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Sphere Puppet〜氷の魔導士〜  作者: 火南月
第1章 エイスの入学準備
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7 進路選択

 それからというもの、俺は毎晩渋々ネモフィラを抱いて眠ることにした。彼女が言ったことは嘘ではなく、抱きしめて眠った晩には悪夢を見ることがさっぱりなくなった。彼女を窓辺に放置しようとした時に限って、思い出したように悪夢を見たから多分間違いないだろう。


 イオンには、起こす際に俺の身体に触れないように忠告しておいた。親父がついた嘘のせいで、それが魔術師の子供にはよくあることだと信じて疑っていないイオンは、素直に頷き、声かけだけ、もしくは枕を揺さぶることで俺を起こすようになった。


 親父と母さんは俺を王都にやるかやらないかでこのところ口論が絶えない。親父はドラウフと話してたときは俺を王都にやった方がいいんだろうか、と王都に行かせる側に傾いていたくせに、やはり遠くにやるのが心もとなく、寂しく思えてきたようだ。兄貴は地元の中等学校に通わせているしな。


 親父は、将来的には自分と兄貴のスウォル、俺の三人でこの地方都市を守り、発展させる貴族の務めを果たす算段を立てていたようだ。兄貴は騎士に、俺は魔術師になる予定だから、そうなれば確かに安泰だろう。


 家名を継ぐのは兄貴だろうが、将来的にこの都市に残り、彼らの補助をすることは俺的には吝かではない。兄貴は騎士だから、魔術師団のポストを食い合うことはないだろうし。


 だが親父は、俺が王都に行くことでその心を変えることを恐れているらしい。王都の生活はやはり都市の生活とは一段違うようだし、王都の騎士団、魔術師団の持つ名誉と栄光は計り知れない。そういうのを間近で見た時に、俺がこの都市を離れ、王都で働くことを選択するのを恐れているようだ。


 対して母は、頑として俺を王都に行かせようとした。エイスは広い世界を知る必要があると。俺には俺の人生があって然るべきであり、どうせ家名は兄貴が継ぐのだから、家柄に捉われず自由に生きさせるべきだと。


 王都か、故郷か、俺自身に自由な選択をさせてやるべきであり、親が子供の選択を初めから縛るのはおかしいと。それに俺が王都の魔術師団に入ったなら入ったで、家にとっても名誉なことではないかと。


 兄貴は、自分はこの地方都市の学校に通っているのに、俺が王都に行くのが面白くないらしく、反対している。


 王都に行く場合ついてくることになるイオンとコルダの反応も対照的だ。新しい環境に対して怯えているイオンに対し、楽しみで堪らないといった様子のコルダ。


 両親の議論は延々平行線で、第三者である兄も使用人の意見も、この際重要ではなかった。


「エイス、お前はどうなんだ。王都に行きたいのか、行きたくないのか」


 母に俺の意見を聞いてみるよう強く言われた親父が、渋々といった様子で俺を呼び出したのは、買い物に出てから一週間後。仕立ててもらっていたローブが届き、自宅で実着していた時だった。


 艶々とした肌触り。落ち着いた深みのある紺碧色。ローブは身体にぴたりと合うサイズで、前を留め金で止めるマントタイプは少しゆったりとした作りだ。あとでネモフィラを抱えて違和感がないかどうか確かめないとな。


「え?」


 両親の口論の内容や経緯は知っていたが、まさか俺本人に意見を聞いてくるとは思っていなかったので、驚いてしまう。これまでは親父の言いなりで全てを決めてきたからだ。


 俺は戸惑って両親の顔を見比べた。親父は俺と同じ焦げ茶色の瞳を心配そうに細めており、母は翠色の瞳を勝ち気に煌めかせている。


「俺は」


 逡巡は一瞬のことだった。


「王都に行きたい」


 と言うと、親父はショックを受けたように肩を落とし、母さんは翠の瞳に柔らかな光を浮かべて微笑んだ。


 ショックを受けた親父は、俺に理由を尋ねる気力さえないらしい。正直上手く言葉にできる類いのものではなかったので助かった。


 俺は、怖かったのだ。


 ネモフィラが来てからというもの、悪夢は見なくなったけれど、あの悪夢の舞台は、家族のいるこの町だ。魔術を自分の力でコントロールできるようになった後ならばともかく、未熟な状態でこの町にいることに対する恐怖心がある。


 それに、先日話した時の母の様子がすごく気になっていたというのも大きい。要するに、直感のようなもの。具体的な理由なんて大してない。


 母は頬を赤く染めて、魔術師のマントを羽織った俺の両肩に、誇らしげに手を置いた。


「エイス、何も心配する必要はないわ。学費のことも、私たちのことも」


 しかしそう言う母の翠色の瞳の奥では、不安と寂しさが揺れている。感極まったように、母は俺の身体を抱きしめた。夢の中の情景を思い出して一瞬びくりとしたけれど、平気だと言い聞かせた。今は身の内を切り裂くような痛みも衝動もない。


 俺は少しずつ緊張を解いて、母の温もりに身を委ねた。クリーム色の髪からはミルクのように甘い匂いが漂い、柔らかな身体に包まれていると、幼子に戻ったような安心感を感じた。


「そうか、フェイリア、お前も…」


 親父の野太い声に、母の温もりに包まれたまま視線だけをちらりと彼にやると、何故かあいつは泣いていた。


「分かった、エイス、お前は王都の学校へ行け…っ。フェイリアの言った通り、学費については心配する必要はない…」


 俺がチラ見していることに気付いて、親父は慌てて瞳の端に浮かんだ涙を拭うと、ぎこちない笑顔を浮かべて伝えた。


 ってかそうか、学費か。失念してたけど、向こうの方が高いよな。旅費や生活費も考えないといけないし。


***


 その後、一人自室に戻って、マントの中にネモフィラを隠し持ってみた。ふわりとしたマントは俺の身体をすっぽりと覆い隠し、体型やポーズを誤摩化すため、前を開きすぎないように注意すれば、ネモフィラを抱えていることがバレずに済みそうだ。


 って、まだこいつが起きてもいないのに、どうしてこんな練習しなくちゃいけないんだろうな。常に持ち歩くことが決まったわけでもないのに。


 俺はマントをきちんと畳み、他の学用品と一緒に出窓に並べておくと、ネモフィラを抱えて眠った。

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