安っぽい物語
久しぶりの更新となってしまいました。申し訳ありません。
「お兄ちゃーん! 起きてー!」
元気な声を発しながらレンヤを揺さぶる孤児院の子供。朝には弱いレンヤを起こしてくるようにとミクルーアに頼まれており、その任務を遂行している最中だ。
「起きて! 起きて!」
ぴょんぴょんと跳ねながらも声をかけるが起きる気配は一切ない。
「む~」
不満げに頬を膨らませた子供は最終手段をとることにした。その名もボディプレス。
ベッドの上に乗り、勢いよくジャンプし狙うはレンヤの腹の上。子供らしい一切の遠慮のない攻撃が直撃する――――ことはなかった。
「なにしてんだ」
寸前で目を覚ましたレンヤが優しく抱き止めてくれたからだ。
子供は目をぱちくりとしていたが、すぐに甘えるようにレンヤの胸に頬を擦り付け始めた。
「むふ~」
「よし、朝飯食いに行くか」
「うん!」
子供を抱きかかえたままレンヤはミクルーアの元へと向かった。
まるで親子のような、微笑ましい朝の一幕だ。
※※※
「「「がっくえんさい! がっくえんさい!」」」
朝に引き続き子供達の元気な声が響き渡る。
学園祭二日目となる今日は孤児院の子供達も連れていくことになった。
元々は連れていく予定ではなかった。連れて行きたいのは山々だったが学園祭の人混みによりはぐれる可能性があったからだ。レンヤにミクルーアにシルフィーナの三人で回ろうと予定していたのでこれでは子供達全員に目が届かないのではと考えた故の決断だったのだが状況は変わった。
護衛の為にわざわざ学園に入学したサクヤ。ちゃっかりと混ざっているアリシア。ミクルーアの親友であるセリアにメルまでいる。これだけいれば面倒は見きれるだろう。
「リオンはどうしたんだ」
「アンネに預けてきたわよ。二人にすると暴走するかもだから監視も付けておいたけど」
監視とは恐らくエビルであろう。友達を容赦なくこき使うアリシアはまさに暴君のようであった。
「アンネを起爆剤にしてリオンも行動に出れたらいいなと思っただけよ」
「ほう? 案外お前も考えてるんだな」
「修羅場も期待してるけど」
「やっぱり屑だな」
リオンは『機関』の上司であり、一時的にこの学園に教師として赴任しているコーデリアに惚れている。年上がタイプの彼は普段の積極的な態度とは逆に色事に対しては消極的だ。
そんな彼にとって学園祭はまさに大チャンス。一緒に回る事だって出来、最終的に想いを伝えるということも学園祭特有の盛り上がりに影響されて出来るかもしれない。コーデリアに告白するんだとこの前レンヤに宣言もしていた。レンヤはあまり信じてはいないが。
だが問題点はある。
それはコーデリアの意識だ。
コーデリアは少なくともリオンのことを悪くは思っていないはず。だがどこかリオンをまだ子供だと思っている節がある。そこをどうにかしなければいけない。
リオンはリオンでヘタレなため、今までのアプローチは肩揉みや軽食の差し入れなどといった程度だった。コーデリアの意識も相まって気の利く奴だなぐらいにしか思われていないだろう。
普段は完璧なリオンでも想い人の前ではヘタレと化す。想いを知っている者達からすると、もどかしいことこのうえない。
そこでその者達の一人であるアリシアがアンネの利用を考えた。男は好意を露わにしてくる女には弱いものだ。アンネのあの様子だとベタ惚れであろうし何をしても許してくれるだろう。
その誘惑にコーデリアを想う気持ちが勝つかどうか。誰でもいいというわけではなくこの人でなくては駄目だという意思があるかどうか。
これを乗り切ればきっとヘタレを脱却できるのではないか。
何も変わらないかもしれないし要らぬ気遣いかもしれないが、どうでもいい。
――――ぶっちゃけどんな結果になってもいいから早く決着つけてくれ! 見てるこっちが焦れったいんだよ!
というのが周りにいる者の総意であったりする。
リオンが恋して二年。終止符が打たれる時は来るのであろうか。
※※※
子供を肩車し、あるいは手を繋ぎ、あるいは背負って学園祭を回る集団がいた。もちろんレンヤ達である。
子供達がいるだけでも目立つが、そこには年頃の男一人に女は六人もいる。しかもその中に皇女様までとなると当然のように目立つ。だが集まる視線を気にしていたのはメルだけで他は何事もないかのように堂々としていた。
「次はどこに行くか」
「へんへきほはっへるふらふは――――」
「喋るか食べるかどっちかにしろ」
子供達も含め各々が好きなものを買って自由に食べていた。一足早く食べ終えたレンヤが次の目的地を決めようと皆に質問を投げかけると言葉になっていない言葉がサクヤから返ってくる。
手に持っていたパック入りの焼き麺を食べきり、サクヤはもう一度口を開く。
「演劇をやっているクラスがあるみたいですよ? 場所は確か講堂だったはずです」
「演劇ねえ……題目は?」
「なんでしたっけ、勇者と魔王のやつですよ。実際過去にあった軌跡を物語にしたっていう」
「昔読んだ気がするな」
二人してうんうん唸りながら過去の記憶を漁るが一向に思い出せない。そんな時、救いの手が伸べられた。
「た、多分それ『異世界転移者の英雄譚』だと思う、よ?」
セリアは世界征服を掲げた魔王を討伐するために異世界から呼び出された若者が悪に立ち向かい世界を救う話だと簡単にあらすじを説明する。
「子供達が好きそうな内容だな。これにするか。ミア、そろそろ移動するぞ」
「皆食べ終わりましたか? 次に行きますよ」
元気良い返事を受け、一同は講堂へと向かった。
学園の講堂はかなりの広さを誇っていた。立派なステージに、上質な座席がずらりと並んでいる。たまにではあるが楽団などもこの講堂を使用するほど設備の整った場所だった。
開場してすぐだったため、皆で固まって座ることが出来た。
レンヤは席へと腰を下ろす際に視界の端に見覚えのある一房にまとめられた真紅の髪が揺れていたのが見えたが、すぐさま意識を別のところへと持っていかれる。
「えいっ」
「……今日だけだぞ」
「えへへ~」
シルフィーナは掛け声とともにレンヤの膝の上にぽすんと座ると、そのまま背中を預けてきた。レンヤは片腕をシルフィーナの腰に回し、余った方で隣に座っているミクルーアと肘掛の上で手を繋いだ。
「途中で寝るかもしれん」
「その時は起こした方がいいですか?」
「いや、そのまま放置してくれ」
「分かりました。レンヤくんの寝顔を眺めさせてもらいますね?」
「劇を観ろ、劇を」
レンヤは男の寝顔なんて見ても嬉しくないだろうと思っていたが、クスクスと笑うミクルーアを見て、どうでもいいかと考えるのをやめた。
その代わりとばかりに繋いだ手に少しだけ力をこめると同じように返され、自然と視線が交錯し、微笑みあう。
「学園祭だけで何回イチャつくの、この二人」
「レンヤとミクルーアですから」
「だ、大胆……」
「シルフィーナ様が当たり前のように膝の上にいるのは誰もつっこまないの?」
残された四人の言葉は、二人の世界に入っていた本人達には届くことはなかった。
しばらくして、物語の幕が上がった。
――――――――――
『異世界転移者の英雄譚』
XXXX年、世界は突如現れた魔王によって闇に覆われてしまいました。
魔王は世界を征服すべく多くの魔物を召喚し、世に放ちました。
急激に増大した魔物達による被害で各地は大混乱。人々は殺され、作物は育たなくなり、恐怖と不安が広がっていきました。
急遽編成された連合軍も魔王とその配下には太刀打ちできず、惨状を前に誰もが諦めかけたその時でした。
一人の若者が立ち上がったのです。
それは異世界から来た少年でした。
ある国が行った、かつては禁忌とされていた異世界召喚の儀式。チキュウと呼ばれる世界の二ホンという国から呼び出された正義感溢れる少年は、世界を救うべく旅に出ました。
国から託された聖剣を手に、少年は世界を巡ります。
魔物の恐怖から人々を救い、迫りくる障害を乗り越え、頼れる仲間も出来、少年は成長していきます。
そんな少年の活躍によって世界には段々と笑顔が戻り、希望が見え始めました。
少年はいつしか勇者と呼ばれるようになりました。
その後も快進撃を続けた勇者一行は、遂に魔王のいる魔王城へと辿り着きました。
魔王の元へは行かせまいと立ち塞がる強敵を打ち破り、ついに最終決戦です。
勇者一行と魔王の戦いは激しいものでした。
三日三晩、己の限りを戦い続け、最後に立っていたのは勇者と魔王だけでした。
互いにボロボロになりながらも諦めることは無い。ぶつかり続ける二人の間にはいつしか友情が芽生えていました。
しかし終わりは必ず訪れるものです。
勇者の勝利です。
敗れた魔王は蘇らぬように『終焉の森』の奥深くに封印され、その場所には誰も立ち入れぬように魔法によって厳重な結界が幾重にも張られました。
こうして世界に平和が訪れたのです。
勇者は世界を救った英雄として崇められ、召喚した国の姫を娶り、東の島国を治める王となったのです。
勇者は平和をもたらしただけではなく、異世界の技術や文化をももたらし、世界を発展させていきます。
きっとこれから先、世界には輝かしい未来が待っているでしょう。
これは異世界から来た一人の若者の、希望溢れる軌跡の物語。
――――――――――
ナレーションと共に動く役者と変わりゆく背景に子供達は終始目を輝かせながら見入っていた。
「安っぽい内容だわ」
「少年強すぎません?」
「あんたら夢なさすぎ……」
アリシアとサクヤの現実的な内容の呟きにメルが呆れたように呟く。
「レンヤくん、終わりましたよ。起きてください」
「ん……ほら、お前も起きろ」
「あうっ」
ミクルーアに起こされたレンヤはもたれかかるようにして寝ていたシルフィーナの頭をペシッとはたいて起こした。非難的な目を向けられるがレンヤはどこ吹く風だ。
さて退場しようと腰を浮かせたその瞬間だった。
『妾の出番が少なすぎるのじゃ!!!』
怒鳴り声にも似た声が、レンヤの頭に響き渡った。
お読みいただきありがとうございました。
次回更新は一週間以内にしたいと思います。
次回の内容は在りし日の追憶です。レンヤの強さの秘密が明らかに。




