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在りし日の追憶 レンヤ&??? 前編

一週間とはなんだったのか。遅れてしまい申し訳ありません。


「在りし日の追憶 レンヤ&ミクルーア」の続きみたいなものです。

 少年は嘆き苦しみ、とめどなく溢れ出てくる感情を抑えることは出来なかった。頬を伝い続ける涙もついには枯れ、喉すらも枯れた。悲しみに囚われた心が自身を責め続けている。


 ――――俺のせいだ。


 祖国を亡くし、流れ者の孤児として地獄とも思えるような苦しい生活に耐え、やっと手に入れた今という時間。裏社会へと足を踏み入れてしまったが後悔は無いし、大切な人を救えればそれで充分だった。一時の平和を楽しめていた。


 そんな平和を、より輝かしいものにしてくれた人物がいた。生活拠点となる孤児院の運営者として少年達の世話をしてくれた女性。包容力があり、誰からも好かれるような、そんな温かさを持っていた。


 少年達を見つめる目はとても穏やかで、見られる側としては少し恥ずかしいところもあったが嫌ではなかった。駄目なことは駄目だと叱り、良いことをすれば褒めてくれる。急に抱き締めてくれることもあり、反射的に止めろと言ってしまっていたが、本当はもっとしてほしかった。


 なによりも印象に残っているのが度々女性が言ってくれた『愛してる』という言葉だった。なぜかその言葉がスーッと胸に入り込み、ポカポカと胸を暖めてくれ、何とも言えないむず痒さを感じていた。


 亡くしてから気付いた。それが愛されることの喜び、嬉しさなのだと。


 前世でも生まれてすぐに母を亡くし、父は仕事で海外を飛び回っていた。久しぶりに帰ってきたかと思えば仕事で溜まった苛立ちを暴力としてぶつけてきた。それが長期間続けば耐えられるわけがない。前世で親から貰ったものは愛情ではなく苦痛だった。


 転生して一国の王子となってからも愛というものがなにか分からなかった。国のしきたりとして十歳になるまで表には顔も出せず、親との面会も出来ない。それにはちゃんとした理由があったのだが、教えられることは無かった。普段は仕事として世話をしてくれる堅苦しい態度の侍女たちと教育のために呼ばれた教師、そして婚約者として用意された少女とだけ接していた。一人だけ気楽に接してきてくれる侍女がいたが、今思えばそれは策略の一つだったのだろう。


 だからこそ気付くのが遅れた。遅れてしまった。


 その女性は少年を愛してくれていたのだ。それこそ親のように。


 もう遅い。その愛情に応えることも、親孝行をすることも叶わない。相手はもうこの世にいないのだから。


 ――――俺が油断してたから。平和ボケしていたから。


 少女はあの日から泣くことは無かった。きっと子供達の前で泣き顔を見せないようにしていたのだろう。子供達は気付かなくとも、長年一緒だった故に少年は分かってしまった。


 無理をしている。子供達を不安にさせないように必死に本心を抑え込んでいるのだと。強い女の子だ。


 ――――俺に足りないものはなんだ?


 分かってしまうが故に辛かった。今すぐにでも崩れ落ちて泣きたい、そんな悲しみを抑え込んで普段通りを演じている少女に対して、少年は自分に何が出来るか考えた。もうあんな惨劇は起こしたくないと。


 ――――力だ。圧倒的な力が欲しい。


 どんな理不尽が待っていようとも。どんな運命が待っていようとも。どんな障害が立ちはだかろうとも。


 圧倒的な力で、全てを無理矢理ねじ伏せてしまえばいい。


 少年は力を求めた。もう大切な人を無くさないために。大切な人を泣かせないために――――


※※※


「本当に行くんだねぇ~」

「………ええ」


 日も未だに出ておらず、街もまだ喧騒さを見せていない早朝。レンヤは心配させないようにと置き手紙を残し、そっと孤児院を出ると姐さんが外で待ち構えていた。


「ミアのことは頼みました」

「うん、任されました~」


 レンヤはこれから旅に出ようとしていた。その間の孤児院、そしてミクルーアの身の回りの安全を確保するようにあらかじめ姐さんに頼んでいた。


「いつ戻ってこれるのかな?」

「分かりません。一年以上はかかるかと」

「ミアちゃんが悲しむよ?」

「それは……」


 レンヤは顔を俯かせる。ドロテアが居なくなり、レンヤまでも居なくなった後のミクルーアがどうなってしまうのか。ただでさえ不安定な状態の彼女を置いていくことの危うさは理解していた。それでもこの一年とこれから先の未来のどちらが大事かをを天秤にかければ後者に傾く。


「レンヤくん」


 レンヤが続きの言葉を紡げず、静まり返った場に透き通るような声が凛と響いた。


 背後から聞こえる聞き慣れた声に、レンヤは後ろめたさのせいか振り返ることは出来なかった。


「ミア……」


 レンヤは後ろから強く抱き締められていた。もう離さないと言わんばかりに、力を込められて。


「行かないでください……」

「……すまん」


 レンヤはただ謝ることしか出来なかった。


「なんてことは言いません」

「へ?」


 思わず間抜けな声をレンヤは出してしまう。


「私はレンヤくんを信じてますから。必ず戻ってきてくれると」


 レンヤは今回の旅の目的は伝えていない。きっと知ってしまったら意地でも引き留めにかかると分かっていたからだ。しかし目的が分からないということは心の不安を煽り、焦らせる。なのにミクルーアは信じているからという理由だけで受け入れてくれた。


「レンヤくんは今まで私の為に無茶を沢山してくれました。我儘を言わずに、頑張ってくれました。だから今度は私がレンヤくんの我儘を聞いてあげたいんです」


 ミクルーアは優しい声音で語り続ける。


「私は待っています。レンヤくんが帰ってくるその時まで。………でも、早く帰ってきてくれないと、他の男の人に居場所を求めるかもしれません」


 聞き捨てならない言葉に、レンヤは勢いよく振り返った。


 そこにあったのは、いつも通りの愛おしい微笑みだった。


 サプライズ成功とばかりに笑うミクルーアを見て、レンヤは思った。


 ――――適わないなぁ。


 レンヤは溢れる気持ちを抑えきれずにミクルーアを正面から抱きしめる。


「絶対に戻ってくる。その時はもう一度こうしてもいいか?」

「もちろんです。レンヤくん、少し屈んでもらってもいいですか?」

「?」


 言われたとおりに屈むと額に柔らかな感触が伝わる。ミクルーアがそっと口付けをしていた。


「ん……安全祈願のおまじないです」

「……ありがとな」


 二人揃って顔が熟れた林檎のように赤くなっている。姐さんはそれを微笑ましそうに眺めていた。


「それじゃ行ってくる」

「いってらっしゃい」


 そしてレンヤの旅は始まった


 レンヤはまだ知らない。その先に運命的な出会いと波乱が待ち受けていることを。


※※※


 ミクルーアに見送られ、気合を入れたにもかかわらず目的地までは何事もなく無事に到着した。そもそも目的地以外は安全な場所ばかりだったから当然のことではあったが。


 馬で移動し、途中の街などで休憩を挟む。荷物などは全て異空間に倉庫を作り出す無属性魔法の『異空間庫』に入れているため手ぶらだ。念じれば目的のものを出してくれる。


 レンヤ自身はあまり疲労を感じてはいなかったが馬はそうではない。休憩は主に馬のためであったが、その間にレンヤは食料の補給と情報収集を行う。


 旅の目的は過去に起きた勇者と魔王の戦いにおいて封印された魔王の力を手に入れることだ。二度と復活しない様に『終焉の森』の奥深くに魂ごと封印された魔王。そして森の周りには誰も近付けぬように結界が何重にも厳重に張られている。


 だがその結界も所詮は魔法。魔法を無効化する『異能』を持つレンヤには意味を持たない。


 そもそも魔王の力を手に入れられるかは曖昧な情報しかなかった。それでも少しでも可能性があるならレンヤはそれに縋る。駄目だとしても魔王の愛用武器も収められているらしいのでそれを拝借する予定だ。


 レンヤが今回集めたかった情報とは封印場所である『終焉の森』について。封印されてもなお溢れ出る魔王の瘴気が魔物を凶暴化させる。そこに行くことは死にに行くことと同意であり、結界はこの魔物達を外に出さないためのものでもあった。


 それでも好奇心に負けて訪れる馬鹿はいた。中には入れなくとも、外から森を観察し続けた。そんな変わり者をレンヤは見つけ、情報を聞き出した。


 結果、分かったことは魔物達との交戦は絶対に避けることだ。それは一刻も早くミクルーアのところへ戻りたいと思っていたレンヤにとっては不利益な情報。


 危険を承知で突っ切っていっても実力不足で殺されるだけ。だからこそ常に魔物の気配に気を配り、避けるようにしながら移動することになるので、時間がかかってしまうのだ。だからといって今更中止というわけにはいかない。


 レンヤはおよそ半年をかけて『終焉の森』に辿り着いた。馬から降り眺めてみると一見普通の森ではあるが、一歩足を踏み込めばそこは地獄だ。


 森に入る際にチリっと少しだけ肌の焼けるような感覚がしたが、無事に不可視の結界を通れたということだろう。


 そこに待っていたのは予想以上の地獄だった。


 地上には龍や大蛇、キメラや一角獣などといった発見されただけで国が動き出すような魔物が。空には怪鳥が飛び回っている。どの魔物も知能が発達しており、感覚も鋭い。


 暗殺者として鍛えたスキルをフルに活用して気付かれないように奥へと進んでいく。足音を消し、気配を消し、臭い対策としてそこかしこに体を擦り付けておく。一瞬たりとも気を抜くことは許されない。単独で移動するのは動きやすい分、見つかった際に助けは入らないということは理解していた。


 天が味方したのか、見つかることは無く森の最奥へとレンヤは辿り着いた。戦闘は無かったが、緊張感によって肉体的にも精神的にもボロボロだ。帰りにもこれがあると思うと気が滅入ってしまう。


 今まで見てきた木々や草花が途絶え、円形に開けた地の中央には台座が置いてあった。そこに突き刺さっているのは漆黒の大鎌。刃の部分には赤い線が血管のように張り巡らされていた。


 手に取ろうと近付いていくにつれどんどんと体が重くなっていく。森に入っていたころから感じていた瘴気がどんどんと濃くなっていくのだ。


 どうにか堪え、大鎌に触れたその瞬間――――


 レンヤの姿が、その場から消え去った。


お読みいただきありがとうございました。

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