狂った幕開け
『もっと妾のことを掘り下げるべきじゃ! この完全無欠容姿端麗厚顔無恥のこの妾のことを!』
『久しぶりに起きたと思ったら早速うるせぇ……てか三つ目はなにか違う気がするぞ』
『む、おはようレンヤ! 魔王の話と聞いて飛び起きたわ!』
周りの者に聞こえぬように念話で話し始める二人。
過去に契約した魔王はレンヤの中で頻繁に眠りについていた。だが本人が興味を示す出来事が起こると今回のように唐突に眠りから起きて騒ぎ出すこともあった。
頭の中で喚かれると軽い頭痛を感じ、不快な気分になるのが恒例だ。
『まあ所詮は御伽噺の類じゃろ。それより体が動かしたいぞ。妾は戦いに飢えておる。何かないのかえ?』
『我が儘言うな。そう都合良くあるわけが――』
「次は戦闘科主催の一般参加有りの模擬戦でも見に行きましょう」
『……………』
『くふふふふふふふ』
サクヤの一言で、次の予定が決まった。
※※※
戦闘科の訓練場に足を運ぶと、打ちあう音と気合の入った声が響いていた。客もそれなりに入っており、ある程度の盛り上がりを見せている。
座れる場所を探すと、なぜかぽかんと空いたほとんど誰も座っていない部分があった。その中央には、模擬戦そっちのけで少年にべったりくっつき体を擦り付け甘えている少女と、それを止めさせようと慌てふためいている少女がいた。たしかにアレには近付きたくはないだろう。
だが良くも悪くも空気を読まない【機関】のメンバーには関係なかった。レンヤだけは心底嫌そうではあったが。
「デートはいかがですか? リオン」
「やぁサクヤ。見ての通りだよ」
苦笑するリオンはどことなく疲れているように見えた。
リオン組と合流したレンヤ達は模擬戦を観戦していた。一般参加有りとはいっても参加してるのは来年度に戦闘科に入学する予定の者達のようだ。一足早く先輩達と実力を競っている。中々派手な試合に、子供達の目は輝いていた。
しばらく見ていると拡声器を持った司会らしき男が現れた。
『それではここでスペシャルゲストの登場です!』
司会の声と同時にゆっくりと訓練場に入ってきたのは四人の男女。
『御三家が一家、キャンベル家当主エドガー様! その娘にして戦闘科序列十位、ロゼッタ様!』
「あれってレンヤに決闘吹っ掛けてきた娘?」
「そうだな」
「ふぅん……選ばれる素質を持ってるみたいだね」
「どうだかな」
レンヤとリオンが話している間にも残りの二人が入場する。先の二人と同様に御三家で、城でレンヤを敵視していたラルフとミレーヌだ。
『なんと御三家の方々が直々に手合わせしてくれるそうです! 皆さん? 滅多に無いチャンスですよ! さぁ、我こそはとい――――』
「少し待ってもらおう」
司会の言葉をエドガーが遮り、一歩前へ出た。厳しい顔つきに引き締まった体は御三家当主としての風格を感じさせる。
「相手だが、今回はこちらから指名させてもらいたい」
エドガーの言葉に会場がどよめく。なぜ?といった顔をした者がほとんどだ。
「私とロゼッタ以外は通常通り希望制で良い。そして私が指名するのは――」
エドガーが指さす先、そこにいたのは
「ご指名だぞメル」
「どう見ても指されてるのはレンヤでしょ」
レンヤだった。
※※※
最終的な組み合わせはこうなった。
・第一試合 サクヤ 対 ラルフ
・第二試合 リオン 対 ミレーヌ
・第三試合 ミクルーア 対 ロゼッタ
・第四試合 レンヤ 対 エドガー
サクヤとリオンは面白そうだからという理由で希望。レンヤは渋り、さらにロゼッタによってミクルーアが指名されたことで断固反対の意を示した。が、溺愛している子供達の『お兄ちゃん、お姉ちゃんの格好いいところが見たい』という願いのこもった潤んだ目を向けられて意志が折れかけ、ミクルーアも指名を受け入れたことにより敗北した。
模擬戦のルールは武器持ち込み可。魔道具によって訓練場には結界が張っており、この中ではいくら傷付け、ダメージを与えても死に至ることは無い。外に出れば元通りだ。要は実戦形式の何でも有り。かといってあくまでも模擬戦なので最低限のモラルは守るのが当たり前の認識だ。
守る者がいるかどうかは定かではない。
『それでは第一試合を始めます!』
※※※
まもなく第一試合が始まる。舞台ではサクヤとラルフが対峙していた。
「先手はそちらに譲るよ。紳士としてレディーファーストは基本だからね」
「そうですか、ありがとうございます」
キザな言葉に対して、サクヤは微笑みながら感謝する。ラルフはその笑みに思わず見惚れてしまった。同い年あたりであろう少女の、まるで凛と咲く一輪の花のような美しさや気高さに胸が高鳴ってしまう。
ぽーっとしているラルフは誰が見ても一目惚れしてしまったのだと分かってしまうほどだった。
だがラルフは勘違いをしている。花は花でも、それは毒花だということを。
そうとは知らず戦いに備えて剣を構える。サクヤも抜刀はせずに柄に手を軽く添える。そして二人は身体強化の魔法を使い、準備は終わる。
『それでは第一試合――始め!』
「【月華千刀】」
開始直後、サクヤの呟きと同時にヒュッ!と風を切る音が微かに鳴った。刀は鞘に納まったままでその場から動いた様子もない。
何も変化は起きていない。一部の者を除いて何が起きたか理解できなかった。
だがそれも僅かな間の事。
「ぐあああああああああぁぁぁああ!!!!」
ラルフの苦痛に満ちた叫び。何かで切られた傷が体中に無数に存在していた。
「久しぶりにサクヤの技を見たわね」
「何が起きたの? 私には何も見えなかったんだけど……」
「メルはしょうがないわよ。あれは刀を振るのに合わせて不可視の風の刃を飛ばしてるだけ。ただそれを一瞬でやったから何が起きたか分からないの。単純でしょ? あれでも手を抜いてるのよ。本当だったら細切れになってるはずだし」
アリシアが言う通りではあるが、問題なのはあの一瞬で無数の傷を生むほど刀を振ったということだ。身体強化を施してるとはいえ、人間技ではない。
「『機関』にいる奴ってのは大抵訳ありなの。超越者の私達はその中でも群を抜いてる、化け物の集まりね。どう? 怖くなったかしら?」
前に見た魔物達との戦いでは凄いとは思ったが圧倒的過ぎていまいち超越者の実力が分かりづらかった。だが今回でしっかりと分かった。
「私達はどこか狂ってるのよ。ほら、見てみなさい」
メルはサクヤへと視線を戻す。
「うふふふふふふふふふふふ」
「がっ、ぐっ」
そこには恍惚とした表情で、横たわったラルフの腹を何度も踏みつけているサクヤがいた。
「良い! 良いですよその表情! もっと苦しみ、絶望なさい!」
呼吸もままならず、ラルフはただ地獄に耐えるしかなかった。苦痛で歪んだ顔を見てサクヤは愉しそうに嗤い続ける。
見ていられないと顔を逸らす者が続出する。だが誰も止めようとはしない。狂気を前にして勇気が出せないでいた。
「そろそろ仕上げにしましょうか」
サクヤは刀を構える。狙いは首だ。
「さて、あなたの血はどんな色ですか?」
ラルフの首へと鋭い一閃が放たれ、首と胴体が離れる――――ことは無かった。
「そこまでにしろ。やりすぎだ」
レンヤが間に入った。サクヤはピタリと動きを止めた。
「――邪魔するんですか?」
「変に問題を起こされるくらいならな。既になってる気がしなくもないが」
「……仕方ないですね」
サクヤは静かに納刀すると観客席へと戻っていった。
「あー、どうする? まだ続けるのか?」
レンヤはエドガーへと問いかけた。観客も気分を悪くして出ていってしまい、続行という空気ではない。
「……続行だ。第二試合へと移る」
「よっし! 僕の出番だね!」
重苦しい雰囲気の中、リオンの明るい声がいやに響き渡った。
お読みいただきありがとうございました。
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