増える苦労
一応今回から新章です。
微かに聞こえる子鳥のさえずりと窓から差す光が朝の到来を知らせてくる。
「ん……」
睡眠から目覚め、ゆっくりと目を開くと目の前にはレンヤの寝顔があった。気持ちよさそうなあどけない寝顔をまだ寝起きのぼんやりとした意識で眺める。
「ふふふ……」
自然と手が伸び、頬を撫でる。男にしてはすべすべの肌を感じていると、次第に頭が働き始める。
そして気付く。自分が一糸纏わぬ姿だということに。
顔が熱を持ち紅潮していくのが嫌でも分かる。
それは昨夜のこと。子供達を寝かしつけた後、レンヤのベッドで一緒に寝るのが結婚してからの習慣となっていた。レンヤも快く迎えてくれ、胸に抱かれながら眠りにつこうとした。
しかしミクルーアだって一人の女。愛する男に抱かれ、その男を感じさせる臭いに包まれば、本能がより相手を求め始める。
「レンヤくん……」
湿った声、熱のこもった瞳、上がる体温。
そんなミクルーアの変化に気付いたのか、そっと触れ合うだけのキスをレンヤがしてきた。
「嫌だったか?」
「い、嫌ではないです!」
そしてミクルーアは俯き気味に、聞こえるか聞こえないの声量で呟いた。
「むしろ……もっとしてほしいといいますか……」
その瞬間、レンヤの理性の糸が切れた。
ミクルーアはレンヤの欲望を確かに受け止め、自身も幸福感に満たされながら事が終わると眠りについた。
思い出すと体がどんどん熱くなってくる。長年想い焦がれた相手と身も心も繋がってから一ヶ月が経とうとしていた。その間も想いが強くなっていくばかり。体の相性もバッチリだったのは幸いだった。
きっとこうやって幸せな毎日を過ごしていくのだろう。一緒に起きて、孤児院の子供達の世話をして、仕事をして。
――――いつか子供も。
レンヤとの愛の結晶。膨らんでいくお腹を愛おしく感じ、生まれた子を慈しむ。二人での子育てはさぞかし楽しいものとなろう。きっとレンヤは子煩悩になる。父と子が遊ぶ光景を眺めるのは個人的には外せない。いずれ子も大人となり、誰かと家庭を育む。その頃には自分はお婆さんになっていて、まったりと余生を二人で過ごすのだ。
ミクルーアの妄想は広がるばかりだ。
そんな将来設計をしているとレンヤが目を覚ましたようだ。薄らと目を開けていた。
「おはよう、ミア」
「おはようございます、レンヤくん」
ちょん、とおはようのキスを交わす。
「すまん、もう少しだけ寝る」
「大丈夫ですよ。朝ご飯の準備は任せてください」
「ありがとう」
再びレンヤは夢の世界へと旅立った。それを確認するとミクルーアはベッドを降りて服を着る。
「よし! 今日も頑張りましょう!」
ふんすと気合を入れてシャワーを浴びに向かう。その足取りは軽かった。
※※※
「おはようレンヤ」
「ああ」
あの魔物達の襲撃から一週間。落ち着きを見せるまで休校になっていた学園もようやく再開し、今日は久しぶりの登校だった。
「そういえばさっきアリシアさんが来てたよ。昼に学食に集合だって」
「俺は行かんぞ。あいつは面倒事しか持ってこない」
「そんなこと私に言われても。それになぜか私も呼ばれてるし」
「そうか、頑張ってくれ」
「ちょっと!」
メルを無視してレンヤは居眠りをする。その後、授業が始まってもふてぶてしく寝ているレンヤを当てる教師はいたが、当たり前のように正解を答えるため強く出れないのだった。
学園には基本的には関係者しか入れない為、リオンやサクヤといった精神的に疲れる相手と顔を合わせることは無い。アリシアも学年が違うので基本的には会わない。話す相手は自然とクラスメイトに絞られ、主な相手は常識人のメルだ。
学園はレンヤにとってある意味では憩いの場となっていた。
当然仕事も忘れていない。
そもそもレンヤが学園に入ることになったのは怪しい動きとやらを探る為だ。『亡国の騎士』がその正体なのではと『機関』に報告したが確証はないのでもう少しだけ調査を続けろという命令を受けた。実際は怪しい動きなどはなく、学園に通わせる為のでっちあげなので見つかるわけがないのだがレンヤは知らない。
そして昼休みになった。朝の話は無かったことにして弁当を広げようとしたがメルの視線がびしびしとぶつかってくる。無視しようとしたがギルからも我が妹を無視するとは何事だと訴えるような視線を感じてレンヤは根負けした。
渋々と学食に向かうメルの後を付いていくと辿りついたのは相当な広さを誇るフードコートのような場所。所定の場所で注文をして食事を受け取り、好きな場所で食べれるように座席が多く存在している。清潔感もあり、日当たりも良く過ごしやすい場所である。
本来なら多くの学生が談笑しながら食事を楽しんでいるはず。なのに今は何故か静まり返っていた。理由はすぐに判明した。奥の方にある六人がけの座席、そこをちらちらと学生達が気にしていた。
そこに座っているメンバーを見てレンヤは深く溜め息をつく。
「あー……もう手遅れだと思うけど」
「そう思うならどうにかしてくれ」
「無理。私だけであんな空間耐えられない」
「ちっ」
仕方なく、重い足取りでその場所へ向かう。
「やぁレンヤ! 奇遇だね!」
「本当、奇遇ですね」
「私達を待たせるとはいい度胸じゃない」
三者三様の挨拶が飛んでくる。レンヤは益々顔をしかめる。
「白々しいぞリオン、サクヤ。お前は何様だアリシア」
そう、そこにはリオンとサクヤがいた。もちろん呼び出した本人のアリシアもだ。見慣れない美男美女が揃っていたため注目を集めていたようだ。
レンヤとメルは空いてる席に座る。
「とりあえず答えろ。お前らは何故ここにいる?」
「そんなのこの姿を見れば分かるでしょ? レンヤと楽しい楽しい学生生活を送るためにやってきたに決まってるよ!」
「私は暇だったので」
リオンはニコニコと、サクヤは平然と答える。そんな二人はなぜか一般科の制服を着ていた。
「というのは冗談でね。ほら、シルフィーナ様が学園祭を見たいって言ってたでしょ? その護衛のためだよ。学生の方が目立たずに動けるし」
シルフィーナが『機関』へと依頼した学園祭への訪問。一般人ならただ遊びに行けばいいだけのことも、それが皇女であるとなると様々な準備が必要となる。その中の一つである護衛の任をこなす為だとのこと。
「僕達なら安心でしょ? 当日はミクルーアも来るんだし」
「それはまぁ、そうだな」
学園祭当日はシルフィーナ一人だけではなくミクルーアとセリアも同行する。超越者が二人もいるのなら護衛には充分だが、ミクルーアがいる以上怪我をさせない為に念には念をとレンヤは思っている。
「……分かった。俺からは何も言わん。ただお前らは学園では俺に関わるな」
「「「それは嫌だけど(ですけど)」」」
「……頭が痛くなってきた。メル、こいつらの相手を頼む」
「う、うん……え?」
頭を抑えてレンヤはこの場を去った。後に残されたのはいまだに接し方を迷っているメルと『機関』の三人だけだ。
なんとも言えない空気が流れるが中、リオンが口を開いた。
「そういえば学園長が姐さんに変わったのは知ってるかい?」
「え、そうなの?」
「うん、つまりは好き放題出来るってことだね!」
メルは気が気ではなかった。
学園長は当然この学園で一番大きな権力を持っている。一般人が突然就けるような地位ではないため裏で色々と手を回したのであろうが、これは『機関』によって学園を乗っ取られたと言っても過言ではない。
「というわけで何かやりたいイベントはないかな? なんでも出来るよ?」
自由奔放な姐さんを筆頭にイロモノ揃いの者達で考え出されたイベント。嫌な予感しかしなかった。
「全生徒参加のデスゲームはどうでしょう?」
「物騒すぎる! それはあなたしか楽しめないし、もっと全員が楽しめるものにして」
「そうですか? なら帝都全体を巻き込んで……」
「そこじゃない! そういうことじゃない!」
「そうですか」
なぜかサクヤは満足した様子だった。そして「次は私ね」とアリシアが出てくる。
「学園一のイケメンを決めるコンテストなんてどうかしら?」
「意外とまともな意見が……」
「イケメンって言っても顔だけじゃつまらないわよね。性格とか料理の上手さとかも競うといいかも。それに女を満足させられるぐらいの大きさかどうかも」
「大きさ?」
「そりゃもちろん、ちん――――」
「言わせないよ!?」
メルは急いでアリシアの口を塞ぐ。仕方ないわね、とアリシアは諦めたようだ。
「ラストは僕だね。僕が提案するのは全生徒が一日中全裸で―――」
「アウト! 最初からアウトォォォォ!!」
メルはツッコミすぎて息が乱れていた。この変人達をいつも相手していたレンヤを今だけは少し尊敬した。
「まったく、まともな意見がない……」
「あはは、ごめんごめん。メルの表情が硬かったからさ。少しは緊張は解れたかな?」
「え……?」
確かにメルは緊張していた。最近知り合ったばかりの、それも伝承に語り継がれた超越者を前にして楽になれというのが無理なものだ。そんなメルを気遣って冗談を言ってくれていたのだと、先程まで三人に抱いていた変人というイメージを変えなければいけないようだ。
「ま、冗談じゃなかったんだけどね」
「台無しだよ!」
前言撤回、やはり変人だった。
これから振り回されるであろうレンヤに同情せざるを得なかった。
お読みいただきありがとうございました。
モチベーションが……執筆のモチベーションが上がらない……!
感想など気軽にどうぞ。きっと筆者の元気が出ます、多分、恐らく、きっと。
気分転換に「絶対守護者の学園生活記」のアフターストーリーでも書こうかなぁ。




