はお手の物だった。

 簡単に仕事をこなし帰還したレンヤの手際が評価され、指名されるようにまでなっていた。


 今回もその類いだろう、そうレンヤは予想していた。

 

 レンヤは城に着くと警備の兵などを気にすることなく城へ入り、すたすたと目的の部屋へと足を進める。

 レンヤは入城を王によって許可されている。当然それは異例のことである。レンヤは今では平民であり、そんな者が易々と城に入れるわけがない。なのに許されている、それも王に。

 

 そんなレンヤをどうしてあんな奴がと兵達は睨む。しかしそんな視線はレンヤにとってはどうでもよかった。むしろ早く帰って寝たいとさえ思っていた。


 国の最高権力者が住んでいる場所でもあり、国自体を象徴するものなだけあって城はかなり大きく、絢爛でもある。しかしレンヤには興味の無いことであった。


 レンヤとすれ違ったメイド達はその容姿に見惚れたり、城に入れるぐらいなのだから何処かのお坊ちゃんなのでは?もしかして上手くやれば玉の輿?など様々な思索を巡らす。


 目的の部屋の前に辿り着いたレンヤは扉をノックし、どうぞという言葉を聞いて入室した。


 中には、いかにも高級そうなソファーに腰掛けてテーブルを挟んで向かい合った女と男がいた。

 この国の宰相であるリカルドと姐さんである。

 レンヤは許可を求めることなく、姐さんの隣へと座る。


「やっときたね、レンヤくん。待ってたよ~」


 そういってレンヤの腕に抱き着く姐さん。しかしこれはいつもの事。レンヤは慣れた手つきで姐さんの腕を解く。

 姐さんはつまんないの~と自身の髪をくるくると弄っていた。


 姐さんの名前は、『機関』の者ですら知る人はいない。本人が名を明かさず、姐さんと呼べと強要してくるため、そのような呼び名になっている。

 いつも通りのぼさぼさの髪に、シワシワの白衣姿。しっかりとすれば姐さんは美人さんなのにとはミクルーアは度々語っている。


「それで、今回はどんな仕事だ?」


 いじけている姐さんを無視してレンヤはリカルドへと問いかける。


「今回は潜入捜査ですね。学園で何やら不審な動きを捉えたとのことで」

「不審な動きとは? 多くの目がある中で何か出来るとは思えないが」

「だからこその潜入捜査です」

「あまりにも不明瞭すぎる。もう少し詳しく分かってから依頼してくれ」


 レンヤはこれで話は終わりだと立ち上がり部屋を去ろうしたが、腕を姐さんに掴まれていた。


「レンヤくんお願い! これはレンヤくんにしか頼めないの!」


 目をうるうるとさせ、上目遣いで懇願してくる姐さん。いかにもわざとらしい演技ではあるが、仮にも姐さんは命の恩人である。レンヤは姐さんに頼み事をされると弱かった。

 レンヤは溜息をこぼすと再度座った。


「分かった、その依頼はひとまず受ける。リカルドさん、簡潔に説明を頼む」

「はい。まず、レンヤさんには転入生として学園で過ごしてもらうことになります。そこで学園に怪しい動きがないか探って欲しいのです」

「了解した。詳しい日程などは後で連絡してくれ」

「承りました」

「よろしくね、レンヤくん」


 リカルドから仕事の内容を聞き終わり、姐さんの言葉に頷くとレンヤは立ち上がり部屋を出た。

 今度は止められることなく退室したレンヤは廊下を歩きながら仕事の内容について考える。


(俺が学園生か……)


 レンヤは現在十七歳。これは本来なら学園に通っているはずの年齢である。

 義務教育というわけではないが、学園に入るのがあたりまえというのがこの国の風潮だ。

 だがレンヤは入っていない。

 

 なぜならレンヤは人殺しであるから。

 

 学園には夢を持って、将来を見据えて入学する者が大半である。そんな希望を持った者達の中に汚れきった自分が加わっていいわけがない。

 

 そのような思いがあったからだ。

 

 そんな自分が仕事とはいえ学園に入学することになるとは、人生どうなるか分からないなとレンヤは苦笑した。


 孤児院へと帰ってきたレンヤはそのまま自室へ向かい、ベッドに潜り込み昼寝をした。

 城に向かう前から寝たいと思っていたレンヤだったが、学園に入ることで暇な時間が減ることは分かりきっていたので今の内に少しでものんびりしておこうという気持ちもあった。




 レンヤが昼寝から目覚めると既に夕方だった。ミクルーアが夕食の準備をしていたので、子ども達の相手をし、その後皆で夕食をとる。

 夕食が終わると入浴の時間となる。入る順番としては就寝時間が早い子供達が最初となっており、体を洗う手伝いをするためにミクルーアも一緒に入る。

 そのため、必然的にレンヤは最後となる。


 レンヤは入浴を済ませ 、自室へと戻った。

 特にすることもないのでそのまま寝ようとしたが、昼寝をしていた影響かすぐには寝付くことができず、しばらくの間ベッドの端に座りぼーっとしていた。

 するとコンコンと部屋の扉がノックされた。


「レンヤくん、まだ起きてますか?」

「ああ、入っていいぞ」


 失礼しますと言ってミクルーアが入ってくるが、レンヤは彼女の姿を見て目を大きく見開いた。

 

 そこにはYシャツを一枚だけ羽織った女の子がいたからだ。

 

 Yシャツによってギリギリ下着は隠れてはいるが、そこから伸びるのはスラリとした健康的な脚。さらに見えそうで見えない下着という姿は、大変目に毒である。

 

 そんなチラリズムにレンヤがドキドキしていると、その隣にミクルーアが腰掛けた。その際にミクルーアの髪からふわっといい匂いがし、レンヤの心臓の鼓動がさらに早くなる。

 そんな中で、先に口を開いたのはミクルーアだった。


「レンヤくん、今回のお仕事はなんでしたか?」

「潜入捜査だ。実際に生徒になって学園を調査しろだとさ」

「やはりそうでしたか」

「やはり?」


 なぜミクルーアは知っていたかのような口ぶりなのか、不思議に思うレンヤ。


「私も姐さんに頼まれたんです。レンヤくんと学園に行ってみないかと。断っちゃいましたけど」

「断った? なんでだ?」


 ミクルーアも『機関』所属。この孤児院の運営が彼女の仕事であるが、一時的に代理を立て、他の仕事をこなすこともある。今回の仕事に彼女もついてきてくれれば心強いと思っただけに、断った理由が気になった。


「それは秘密です」


 人差し指を唇の前で立て、ウィンクをするミクルーア。長年の経験から、これは絶対に教えてくれないなとレンヤは悟った。


「それはそうとレンヤくん。レンヤくんが学園に通うとなると大変なことになってしまいます」

「大変なこと……?」


 大変なこと?もしかして学園は相当危険な所なのか?と真剣に考え始めるレンヤにミクルーアは続きの言葉を紡いだ。


「レンヤくんがモテモテになってしまいます」

「……そうか」


 真剣に考えた俺は何だったのだろうと、ミクルーアの言葉を聞いて呆れてしまう。


「レンヤくんは格好いいですし、優しいですし、女の子なら誰だって好きになってしまうような素敵な男性です」

「そんなことは無いと思うが……それのどこが大変なんだ?」


 ミクルーアは覚悟を決めたような表情をしていた。


「私の好きな人が、取られてしまうかもしれないから。だから……」


 レンヤの前に立ち、ミクルーアがYシャツを脱ぎ始めた。

 

 そこには上下黒の下着だけの姿になった彼女の姿。キメ細やかで少し白い肌に着痩せをするのであろう、服を着た状態ではあまり分からなかった胸がかなりの主張をしていた。まさに男にとっては理想ともいえる身体。それがレンヤの目の前に晒されていた。


「今宵だけの夢でいいんです。今は、今だけは私を見て欲しいんです」


 レンヤは今まで女性経験はなかったが鈍感というわけではない。ミクルーアの言動が意味することはしっかりと理解していた。

 

 レンヤはミクルーアの腕を引き、ベッドの上に仰向けに倒し、覆いかぶさるようにして抱きしめた。


「れ、レンヤくん……?」


 自分が誘ったとはいえ、レンヤの突然の行動に頬を赤らめつつも戸惑っている。そんな彼女の耳元でレンヤは囁いた。


「今夜だけでもない。夢でもない。俺はこれから先も一生、ミアを見続けるよ」

「っ!」


 レンヤの囁き。それが意味することに気付いたミクルーアは涙を流す。

 

 それから二人の間には言葉は必要なかった。自然に互いの顔が近づき、重なる唇。

 

 この世で最愛の存在と身も心も繋がった充足感が、二人の中で心地よく響いていた。






 レンヤとミクルーアの関係が変わった頃から時は少し遡り、場所は帝国城のとある部屋。


「それにしてもよかったのですか? 素直に、君には普通の生活というのを楽しんでほしいと言わなくて」

「いいんだよ~。それだと聞いてくれなかっただろうしね。あんないい子が人殺しだけで人生終わるなんて、そんな悲しいことは姐さんは許さないぞ~」

「そういえば、彼女も学園に通うことになっていたはずですが?」

「いや~断られちゃった。彼の帰る場所でいるのが私の役目ですから、だって。お熱いね~」

「……そうですか」


 幼い頃から普通とは全く異なった人生を歩んできた少年。普通の少年としての青春を、日常を過ごさせてあげたい。


「君はもう、しがらみから解放されるべきなんだよ。レンヤくん?」


 その呟きは、誰に聞こえることもなく消えていった。




最初の方なのでどうにも説明が多くなってしまいますね……

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