狙われた令嬢の秘密!
広がる波紋、そして首領の秘密を探る者が!
「おほほほほほほほほ-------!」
「うひゃひゃひゃひゃひゃ--------!」
「是非に!」との手紙に助さん格さんを連れたご隠居のごとく、左右にソードウルフとランスビートルを従えてギズモ子爵の館を訪れた首領であったが、そこに待ち構えていたのは高笑いのダブル波状攻撃。
ソードウルフが思わず身構え、ランスビートルが槍を出す横に立つ首領はげんなりとして見えた。
「いったいなんなんですか、これは?」
たまには影武者さんに出歩く方を代わってもらった方がいいですかねぇ、などと出発時に思っていた事を思い出して、「女神様の相手とこっち、どっちがマシなんでしょう?」などと深くため息を吐く首領であった。
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長年、謎の病に苦しんでいたギズモ子爵の娘エミリアが健康を取り戻したという知らせは、当人たちの思いも寄らぬ範囲まで広まっていた。
なにせ、それこそ本当に命がけの真剣さで治療法や対処法を探して、金とコネを使っていたギズモ子爵である。
直接、そうした過程で出会った人だけでなく、その知り合いやら医療に関係する者やら、学問に関わる者やらと病の不可解ぶり、特殊さもあって、戦争にも、逆に王族の慶事にも、ここのところ縁の無いこの国の貴族やその周辺の人間の話題として知れ渡り、王都などでは市井の民の噂にすらなっていたのだ。
話の締めは大抵子爵の父親としての愛情深さへの賞賛とエミリアへの憐憫で終わって、多くの者は同情と共に「自分のところの子どもがそんな病にかからなくて良かった」という安堵を抱いていた。
そんな「噂」の人物が唐突に、それこそ何の前置きも無しに快癒してしまい、しかも何故そうなったのかは「首領様のおかげです」と、今度は怪しい宗教か何かが関わっているのかと疑問に思わせる答えが返ってくる始末である。
大方の人間はゴシップ的な興味をそそられただけだったが、真剣に懸念や忠告を述べに来る者に留まらず、医者や学者などの関心まで引き付けてしまい、ギズモ子爵も純粋に娘の健康を喜んでいるだけでは済まなくなってしまった。
そうした中、直接訪れる者も現れ、何人もの医師が訪れ、その内の何人かは診察まで行ったが、「変身」していない時はごく普通の人間であるエミリア、健康な年齢相応(本当なら何年も寝たきりだったので、筋力の衰えなどがあって当然なのだが、それすらない)の若い女性だということしか分からなかった。
結論としては「女神様のおかげとでも言うしかない」と、その実、間接的には正解(怪人に改造して健康にした首領を招いたのは女神なんで)を言い当てつつも自身と医学の無力さを嘆くしかない状態だったのだ。
そんな一連の流れの中、最後にやってきたのが「うひゃひゃ」と笑う年齢不詳の男。学問の為に先祖伝来の館を売り払った者として名高いスランゲル男爵であった。
それまでの医師や学者が首領の話をしても「可哀想な子」を見る様な目で聞き流していたのを、実に興味深く、時々本をひっくり返したり、メモを取ったりしながら聞く男爵の様子はエミリアを満足させた。
その変身を外部から来た者に対しては初めて見せ、更にそれを褒め称えて心底感心してみせる様子に、心配やら気遣いはさんざん受けても賞賛を浴びたことの少ないエミリアはすっかり男爵を気に入ってしまったのだ。
傍から見ると「ロマンス?」と思いたくなる組み合わせだが、エミリアも男爵も共に恋愛感情は無い。
エミリアはサラに執心中の「そういう趣味」の女性だし、男爵も学問に心底取り憑かれた身、男女が居ればなんでも恋愛ごとに結びつける様な思考の人たちにとっては実に理解しがたい状態にある。
ともあれ、そうした経緯から「是非、我輩も一度お会いしてみたいものですねぇ」との男爵の言葉に「そうですわね、久しぶりにお会いしたいわ」とエミリアが答え、「首領様には何度感謝してもしたりないからな」とギズモ子爵まで乗り気になって首領のところに招待状が届いたという訳である。
訪問に際しては首領も事前に訪問の意思を告げる手紙を出していた事から、二人を含めた周囲も到着前からテンションが上がってしまい、首領たちが到着した時にはご覧の有様の高笑い状態、本来の主役であるべき首領が置き去りになってしまったというテンションの温度差が招いた悲劇である。
「ようこそいらっしゃいました首領様!」
いつもなら引いてしまう様な熱烈な崇拝の目をしたギズモ子爵の挨拶に、なんだか救われた様な気分になってしまう首領であった。
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「この間はサラの村まで飛んで出かけましたのよ! 首領様がそのお力を振るわれて、現在サラが住んでいるだけあって実に良い村ですわねぇ。帰りにはサラも飛んでこちらまで送って来てくれて、そのままウチにお泊りしてお話をいっぱいしましたのよ・・・。」
ツヤツヤと単に健康から来るものだけでない血色の良さで語るエミリア、あの後、なんとなくでお取り寄せ通販で買った芋羊羹を手土産として渡した首領は、促されるままお茶の席に付き合っている。
エミリアと男爵の異様なテンションは流石に納まってはいるものの、そうなると今度は子爵をはじめとする家中の賞賛と感謝の視線が気になってくる首領である。
慣れない、どころか実質初めてのお茶会的場であることすら理解しないまま、エミリアの話に相槌を打っている。
「なあ、なんで首領の周りは美人ばっかりなんだ?」と小学生らしい率直さで首領に尋ねたランスビートルは、その言葉を聞いたエミリアから逆に質問されている。
「それで、首領様の周りにお美しい方ばかりというのは?」
「女神様だろ? それに影武者さん、そんでもってエミリアさんはお姫様みたいだし・・・。」
「まあ、お姫様だなんて!」
口では否定しつつも嬉しそうなエミリアを横目に、「将来、この子はとんでもない女ったらしになるんじゃ?」と変な風にランスビートルを心配する首領。
ソードウルフは男爵に捕まって、剣の出し入れやら口を大きく開いて中を見せたりやらと色々とさせられている。
「口の作りは狼とほぼ同じなんですねぇ、これで人の言葉を普通に話せるとは実に素晴らしい! 何故出来ているのか分かれば、犬や他の動物とも話せるようになるかもしれません!」
気の毒には思うものの有効な手立ても無い首領にソードウルフを救う当てはない。
萎れた狼の尻尾が力なく揺れている。
「だからそんな目で見てもどうしようもありませんよ?」と内心心苦しく思う首領。
「それに綺麗なだけじゃなくて、強いだろ、エミリアさん!?」
ランスビートルの言葉にジュエルクインビーとしての姿を見せるエミリア。
「おお、かっけぇー! 目とか宝石みたいだし、すげー!」
「おほほほほ、私の後に首領様に改造していただいたのね? 言ってみれば私の弟の様なもの、お姉さんだと思っていいわよ!?」
「え、本当に! ・・・でも、俺、変身解くとこんなショボいし・・・。」
本来の小学生の姿を見せるランスビートルだが、既に気に入られてしまっている状態である。
「可愛いわね」と頭を撫でられてポッとしている。
「ショタがなでポされて・・・いけません、毒されてますねえ」元・妻の影響が妙な形で出て慌てて頭を振る首領であった。
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「ほうほう、それではその『改造する力』というものは人や物を変える力なのですね! では、動物や植物はどうなのでしょう?」
「さあ、試したことがありませんので分かりませんねぇ。人も本当はあまり改造していいものか悩んでいますし」
「それはいけません! まずは何が出来て何が出来ないのか、例外はあるのか、さらに上はあるのか、いくらでも知るべき事はあります!」
「とは言っても人と違って動物は意思を確認も出来ませんし、植物も勝手にやって変なものが出来たら怖いですし・・・」
「植物はまずは小さなものから試してみるといいでしょう! 動物は死にそうなケガや病気をしたものなら良心も咎めないのではないですか? 我輩が思うに暴走などへの懸念があるなら、小さな生き物、特に子どもなどがいいかもしれませんね!」
ついに男爵に捕まってしまった首領。
知識への欲求から次から次へと質問が口に出され、その質問の途中で別の疑問点が浮かんでいる状態である。
「知ることの中でも特に体験というのは貴重なものです! そういう訳ですので是非我輩を改造してみてください。とは言っても普通に改造しても面白くありませんね、怪人になるには動物の死体とアイテムが必要だという話ですが、その動物やアイテムが複数だったらどうなるでしょう? 知ってみたいと思いませんか!? 我輩は是非、知りたい!」
当然の帰結として自らも改造を望む男爵、そのテンションに首領は押されっぱなしである。
「動物の屍骸、標本でも構いませんよね、これ見て下さい、美しいでしょう! 花に擬態するカマキリの一種です! こちらの物はここへの道中で採取したものですが、毒草の一種です! 希釈すると痛みを抑える薬にもなりますね! この本は魔道書だと言われていますが、この通り開く事が出来ません! 中に何が書いてあるのか読んでみたいものなのですが、本を損ねる訳にもいかず、こうして持ち歩く事しか出来ないのです! この3点でどうでしょう! 余り多すぎても上手くいかないかもしれませんが、一つ増えたくらいならなんとかなると思いませんか!」
スーツケースサイズの巨大なドクターバッグをがばっと開くと、男爵はカオス状態の鞄の中からそうした物を取り出して並べて見せた。
「本当にやるんですか? 失敗してもしりませんよ? 魔道書と毒草とカマキリでグリモアマンティス! 魔改造!」
「あ、そういえばモグラ男はアイテム2つだったか!」などと急に思い付きつつも首領は改造の言葉を唱えた。
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誕生した新怪人、一目で今までの怪人とは異なっている。
腕が二本多いのだ。
鎌の腕と人間の様な手が両方ともついているのだ。
「ふむふむ、やはり改造される側の意思というかイメージというものにかなり左右されるようですねぇ。思っていた通り腕の本数が増えました。動かし方に慣れるまで時間がかかりそうですが、これも研究のためです!」
どうやら男爵はこの機会にと、更に実験を行っていたようだ。
「『変身解除』で元に戻れますよ?」
「いやいや、まずはこの体で色々と試してみたい事もありますし・・・ほほお・・・うひょひょひょひょひょ・・・我輩なんと魔法が使えるようになってしまいましたよ・・・うひゃひゃひゃひゃ・・・それに口から毒と眠りのガスを使い分けて出す事も出来るようになりました! 凄いですねぇ! この怪人の力というものは、我輩、運動などには縁の無い人生を過ごして来ましたが、ほれ、この通り、重い家具すら持ち上げられるように!」
「魔法ですか?」
言ってみれば首領の力も魔法みたいなものではあるが、いわゆるファンタジーっぽい魔法はこちらに来てからお目にかかったことの無い首領、内心かなり好奇心がうずいている。
「ちょっと使ってみましょうか『取り寄せ(アポート)!』ほれこの通り!」
呪文と共に男爵の人間形態の手の中に一冊の本が出現する。
「我輩が借りている部屋でどこにいったか分からなくなっていた本です! この様に対象さえ明確なら現在地も距離も関係なく手の中に!」
ゲーム的な派手な魔法を内心期待していた首領は肩透かしをくらった形になったが、確かに実に便利な魔法である。
火を飛ばして何かを燃やしたりとかの呪文よりも、首領が元々いた日本でも重宝されそうな魔法だ。学生時代も社会人になってからも忘れ物や紛失物で慌てたことのある人間は多いはずだ。首領も社会人になってからの失敗を思い出して、「あの時この魔法があればなあ」などと思ったりしたのだ。
「我輩、頭の中ほどは部屋の整理は得意ではないので、この呪文は実にありがたいのです! 難点を言えば元の位置に戻す呪文が無いことでしょうか?」
「ああ、確かに」と首領も思う。
もし元に戻せる呪文もあれば、手ぶらでどこにだって出かけることも出来るのだ。
質問と実験と考察の披露、首領が解放されたのはエミリアが夕食の席に招待に訪れた時だった。
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帰り際、途中まで見送りに来たエミリアと共に歩いていた首領は、道の際、山の斜面に面した位置になにやら赤いものを見かけた。
「猪の子どもですわね、お母さんとはぐれて獣に襲われでもしたのでしょうか?」
「首領殿! 今こそその機会です! このケガではどの道このままでは助かりません! 我輩思うに動物の改造を試してみるのはここしかないかと!」
「なあ、こんなチビ死なせちゃうのか? 餌代とか必要なら俺が稼ぐからさ、助けてやってくれよ!」
「これも何かの縁かと、首領様!」
「なんだか、やらないと言える状況じゃありませんねぇ。それに私も目の前で命が失われるのは嫌ですし・・・魔改造!」
「うひゃひゃひゃひゃ! これはこれは! なんとレッサー・ベヒーモスですか!」
「か、かわいいですわ! この子はウチで育てます! サラにも見せてあげたいですし!」
小なりと言えどモンスターと呼べる存在となってしまった猪の子ども、だが大人しく、エミリアに抱かれるままになっている。
つぶらな瞳も愛らしい。
こうしてギズモ子爵家に新しい家族が増えたのであった。
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そうして、非常に、ひじょーーーに疲れる訪問を終えて基地へと帰還した首領。
しかし、その顔から疲れが抜ける事は無い。
男爵が基地まで着いてきてしまったのである。
「うひょひょひょひょ! このぱそこんといんたーねっとという物は実に素晴らしいです! うひゃひゃひゃひゃ、我輩の知りたい事がどんどん分かるのであります! ところで首領殿、ぐぐれかすとはなんですか!?」
簡単な操作を教わってすぐにパソコンに夢中になっている男爵。
強い興味と感心を持つだけあって、習得のスピードは速い。
どうやら男爵の一部となってしまった魔道書、男爵と同傾向の人間によるもので、内容のかなりの部分が知識取得の為のものであり(食事をまとめて取って回数を減らす魔法や、睡眠時間を圧縮して短時間で長時間の効果を得る魔法、転移魔法の応用でトイレに行かずに済む魔法なんてものすらあった)、「異言語取得」の魔法で日本語だけでなく、英語も取得してしまい、必要に応じて更に言語を取得していきそうな勢いである。
「『我輩、異世界人にして怪人だが何か聞きたいことある?』・・・と」
某・巨大掲示板にスレ立てまでしている有様だ。
異様なスピードでネットに馴染んでいる。
「その内、『歌ってみた』とか『踊ってみた』までやるんじゃないですかねぇ」と胃薬が欲しくなってきた首領であった。
王国最高峰の頭脳を手に入れたバラン
その進撃は留まる事を知らない!