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在りし日の追憶 シルフィーナ

 ヴェンダル帝国の現皇帝でもあるガストン=ヴェンダルは悩みを抱えていた。


 それは子育てのこと。


 内容は大事に育ててきた一人の娘の扱い。ワガママに育ったでもなく、むしろ完璧とも言える淑女に育っている。年齢に似合わず落ち着いた雰囲気と皇女としての振る舞い方をしっかりと見せる娘は手が掛からず素晴らしい。


 だがそれでは駄目だ。皇帝という立場からすればそのままでもいいとは思うが、父としてはもっと年相応に成長してほしい。十一歳といえば大人に近付きつつあれどやはり子供。友達と無邪気に遊んだりするのが普通だ。


 しかし娘は違った。常に国を思い行動する。娘は真面目すぎるのだ。自身の欲求を押し殺しているのではないかと疑ってしまう。


 ガストンは娘の心からの笑顔を最近は見ていない。愛想笑いなどはちょくちょく見るが、それではいけない。


 何が娘には必要か。娘の為に何が出来るのか。ここにいるのはただ娘を想う父親だった。


 ふと一人の少年の顔が思い浮かぶ。国をより良くするために繋がった『機関』に所属する少年。彼を初めて見た時はなんと悲しい目をしているのかと思った。


 職業柄多くの者を見てきたため目を見ればなんとなく相手の本質が分かる。だからこそ幼い少年がそのような目をしているのは驚愕に値するものだった。


 娘と同じくらいの年でありながら幾多もの命を手にかけ、生きる為に必死に足掻いてきた。子供らしからぬ過酷な人生を歩んできた。


 二人は似ているのかもしれない。理由は分からぬが理想的な皇女であろうと振る舞い続け本心を見せない少女と、その過去故に自身の感情を殺して修羅の道を選んだ少年。


 もしこの二人を会わせたら何かが変わる。直感がそう告げてきた。


 ――――やってみる価値はあるか?


 ガストンは賭けに出ることにした。


 ※※※


 いつもと変わらぬ朝が来た。


 ヴェンダル帝国第一皇女のシルフィーナ=ヴェンダルは起きるとパパッと身なりを整え始める。他の者の手は借りない。


「眠い……」


 昨日は遅くまで読書をしていた。最近の若い女の子達の間で流行っているという少女漫画というものらしい。あまり数は出回っていないそれを密かに手に入れ読んでみたところのめり込んでしまった。


 あくびが出そうになるが必死に噛み殺し、両頬を軽く叩き気合を入れる。


 ――――お父様に褒めて貰えるように頑張らないと。


 そして部屋を出ようとするが扉の下に紙が挟まっているのに気付く。そっと引き抜くと何かが書いてあり目を通す。


 内容は今日は何もせずに部屋でくつろいでいること。外に出てもいいが必ず護衛を連れていくこと。それとサプライズを用意したから楽しみにしておくといいということ。


 サプライズが何かは知らないが要は今日は休めということだろう。筆跡は父のものだ。入れたはずの気合がどんどんと萎んでいく。


 ベッドに体を投げ出す。ボフンという音と共に体が沈んでいく。


 急に休みだと言われても何をすればいいか分からない。もうこのまま寝てしまおうかと目を閉じると物音が聞こえ、何事かと扉の方に目を向ける。


 そこには自分と同い年ほどの白髪の少年が立っていた。


 これがシルフィーナの人生を変える運命の出会いとなる。


 ※※※


 どうやらこの少年――レンヤはガストンが呼んだらしく、シルフィーナの相手をしてやってほしいとの依頼を受けたそうだ。たまには羽を伸ばしてほしいとのこと。

 簡潔に説明するとこの少年と休日を過ごせばいい。


 当然本当かどうか疑うところだが、ガストンのサイン入りの契約書を見せつけられたら信じるしかない。


「とりあえず街に出るか」

「……分かりました」


 理解はしたが納得はしていない。なぜこんなことをしなければいけないのかとシルフィーナは不満を持っていた。


 一方レンヤも特に詳しいことは聞かされてはいなかったのでシルフィーナと適当に街をブラブラして終わらせようとさっきまでは考えていた。


 面倒事が起きないようにシルフィーナに変装をさせる。近くから見れば正体はバレてしまうが無いよりはマシだ。


 そしてミクルーアとよく来る様々な店が集う通りへとやって来た。


「お、レンヤじゃねぇか! ミクルーアちゃん以外の女を連れてるなんて悪い奴だな――ってシルフィーナ様!?」

「お疲れ様です」


 もはや常連となりつつある店の店主からレンヤは声をかけられるが、隣にいるのがシルフィーナだと分かり固まってしまった。それには気付かずシルフィーナは労りの言葉をかける。


「あ、ありがとうごぜぇやす……おいレンヤ、何がどうなってるんだ」

「俺もよく分からん。それよりもいつもの二つくれ」

「おう」


 耳打ちしてくる店主をそっと押し戻して注文をする。そして渡されたものをそのままシルフィーナへと渡す。


「これは?」

「ソフトクリームだ。牛の乳をなんか色々して作ったものらしい」

「ぷっ、色々ってなんですか、色々って」

「詳しいことは俺も知らん」


 二人は並んで歩き始める。レンヤを真似てシルフィーナもソフトクリームへとかぶりつくと途端に目を輝かせた。


「美味しい!」

「そうだろ。これは俺も気に入ってる」


 よほど気に入ったのかシルフィーナの食べるスピードは早い。頬についてしまったのをレンヤが拭ってやると頬を少し赤く染め礼を言い再び食べ始める。コーンの下からソフトクリームが染みて垂れてくるのを見て慌てている姿が孤児院の子供達と被って微笑ましくなる。


「何を笑っているのですか!」

「いや、別に。……くくくく」

「もう!!」


 顔を背けるシルフィーナは、いかにもな年相応の女の子であった。






 その後も二人で色々な店を回った。そのどれもがシルフィーナにとっては新鮮だったらしく、常に目を輝かせていた。はしゃいだ姿を見られるのは恥ずかしいらしく、レンヤがニヤニヤしていると睨んでくることもしょっちゅうあった。


 そして休憩がてらにレンヤが所属している『フリーデン』の経営店の一つである喫茶ラスクに足を運んだ。


 紅茶を一口飲み、はふぅとシルフィーナは息を漏らす。


「まぁまぁ楽しかったです」

「嘘つけ、思いっきりはしゃいでたじゃないか」

「はしゃいでないです! 貴方に合わせていただけです!」

「はいはい、お姫様の言う通りですよ」

「なんですかそれ……ふふふ」


 シルフィーナは自然と笑いがこぼれた。


「なんだ、ちゃんと笑えるじゃないか」

「へ?」

「いやなに、お前は無理しているように見えてな」


 初めて顔を合わせた時にレンヤはシルフィーナが無理をしていると感じた。どこか堅苦しいとでもいうのか。まるで前の自分のようだと。


「無理なんてしていません」

「お前はそう思ってても、父親はそう思ってないようだぞ?」

「お父様が?」


 レンヤは今回の仕事をガストンから直接頼まれた。「娘を頼む」という言葉とその時の表情。


「あれはお前の事を心から心配している親の顔だった。親というものを知らない俺でさえそう感じたんだ。相当なものだろう」


 嬉しさで胸がいっぱいになる。ガストンがそこまで自分のことを想ってくれていたとは。


 それと同時に疑問に思う点も出てくる。無理をしていると分かっていながらガストンはなぜ何も言ってこなかったのか。


「そもそもなんでお前がそこまで無理をしているのかが気になるな」

「それは……」


 心当たりならすぐ思い浮かぶ。

 今の生活が息苦しいのだ。


 皇女として生まれたシルフィーナは大層なお父さんっ子だった。優しい父が大好きで、褒められるのがとてつもなく嬉しかった。


 ある日シルフィーナは父の仕事に初めて同行した。そこでシルフィーナは皇女として挨拶をしっかりと済ませた。それを後で父に褒められたのだ。


 そしてシルフィーナはこう考えた。これからも誇り高き王族として、皇女として立派に振舞っていけばもっと褒めてもらえるのではないかと。


 そしてシルフィーナは完璧な皇女を演じていった。その姿は国全体に広がった。完璧故に失敗は許されない。シルフィーナは逆に追い詰められてしまっていた。常に気を張る日々が苦しいものになっていた。


 ぽつりぽつりとレンヤに打ち明けていく。それを聞いたレンヤの反応は


「馬鹿かお前は」


 まさかの罵倒。


「自滅しただけじゃないか。自分の欲に従え。甘えたい時は素直に甘えればいいし、遊びたい時は遊び倒せ。それが許されないようであればそんな国捨てちまえ」

「そんなの暴論です!」

「暴論でもなんでもいい。自分から動かずに何も出来ないと諦めてる時点でお前はもう完璧でもなんでもないんだからな」


 暴論だ。暴論のはずなのになぜかその言葉が胸にスーッと染みてくる。思えば、こうやってストレートに意見をぶつけてくる人はいなかった気がする。


「私は……どうすれば……」

「自由にすればいい。したいことをすればいいし、わがままも言えばいい。何もせずに受け身になるのだけはやめろ」


 目の端に涙が浮かぶ。これは何の涙だろうか。


「それと陛下から一つ伝言だ。お前は俺の娘だ。これは絶対に変わることないし、どんなお前でも受け入れてやる。だから本音でぶつかってきてほしいってな」


 それがトドメとなり、涙がとめどなく溢れてくる。しかし悲しみではなく、嬉しさのだ。


 レンヤは泣き止むまで頭を優しく撫で続けてくれた。手の温もりが、むず痒い快感がシルフィーナに安らぎを与える。


 しばらくして泣き止むとシルフィーナは口を開いた。


「私はもっと楽しいことがしたいです」

「すればいい」

「今日みたいに美味しいものを食べて、可愛い洋服を沢山見て、アクセサリーも欲しいです」

「いいんじゃないか?」

「でも沢山買うと荷物持ちが必要ですよね?」

「………ん?」


 なぜか雲行きが怪しくなり、レンヤは訝しむ声を出す。


「というわけでレン兄! 貴方を荷物持ちに抜擢します!」

「おい、ちょっと待て。ていうかレン兄ってなんだ」

「自由にすればいい、ですよね?」

「……そうだな」


 数分前の自分を恨むレンヤだった。


 やがて『機関』にも仲間が増え、賑やかになってくる。その中に混ざったシルフィーナは楽しそうに笑顔を見せている。


 それはガストンが求めていた、心からの笑顔だった。


お読みいただきありがとうございました。


シルフィーナとレンヤの出会い、そしてなぜ懐くようになったかの話ですね。


前の作品が一人称視点だったせいでこの作品を書いてるときにどうしても違和感を感じて仕方ない今日この頃です。


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