朽葉色の髪の少女…⑤
『人形遣い事件』は、解決した……。『始祖』の『魔導師』、通称『人形遣い』に拉致された若い女性は、推定1070人余。ロール地方の標準以上の美女のほとんど全員が被害に遭うという、近年のギルド史上でも類を見ない大規模犯罪であった。……だが、『黎明の探索者』および、匿名の特務調査員の活躍によって、ヴェレメスト城で『人形遣い』は討滅された。彼等の必死の救出活動の結果、行方不明者の美女のうち約半数の512人が関係者のもとに無事連れ戻された。その帰還した女性達の中には、護衛騎士団の目の前で略取されたファロールの姫君や、とある『黎明の探索者』のメンバーの親族、潜入捜査に乗り込んだギルド所属の美人女性冒険者数名の名も有り、関係者達をほっとさせた。だが、残る半数の……特に早い時期に拉致された娘達の多くは、結局戻って来なかった。その娘達の(生き残っていた)親族はそう多くはなかったが、その残された親御さんたちの悲しみは到底、軽々しく書面に記録できる類のものではないことは、ご理解いただけると思う。
さて、ファロールの領主から支払われた報奨金、冒険者ギルドから出た賞金、無事に娘さんが戻った家族から支払われた謝礼、合わせると相当な額になった。……それらの分配を済ませて、打ち上げの飲み会を開いている『黎明の探索者』御一行様、そして、特務調査員のセフィール嬢……。すでに、セフィールの髪の色は朽葉色、瞳は鈍色に戻っている。
「しかし……あの、メイド達は『フレッシュゴーレム』だった……という事だったよね。つまり、娘本来の人格は破壊され、肉体は一度死に、人間からモンスターに作り変えられていた……と、言うことになると思うのだが……どうやって、元に戻したんだ⁇」バリオスが持ち前の知的好奇心を全開にさせて質問する。
「企業機密……って、言いたいところですけど、まあ、……教えて上げます。」セラミック製のカップに注がれた山羊乳酒を、舌で転がしながら嚥下すると、説明を始めた。
「人間の記憶って、何処にあると思いますか?」セフィールはバリオスに質問を返す。
「それは、……脳かな……いや、魂かも……。だが、まだ詳細には明らかにはされていない筈。」
「取り敢えずは、『正解』。脳という魂を収める器にも、魂という形なき情報体にも、……両方に色々な形で記録されているんです。」
「なるほど。」
僅かに喉越しの醍醐味を味わいつつ、更にもう一口乳白色の液体を口に運んでから……セフィールは説明を続けた。
「メイド達は幸いにも、多少強化されてはいたものの、娘達の体を殆どそのまま使って、ゴーレム化されていたんだけど、生きた組織が使われていたのが有難かったわ、そのまま高速培養してクローン体を作ることが出来たから……。」
「高速培養?クローン体って?」
「まあ……人工的に作る双子の兄弟ってところかしら?失われた古代魔法帝國の先進技術とでも思っといて。」
「はあ……。」
「そのクローン体を仮の器として、擬似的な『反魂』を行ったわけです。ほら、死後の世界から魂を連れ帰る奴です。魂はある程度死亡直前までの情報をプールしているから、それだけでもある程度記憶は戻るんだけど、かなり、時間や空間感覚が曖昧な感じになるから、細かな記憶を『武装メイド』の脳の方に残っている肉体記憶で補うわけです……。それで、果てしなく本人に近い娘が一人出来上がり……って感じかな?」
「簡単におっしゃいますが……すごい技術ばかり並べられた様な気がするのですが……。」ずり落ちてきたメガネの位置を人差し指で修正しながら、ボヤくように呟く。
「ま、大したことありません、その内、色んな所で普通に出来るようになりますから。」
「でも、黄泉に行った魂の中で、浄化の終わったものは新たなる転生の輪の中に入っていくという話ですが、そういう魂は『反魂』出来るのですか?」
「出来ないですよ……だから、今回512人しか助けられなかったんです。残りの魂たちは、生まれ直して新しい人生を歩み始めていたから……それを、今更奪う訳にはいかないじゃないですか。」
「なるほど……。」魔法バカを自認するメガネの魔法使いは、青磁のゴブレットに注がれた山羊乳酒を呷るように一気に開けると、天井を見上げた。
「兄がお世話になりました。」
チョット変わった方法で冥府の門を逆に潜って生還した榛色の髪を持つ美女……兄と同じ髪の色ながら、随分と生真面目な印象を受ける彼女はジェーン……シスコン・ジャックの妹である。
「いえいえ……それより、貴女……変態魔導師に捕まって、大変な思いしたわね……。」
「それが……捕まってからのことはよく覚えてないんです。なんか殺されそうになったような気はするんですけど……。」実際は殺された……であるが、記憶処理してあるので、はっきりとは思い出せないようである。
「ま、無事で何より……お兄さんが必死に助けだしてくれたんだから、お兄さんを大事にね……。」
「ハイ……。」
「ヨオ……セフィー呑んでるかい?」陽気な口調のスカウトが間に割り込んでくる。さり気なくセフィールに体を密着させてくるので、すっと、自然に位置を変えて、ジェーンの向こうに移動して、ジャックとの間に距離を取った。捨てられた子犬みたいな目をするジャックを放置して、酒の肴の何首烏の種を一つ口に放り込む。
「ツレナイじゃないかセフィー……この妹のために身を粉にして過労死寸前の状態まで頑張った哀れな男を、少しはやさしく労ってあげようって気にはならない?」
「今は随分元気そうじゃないですか……。わざわざ、労う必要を認めないんですけど……。」なんやかんや言いながら、打ち解けてきているなと感じるセフィール。
「オレは大変なの‼もう二度とジェーンが拉致被害に合わない様に警護したり、ジェーンに悪い虫が付かないように見張ったり、ジェーンの結婚資金を貯蓄したり……。」
「それ……結婚資金を貯める以前に……行き遅れになるパタ・・・……。」ボソリと呟いてしまったセフィールだが、ジェーンまでもが凍り付いているのを見て、少し反省する。だから、気まずくなった場を離れるために一旦席を立つ。
「おーい、いかないでぇ~。」とか、ジャックが言っているが、取り敢えず無視……他の席へと移動する。
酒場であるにもかかわらず、一人部屋の隅で黙々と剣の手入れをしている剣豪……余り話しかけられる雰囲気でないので、セフィールはその横を通りすぎて、聖人君子の仮面を被ろうとして中々上手くいっていない破戒僧:ナージュの隣りに座った。
「呑んでますか?」セフィールが声を掛けると、ナージュは手に持った盃から、声の主に目を移した。
「おお、特務調査員殿……拙僧は……呑んでますよ。拙僧は時々考えるのです……アルコールの中にこそ真実と悟りの片鱗がきらめく時があると。……ですが、残念なことに殆どの場合、アルコールが抜けた後にはそれをちゃんと覚えていないんですな……これがまた……。」……かなり呑んでいるようである。山羊乳酒はそんなに度数が高くないから、ナージュは相当飲んだか、或いは、相当酒に弱いかである……。見た感じでは……両方かな?と、判断する。聖職者が禁酒の戒律を破って果たしていいのかとも思うが、其処を指摘すると、禁酒の戒律は破るためにあるとか、これは地方によっては幼児も飲む健康飲料なんだとか……反論が帰ってきそうである。
「今日は、なにか悟りの境地に至りましたか?」
「いや……世界とは一体何かと考えていたところです。」妙に神妙な表情で……。
「何か分かりました?」
「いや……何も……。ただ、人の世は無情と……。例えば、あの『人形遣い』……彼も、救われない魂の成れの果てだったわけです。その、魔に堕ちた魂が多くのうら若い女性たちの命を奪わしめたわけです……咎人を捉えてみれば、彼もまた被害者……無情ですな。」
「そうですね……。」セフィールはこっそりとアルコール分解の魔法を自分に使いながら、更に一口カップから乳白色の液体を口に注ぐ。
「それで……彼はまだ、生きているんですよね。特務調査員殿……彼は……どうなりました?」
「レベルドレイン……を施して、現在は心身ともに赤ん坊状態です。記憶も幾つかは抹消して、幾つかは封印して……本当に、ただの赤ん坊ですよ。」
「そうですか……今度は、愛情豊かに育って、健全な精神の人間に育って欲しいですな……。しかし、良い養い手が見つかりましたか?」
「まあ……割れ鍋に綴じ蓋というべきか……メイドになっていたプレイヤーの娘の一人なんですがね……ある程度事情を知って、尚且つ……『なんか気持分かる、そんなにも独占的に愛してくれてたなんて、カワイイ♡……ハァ・ハァ・ハァ……』……な~んて言うのがいたので……彼女に任せることにしました。」軽く溜息を付くセフィール。「そういうのを、私の世界では『ヤンデレ』……っていうんですが。まあ、落ち着くところに落ち着いたというべきか……。」
「なるほど…………。しかし、いいんですか?拙僧らにこんなにも秘密が知れてしまって……お仕事に支障はないですか?」
「大丈夫です、秘密をバラそうとすると、『死んだほうがマシ』……と、思えること間違い無しの悶絶級の苦しみが味わえる超強力な『禁忌の誓約』を施してますから。こっそりと……。」セフィールが浮かべる悪魔的な笑……ナージュの背筋に冷たいものが走った。『それって、誰にとって大丈夫なんだよ……』と、心の中でツッコミを入れながら……。
「では、私はそろそろ御暇することにしますね。」優雅な物腰で立ち上がるセフィール。
カウンターに自分の分の飲み代を置くと、軽くみんなに声を掛けてから、酒場の扉を開く……。
栗毛の愛馬に鞍を起き、背嚢を其処に乗せてゆっくりと歩き始める……次は何処に行こうか?……と、考えながら……。
その時、後ろから聞こえる大声……セフィールの名を呼んでいる。
振り返ると……ジャックだった。
「どうかしましたかジャック……。」
小走りにかけて来た彼は、僅かに肩で息している。
「いい忘れたことがあるんだ。セフィー。」急にシリアスな顔になる三枚目のスカウト……。彼はセフィールの両肩を抱き、朽葉色の髪の少女に語り掛ける……。
「オレと一緒に来てほしい……そして……オレたちの『黎明の探索者』の一員になってほしい……。」そして、少しだけ間をおいてゆっくりと言葉を足す。
「愛している……セフィー……オレと一生涯、共に旅して欲しい……。」
その言葉を受け……少し困惑した表情のセフィール。
そして、数秒、頭のなかでセリフを咀嚼して……口に載せた。
「ごめんなさい……私……『ネカマ』なんです。」
「はい?」どうやら、ジャックが意味を理解できなかったことに気がついて、セフィールは言葉を選び直した。
「……ん~と……そうですね、女の子の姿をしているように見えますけれど、実は『男』なんです。だから、ごめんなさい……ジャックの気持ちには答えられないわ。」
ガ━━(;゜Д゜)━━ン!!などという効果音が聞こえてきそうな、ジャック。
「………………。」
セフィールが立ち去った後には、白く灰になったジャックが立像となって、いつまでもいつまでも立ち尽くしていた。
今日もどこかで、孤独な男の心を風が吹きぬける……ここは『Rune World』最果ての世界……。