第3章 15話 教育
ケンが正気を失い走り去ったことで、村の住人にオレとティカのことがばれたらしい。と言っても別に困ることではない。時間の問題だろうし隠しているわけでもない。
村の広場に行くまでに、会う人会う人「おめでとうございます」だの「もう夫婦なのかと思っていた」だのいろいろ言われたが、笑顔でありがとうといて流しておいた。
広場近くになったところで遠くからオレを呼ぶ声が聞こえてきた。
「・・・ウさま~!ユウ様!!なんか村の人がみんな私たちのことを・・・それにケンさんがあいっ!あいあいっ愛人だって!!あわわわわ」
ティカが慌てた様子で俺のところに駆け寄ってきた。初めて現実で「あわわわわ」と慌てる人を見たな。
「さっきケンに話をしたら正気を失って走って行っちゃったんだよ。言いふらしているのはケンだ、でも愛人ではない。断じて違うよ。オレはあんなおっさんに興味はない」
ティカはどうにか平常心を取り戻しやっと納得してくれたようだ。
それから会う人会う人に事情を説明していったが、ケンが捕まらない。オレの事を避けているのか?まぁそれならそれでいいが。
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ケンのご乱心から数日。採掘場の整備が終わったようだ。採掘場と言っても始めは地上の岩を集めて砕き、余分な部分を取り除いて使用する。
穴を掘って採掘するのは地上の岩を処理してからにする予定だ。そうすれば土地を何かに利用できるし作業場所を広げることもできる。
採掘作業としては少しずつ始めていると聞いたので今日は様子を見に来た。
「ズズ、どうだ?」
「おお、ユウ殿か。順調に進んでいる。採掘は岩族が中心になって他にも何人か希望があった奴らがやってくれている。集めた岩を砕き、その中からニルニア鉱石の原石を探して集める単調な作業だが、小さな鉱石を見落とすことが多いので経験を積む必要があるな。加工も始めたが問題はない」
やっぱり何事も経験が必要だからね。始めは仕方ないと思う。
「カーブはよくやってくれているよ。オレ達の指導にもめげずに自分で工夫しながら加工の技術を上げているから大丈夫だろう。買ってきてもらった薬剤を使ってみたが問題ない。あれならニルニア鉱石を使った大物も作れるだろう」
オレ達が買ってきた薬剤はニルニア鉱石を溶かして一つの大きな塊にするための物だということだ。赤いけど金属だから熱したら溶けるかと思ったんだけど、鉄とかと違い熱に強いため通常の温度では溶けないらしい。
しかし火の温度を上げるのは今の技術では難しいらしく、買ってきた薬剤にニルニア鉱石を浸すと柔らかくなり鉄同じぐらいの温度で溶け出すらしい。加工をしてからはちゃんと元の固さになるので不思議だ。
「そっか、それならこれからに期待だね。でもちゃんと俺の言ったルールは守ってね」
「わかっている。仕事は朝(7時頃)から夕(18時頃)まで、5日働いたら2日休む、だろ?」
「そう、それを守ってね。たまにはイレギュラーはいいけど、その分他の日に休みをあげてね」
前にもこの村のルールについては仕事の休憩時間とかいくつか決めたが、今回決めたのは基本的には週休2日ということだ。この世界の人たちは休むということをあまりしない。それは生活が貧困だから働かないと食べることが出来ないということなのだが、それは仕事に対しての対価があまりにも低いためだ。ここではちゃんと1日働くと70~100バル程度もらえるような設定としている。
これはこの世界では破格らしくみんな驚いていたが、その分売るものが高くなることやしっかりと働く必要があること、貯蓄をすることなどをきちんと説明した。
畑作業や店をやる人たちは1日いくらというわけにはいかないが、1月の給料としてはそれ相応の金額を渡すように説明してある。最近は商人の出入りも多くお金がうまく回り始めたので給料を渡しても問題ないぐらいの収入はあるとのことなので特に問題ないようだ。
加工場を出て広場に向かうと、いつものように村の子供たちがマテルの練習をしている。
そういえば、この世界の子供たちは学校に行ってないよな。親から教えてもらうのか?貴族なら家庭教師を雇うのだろう。
「おーい。みんな今日も練習しているね。ちょっと聞きたいんだけど、みんなは勉強はどうしてるんだ?」
「勉強は父ちゃんと母ちゃんから教わるか、村の姉ちゃんや兄ちゃんに教わるぞ」
答えてくれたのはいつの間にか子供たちのリーダー的存在になった、ヴァンスさんの息子のナルだ。いつも元気な少年だが、人族なのにみんなに平等で年下なのに引っ張ってくれる強さがあるらしい。
しかしまぁこの世界ではちゃんと教育ということが行われていないようだ。マテルや読み書きぐらいは青空教室で教えられるけど、しっかりとした教育はすぐには無理だな。
思い立ったが吉日というので、採掘場の近くの空いている場所に簡単な校舎を作ってみた。教室は一つ。黒板もマテルで黒い石を集めて加工し壁に取り付けた。チョークは石灰があるのでそれをマテルで固めた。
子供たちには明日からここに来るように話をして今日は解散となった。
夕方に家に戻るとティカとミミが夕食を作っていた。クロはテーブルのセットアップをしている。まぁ執事だから当たり前なんだけど、こういう光景を見るとやっぱりクロは執事が似合うと思う。まぁたまにポンコツになるけど、基本的には優秀なのだ。
「ユウ様、お帰りなさいませ」
「お帰りなさい!もうすぐお夕食が出来ますので座ってお待ちになっていてください」
ティカが夕食を作りながらオレに話しかけてきた。オレが何かしても邪魔になりそうなので言われた通り椅子に座りおとなしく待つことにした。
食事の準備が済み、みんなが席に着いてからオレが「いただきます」と言って食事を始める。するとみんな同じく「いただきます」と言ってから食事を始めた。
これはこちらの世界ではない習慣であった。初めはオークの村でオレが食事の前に言ったら「なんだその言葉は?」と質問をされてしまった。
でもこの村の住人には、食事を食べる時には、自分の血肉になってくれる動物や植物、そして作ってくれた人に対しての感謝を込めて言う言葉なんだと教えたところ、みんな感心して使い始めたのだ。
これは今は大人たちが進んでやっていることで、子供達もその様子を見て一緒にやり始めた。
「みんなに話をしておきたいんことがあるんだけど、知っての通りオレはこの世界の人じゃないからちょっと常識がずれてるんだけど、オレの世界で得た知識一部子供たちに教えようかと思うんだ」
3人はまだよくわからないようでオレの話を黙って聞いている。
「オレの世界では学校っていう物があるんだけど、子供たちはそこで最低でも9年間は勉強をするんだ。でもこの世界では子供も手伝いをしたりするだろうから、遅い朝(10時頃)から遅い昼(15時頃)までの時間で参加できる人が参加するようにしようかと思うんだ」
「勉強とは親から習うものですが、そんなに長い期間勉強をするんですか?」
「そうだね、勉強と言ってもいろいろな種類があるんだ。文字の読み書きを教える国語、お金の計算なんかを教える算数、そのほかにもいろいろなルールを教える道徳とかいろいろな職業の勉強をする社会なんかもある。他にもいろいろあるけどとりあえずマテルを含めて5つを教えてみようかと思うんだ」
勉強と聞いてミミは少し嫌そうな顔をした。勉強が苦手なのかな?まぁそういう子がいることも想定しているのでちゃんとご褒美も用意している。
「学校は参加は自由、必要なものは村の税収から出費するし、お昼は簡単なものだけど食事を出すことにしたいんだ。もちろん無料でね」
無料で食事も出るなら子供たちは喜んで参加しそうだ。普通は昼は軽い食事だが、子供たちは成長期だしいっぱい食べたいだろう。
「それはいい考えにゃ。子供たちはいいっぱい食べたがるにゃ。無料でご飯が食べられるにゃらみんにゃ来るにゃ。私たちも協力するにゃ」
ミミは自分もいっぱい食べたいと思っているのではないだろうか?昼飯無料の話をしているときから目がらんらんと輝いていたような気がする。
「私も賛成です。子供たちの知識を豊かにすることはいいことだと思います。料理ならお手伝いできますので任せてください」
ティカは料理を受け持ってくれるようだ。
「私もお手伝いできることがあれば協力いたします。しかし、私達も勉強させていただけますか?ユウ様の世界の知識を得ることが出来るなら大人でも参加したいというものが多いと思います。皆親から習っていますが、教えてもらえる内容にばらつきがあるので低い水準の者もいます」
そうか、クロ達でさえオレのちょっとした知識に驚いていたから、もっといろいろ知りたいと思っているんだな。でもあまりこの世界の常識からかけ離れたものは教える気はない。簡単な一般常識ぐらいが主となるだろう。
「いいよ。みんな知っていることかもしれないけど、子供用に簡単なことを教えていくから興味があったら一緒に参加してみてね。とりあえずは明日から始めるけど食事を用意できる?」
「大丈夫です。私達の食事を用意するので量を多く作りましょう」
これで学校の下準備が出来た。いずれ教科書を作って教える先生を教育したいな。なんだったら学校の卒業生に給料を払って教えてもらってもいいかもしれない。
教科書が必要だから今のうちに簡単な計算とか、この世界の文字とかを書いたものをいくつか作っておこう。
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翌日子供達が集まったのをみて、手作りの教科書を配る。はじめは国語だ。文字についてはほとんどの子供がわかったようだが、小さいときから奴隷となった子供の中には文字を読むことが苦手な子も居たため少しずつ教えていくことにした。
1日目ということもあり国語、算数、休憩してからマテルの授業をして終わりにした。子供達はみんな楽しそうに授業を受けており、おおむね成功といえるだろう。
数日授業を続けると、子供達にも少し差が出てきたが、できる子ができない子に教えることで全体のカバーができ、全員が文字の読み書き、簡単な計算をすることを覚えた。
「ユウ様、これはすごいです。文字や計算をできる子供はどこの町にもいますが、全員ができる町や村は滅多にないと思います。知ることでさらに次の段階に進めますし、子供達の意欲も増しています。教育の重要性を大人たちもわかってきたようです」
ティカが街で子供の面倒を見ている親や大人たちが驚いているということを教えてくれた。道徳や社会などの教科も少しずつ教えているのでみんなが礼儀やいろいろな知識を得て、成長をしているのが目に見えてきたのだろう。
「この分なら俺の知っている知識をある程度みんなに教えても大丈夫そうだね。まぁ今は特にやることもないし学校の先生を続けるよ」
それからは、大人たちも休みの日に子供達と一緒に授業を受ける人も出てきて、村全体での知識の底上げができた。すると、いつの間にか商人の間でも噂となり、何人かは村に来たときに授業を受けたいというものも出てきたので村の住人以外は1回10バルで受けられることにした。
基本的には学校も5日行うと2日休み、先生は大体は俺が行うが、道徳や社会などは趣旨を理解したクロが変わりに行ってくれたりもしている。
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学校をはじめてから1ヶ月たったころ、ミルアン様から手紙が来て、学校の噂を聞いて一度見学したいということだった。もう、許可を取るというより、行くからよろしく!!というような内容だった。まぁ受けてもらうのはいいのだが、フランクすぎないか?
ミルアン様は手紙が届いた2日後には村に来た。
「久しいな、ユウ殿。今回は学校というものがどういうものか見せていただきたいと思い伺わせてもらった。数日の間世話になるがよろしく頼む」
「お久しぶりです、ミルアン様。私も試しに始めてみましたが今のところ少しずつ成果が出始めました。ミルアン様が良いと感じましたら、グングルトの街でも是非実施してみてください」
「それはありがたい。気に入ったときにはこのアイデアを売ってもらうということにしよう」
今日はもう昼を過ぎているので授業に参加するのは明日からとしてもらい、今日はゆっくりと休んでもらうことにした。
次の日から数日間授業に参加してもらったが、ミルアン様よりも従者の者達が熱心に話を聴いているのが印象的だった。ミルアン様は読み書きや計算はもうすでにできるだろうし社会は知っていなければ街を治める事はできない。唯一道徳の礼儀などを教える授業には強い興味を抱いていたようだ。
「いや、ユウ殿には感心する。読み書きや計算はわかるのだが、道徳という礼儀やルールを教えるのは今までに無い。しかし相手を思いやるということを教えるとはよく考えたものだ」
「私は小さいころから。人に迷惑をかけるな、困った人が居たら手を差し伸べろ、と教えられ、正直者になるように言い聞かされて育ちました。私はそれが常識だと思っているため、その教えをわかりやすく子供達に教えているつもりです」
「そうか、よほど立派は両親なのであろう。よし、グングルトでも学校を作るとしよう。そうじゃな、この教科書を一種類ずつ、全部で金コイン10枚でどうだ?」
おいおい、こんなメモ書き程度のものに1000万って。アイデア料としてもそんなにもらったらこっちが恐縮するわ。
「それはいくらなんでも高いので金コイン1枚で如何でしょうか?」
「こんな画期的な考えを金コイン1枚と?!はっははは、これは愉快。本当に欲がない正直者だのぉ。わかった。では金コイン5枚で次の新しい教科書ができたらそれも1部頂こう。それで十分じゃ」
そういって、金コイン5枚を置いてそのまま部屋に戻っていってしまった。まぁいいか。これから教科書が新しくなったら1部は送ってあげよう。
そんなことで学校、そして給食がグングルトの街でも誕生した。




