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本当の気持ち

新年もよろしくお願いします。

 第三試合を降参という形で終わらせたミクルーアは対戦相手だったロゼッタを誘い、リオン達と少し離れた席で第四試合の開始を待っていた。


「……なぜだ」

「何がですか?」

「なぜあたしと戦わなかった?」


 今さっき知り合ったばかりで、しかもロゼッタにとっては不本意なことが起きた後で雰囲気が重かった。共に黙り込んでしまい会話という会話がない中でロゼッタはどうしても気になっていたことを勇気を出して尋ねた。


「なぜ、ですか……」


 そもそも勝手に指名されただけのミクルーアにとっては無理に戦う必要などなかったのだ。ロゼッタの家のことを考えれば目の前の戦いから逃げるというのは許されないことだというのも分かる。


 だからこそ危ういと感じた。


 なるほど、彼が言っていたのはこの事だったのか。


「可哀相な人……」

「……今、なんて、誰に向かって言った?」

「貴方に、可哀相な人だと言いました」


 少しづつ顔が赤くなっていくロゼッタに笑顔で言い放つ。悲しいことにレンヤと付き合うにつれて相手の煽り方というものを身につけてしまっていた。


「……に……し……」

「すみません、声が小さすぎて何も聞こえませんでした」


 顔を俯かせ何かを呟いていたロゼッタはゆっくりと顔を上げる。その表情は怒りを露わにしていた。


「あたしを馬鹿にしているのか!」


 怒声に周りの観客から「喧嘩か?」と視線が集まる。


「ええ、馬鹿にしています」


 肯定の言葉の直後、ミクルーアの眼前に逆上したロゼッタの拳が迫っていた。しかし、その拳は届くことは無かった。


「っ!」


 堅い壁を殴りつけたかのような痛みが走り、とっさに腕を引く。


「これは、結界……?」

「そうですよ。貴方程度の力では壊せないほどの頑丈なものです」


 不可視の結界だが、感覚で分かる。ミクルーアの言葉に偽りはない。自分程度ではこの結界を貫くことなど出来ないと。


 だからこそ、ミクルーアに対して猜疑心が強くなる。。


「お前は、一体……」

「貴方にとっては受け入れられないことでしょうね」


 普段はおしとやかなミクルーアの目が真剣なものへと変わる。そして諭すかのように語り始めた。


「生まれてからずっと固定観念という檻の中で過ごし続けてきた。自分の意思から目を背けて、ただ家の誇りを守ろうと、強くあり続ければならないと、操り人形となり槍を握る。これが正しい。これ以上望むものなどない。そう自分に言い聞かせ続けた。自由などないのが当たり前なんだと、それが自分の使命だと偽り続けてきた。本心は全く違うのに」


 ――やめろ。それ以上言うな。


「羨ましかったんですよね? ただただ外の世界を自由に旅することに憧れていたと気付いていたんですよね? でもそれは許されないからと自分の心に何重にも蓋をして。自分を騙していないと自分という存在が曖昧になってしまう気がして、怖くなってしまって。冒険譚や英雄譚を好むのも、自分とは違って自由な登場人物を妬むと同時に羨ましかったから。羨ましくて仕方なかった。ロゼッタ=キャンベルであろうとすればするほど、抑えていたはずの憧れが強くなっていってしまった」


 ――やめろ……やめてくれ!


「あ……あぁ……」


 息が苦しい。ミクルーアの言葉が重くのしかかってくる。


「なぜ貴方がそこまでキャンベル家に固執しているかは私には分かりません。でも、もし貴方を都合の良い存在として操っているのがあの人なら、すぐに解決するでしょう」


 ミクルーアは舞台上にいるロゼッタの父――エドガーへ視線向け、すぐにレンヤに移す。


「だって、レンヤくんは凄いんです」


 愛する人を心の底から信頼している少女に、不安の陰は一切なかった。


※※※


『第四試合、始め!』

 

「お前等、ミクルーアを殺そうとしただろ」

「……何を言っている」

「とぼけるか。まあ情報は既に揃っているしどうでもいい」


 開始直後、レンヤはあることを確かめにかかる。それはロゼッタにミクルーアを殺させようとしたことだ。


 『機関』の諜報部門を担っているのはアリシアだ。集まった情報はアリシアを通して『機関』へと渡る。それはレンヤにも渡ってくるが、彼は彼で別の情報網があり、そちらから集めた情報も併せてより正確なものへとしていく。レンヤの諜報の根は国中に張り巡らされている。


 アリシアからもたらされた情報と、以前たまたま耳にしていた情報を組み合わせ、更に今回の模擬戦でのキャンベル親子の様子を見て狙いに気付いていた。


「本来ならミクルーアの命を狙ったからには死んだ方がマシと思えるぐらいには痛めつけたいんだがな。生憎子供達の前でそんなことは出来ん。だからお前等の好きな正々堂々とやらで戦ってやるよ。ただし――」


 レンヤの一挙手一投足に注意を払うエドガーに対して、レンヤは悠々と大鎌を構える。


「よっと」


 何もない場所で大鎌を横薙ぎに払う。レンヤの謎の行為に、察しのついている一部の者以外が不思議に思った直後だった。


 パリーン。


 何かが割れる小さな音がエドガーの耳に届く。エドガーはいち早くその正体を察した。


「貴様……結界を……?」

「ご明察」


 訓練場を囲う結界は死亡者を出さないためのものだ。当然用途が用途なだけに頑丈であり、少なくとも人間業では壊せぬようになっている。


「お前等が何を企んでいるかなんて分かってんだ。こっちから乗ってやるよ。俺が負けたらなんでも言うこと聞いてやる。代わりに、命ぐらい賭けてもらわないとな?」


 ここまではレンヤが勝手に話を進めているに過ぎない。エドガーが認めるか証拠が見つからない限りは殺害計画が本当にあったかも証明できない。


 だがそんなことはレンヤにとってはどうでもよかった。


 万が一、いや、億が一でもミクルーアを害そうとする可能性が相手にあるのならば消すだけだ。正義の心や良心など関係なく、無理矢理エゴを通すだけだ。たとえそれが不確定な情報からくる可能性であったとしても。


 エドガーにとってレンヤの提案は悪いものではなかった。気圧されたところはあったが、目の前にいるのは自分の半分も生きていないような若造だ。娘に勝ち、将来有望とはいえ最後に勝敗に物を言うのは経験だ。早々に決着をつけてキャンベル家に引き込む。


 慢心だ。幼い頃から御三家という良家でエリートとして育てられてきたからか、はたまた長い間本気で戦う機会が訪れなかったからか。恵まれた血筋と長い人生で培ってきた経験が、エドガーに油断を生んでいたことは確かだった。


 圧倒的な力を前にして、それらは無意味だということをすぐに思い知らされることになる。


「観客も退屈だろうし、そろそろ始めようか」


 そう言ったレンヤは相変わらず余裕そうに立っているだけだった。


「後悔するぞ」


 エドガーがそう呟いた刹那、姿を消した。これが『神速の槍』と呼ばれる所以の技だ。まさに一撃必殺。目にも留まらぬ速さでレンヤの懐に飛び込み、槍で刺し貫こうとする。


 ――はずだった。


「なんだと!?」


 腹部目掛けて放たれた一撃は、柄を握られたことで届くことはなかった。


「残念だったな」


 左手で掴んだまま、レンヤはもう片方の手で大鎌を首目掛けて振るう。エドガーは必殺の一撃を止められたことに動揺しつつも反射的に槍から手を放し後ろに跳躍することで避ける。


 どうにかして距離を取ったが、安心するのも束の間、後ろに気配を感じて前方へ転がり跳ぶ。先程まで首があった場所を何かが切り裂いていた。


「さあ、どんどん逃げ回れ」


 ゆっくりと歩み寄ってくるレンヤ。その姿がエドガーに死神を想起させた。漆黒の大鎌を手に、首を刈り取りに来る死の象徴。


 もう余裕など存在しなかった。生き残ることだけを考える。


「降さ――!?」

「させるわけないだろ?」


 いつの間にか目の前まで迫っていたレンヤに隠し持っていたであろうナイフで腹部を刺される。子供達には見えないように自身の体で隠す徹底ぶりだ。エドガーは降参を告げることも出来ずに地面に手をつく。


 レンヤはエドガーの頭を掴み上げた。


「さて、何が出てくるかな? 『記憶闇喰ゲニス・イーター』」


 魔法を発動すると、黒いモヤがエドガーの顔を包み込む。


 読み込んだ記憶がレンヤへと流れ込む。そこで目当てのものを見つけたと同時に、予想だにしていなかったものまで見つけてしまう。

 それは、エドガーへと交渉するローブ姿の人物。かつて学園に『亡国の騎士』をけしかけて乗っ取らせ、魔物の大群に国を襲わせたであろう人物だった。


「後で緊急招集か。めんどくさ……」


 まさかの面倒事の到来に頭に痛みを感じつつも、本来の目的を果たすべく大鎌を構える。


「断ち切れ――!」


 エドガーの首に刃が通る。しかし首と胴が離れることは無く、元のままだ。


 観客はまだ結界が張ってあり、エドガーが死ぬとは思っていない。だが事実として結界は既に無くなっており、死が訪れているはずだった。


 なぜ首は飛ばなかったのか。それは単純なことだ。


「これで洗脳は解けたな。後の事は全部あの女次第ってことだ」


 人の意識を誘導する洗脳系の魔法。エドガーとロゼッタを繋いでいた糸だけを(・・・)断ち切ったのだ。


 やることはやったと最後にエドガーの意識を奪い取り、勝負は終わった。傍から見ればレンヤの圧勝だ。子供達の歓声が届く。


 レンヤは手を振って歓声に応えた。


お読みいただきありがとうございました。


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