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令嬢魔改造作戦

バランの魔の手が権力者へと伸びる!


 貴族という言葉にファンタジー異世界という要素がミックスされて、欧米の宮殿の様な建物を想像していた首領は、目の前にある建物が貴族の館であるという事を認識するのに実に12秒という長い時間を要した。


 「えっと、ここが本当にそうなんでしょうか?」


 「はい、子爵様のお館です。」


 

 市民革命やら、大規模な飢饉やらが起こったという訳でも無いのに、何やら時代から取り残されてしょぼくれてしまった様なその建物。

 住人や使用人がしっかりとしているからだろう、廃墟に見えないのは。

 少しでも庭の手入れを怠ればすぐさま廃墟化しそうである。


 作られた当初は華美であったのであろう装飾的な彫刻はすっかりと磨り減って、原型が何なのか考古学者でも判別が難しいのではないだろうか?


 ソウの妹、サラに文字通り拝み倒されて首領がやってきたのは、そんな何の解説無しでも「没落貴族」と判断してしまうような貴族の館であった。





 首領は村での様々な用事を済ませ、これ以上何かやらされる前にと出立の用意をしていた。

 ソードウルフはその横で、子供時代に剣の訓練をするのに使っていたボロ剣を元に首領に改造してもらった魔剣をニコニコと手入れして、当然の様に首領について行こうとしている。


 怪人状態のソードウルフは剣を体の好きな場所から自由に出し入れ出来るのだが、そこは剣士の性というか、剣を携えていないと落ち着かないという事で首領にねだって作ってもらったのである。


 元となった剣のあまりのボロさに「これなら改造してもそんなに大した事にはならないでしょうね」と気楽に首領も承知したのだが、出来上がりはというとランク付けをするなら「神話級」「伝説級」に値する「魔剣」となってしまったのだ。


 喜んだソードウルフは寝るのも一緒、お風呂も一緒といった勢いで常に身につけ、たまに抜いてはニヤニヤとして、「お兄ちゃんLOVE」のサラにさえドン引きされていた。


 そうした2人の様子を見て、また首領から出立の予定を聞いて考え込んでいたサラが首領に頼んだ事、それがこの地方を治める領主であるギズモ子爵の娘エミリアの治療であった。



 ◆

 ◆



 内部に案内された首領とサラ、何度か訪れているというサラはそれなりに慣れた様子だが、貴族の家など初めての首領は落ち着かず、その外見に似合わない小市民的な動きで辺りをみているのだが、見事なまでに金目のものが無い。


 元々が華美や贅沢を好まず、領民優先という住民たちにしてみれば実に有り難い領主のギズモ子爵であるが、本来はここまで徹底して無駄を省いた生活をしていた訳ではない。


 貴族の付き合いやら出入りする商人等へのはったりというか押し出しとして、それなりに金をかけた調度品やら美術品も保有していたそうなのだが、既にそれは手放されている。


 その原因が一人娘であるエミリアの病である。


 原因不明、治癒魔術も魔法薬も一時的に症状を抑える事しか出来ず、一日の大半は寝て過ごし、季節の変わり目等気候の変化が激しい時期には必ずと言っていいくらい悪化し、これまでに何度も命が危ぶまれたことがあるそうだ。

 

 何かある度に金やコネを使い、手を尽くして治療に当たってきた子爵。

 つまりは調度品やら美術品はその過程で失われたという訳だった。


 サラは治癒師としては最上級とは言えないものの、彼女が訪れるとエミリアが楽しそうに上機嫌で体調も落ち着く事や、境遇のせいで友人が作れないエミリアにとって初めてと言える友人になってもらえるのではという親心から、子爵公認で出入り自由の許可が与えられており、今回も首領と言うある意味最大級に怪しい存在を伴いながらも、何の躊躇も詮索も無しに面会が許されている。



 サラ自身、そうした相手からの好意もあって、身分や境遇を越えて友人としてありたいと願う様になっており、自らの力不足を嘆いていた事から、首領に直訴し、その力を借りるという手段を取ったのだ。


 こうした事情はこの館への道すがらサラの口から説明されており、当初は訳の分からないまま付いてきていた首領も、子爵の親心やらサラの友情にほだされてかなりやる気になっている。

 外見からは分かり辛いが珍しく「燃えて」いるのだ。




 「今日は体調いいみたいね、顔色もいいし・・・。」

 挨拶と首領の紹介を済ませたサラがエミリアに声をかけているが、正直首領には顔色がよいかどうかは分からない。

 というのもエミリアはルビーの様な赤毛とローズピンクの肌を持っっていたからだ。

 病気であるという前情報が無ければ「いい血色ですねぇ」と思っていたであろう。


 館内の他の場所に比べると彼女の部屋は装飾も丁度も趣味の良い、贅を尽くしたものであり、壁面の一面丸ごとが書架になっており、そこに大量の本が納まっている事から部屋の主が読書を好んでいる事が伺われる。


 ただ、その本が悉く「薄い」のが首領にはなんとなくいやーな印象を与える。

 元・妻はアニメ好きではあってもノーマルな性癖の持ち主であったが、その友人には数字系の人間も含まれていて、特撮ヒーローの「そうした」本をそれと知らずに読んでダメージを食らった事もある首領である。

 それ以来、薄い本にはどうも抵抗感があるのだ。


 「首領様、エミリアの蔵書に興味がお有りですか? 本の重さが疲れを呼ぶので、分割して薄く製本され直していますが、ほとんどが小説ですよ? 私もたまに借りて読ませて貰ってますが、女性向けのものが多いですね。」


 「なるほど重い本は疲れますよね、特に寝て読む場合は・・・そういう理由でしたか」と首領は自分の不明を恥じかけ、エミリアのサラに向ける視線を見て、「いやいやいや」とその反省を中断した。



 元・妻の友人の一人で比較的頻繁に彼女の元を訪れていた女子校教師の「対象」に向ける目を、そのエミリアの目を見て思い出したからだ。


 その友人はオープンな同性愛者で、しかも若い女性が好みという「こいつ女子校の教師にしちゃダメだろ!」という存在だったのだが、「憧れの存在」として見られる為に授業内容や進め方を完璧なものとし、生徒たちの相談も親身に引き受け、自らの外見も美しく凛々しく保つ努力を欠かさないという、欲望がいい結果に結びついてしまう一番厄介なタイプだったのだ。


 元・妻と外で彼女と食事をする機会も何度かあったが、そうした際に女子高生やら十代の女性やらを見て、その彼女がたまに見せていた目、エミリアの目がそれと同系統のものであると確信した首領は、この世界の創作事情は分からないが、あの薄い本の中にはきっと女性同士の恋愛物語、下手をするともっと直接的な行為が描かれた作品が紛れ込むように隠されているに違いないと思ったのだ。


 そうした首領の葛藤の傍らで、治癒師と患者というより若い女性の友人同士といった会話が続いている。時折エミリアが声を立てて笑っている姿等は、エミリアの家族や親身に世話をする使用人からすれば感涙ものであろう。

 

 「今日はいい風が吹いてるのよ、体調も良さそうだし、ちょっと窓を開けてみましょうか?」

 サラはそう言い窓を開けるが、風と共に思わぬ珍客も入ってきてしまう。

 ブーンという羽音に思わず及び腰になってしまう、昆虫の中でも対人攻撃力上位の存在、蜂である。


 「考えてみればこの体、蜂の針くらいなら通りそうもありませんよね」硬質な自分の手を見てそう気付いた首領は飛んでいる蜂を捕まえて窓の外に放そうと手を伸ばし掴むが、力加減を間違えて殺してしまった。


 病人の前で命を奪う行為を行ってしまい落ち込む首領だが、蜂の屍骸を見たサラは嬉しそうに手を打つ。


 「どうしようかと思ってたものも手に入った事ですし、首領様、エミリアを怪人にしてくださいません?」


 出会って間もないとは言えサラの「お願い」を断れた試しの無い首領は、今回も唯々諾々と従うのであった。



 

 ◆

 ◆





 「おーほっほっほっほ・・・昔、小説を読んでちょっと真似した時はとんでもない事になったけど、高笑いをしても咳き込まないなんて、なんて素晴らしいのでしょう。首領様、実に素晴らしいですわ、この力は! しかもサラとおそろいで空も飛べるなんて! これはまたベッドの中で見ている夢じゃないわよね、いいえ、夢でも構わないわ、こんな気分、生まれて初めて!」


 「夢じゃないわよ、エミリア、本当に元気になったのね! 私も嬉しいわ。前に話したお出かけの約束が本当に出来るのね!」


 

 麗しい女性同士の友情(?)の光景に、生憎と一番喜んだであろう子爵は不在ではあったが、夫人や古くからの使用人などが集まって感涙に咽んでいる。

 


 蜂の屍骸とお守り代わりの宝石、その2つを用いてエミリアは怪人ジュエルクインビーとなった。

 「普通の働き蜂だったのになんで女王蜂になっちゃったんでしょう?」と首領は首を傾げているが見事な成功で、エミリアは本人も回りも望んでいた健康と同時にとんでもない戦闘力を身につけた。


 蜂の戦闘力に宝石の魔力がプラスされ、RPG風に言うなら魔法戦士的な力を獲得してしまったのだ。今の彼女なら、この戦闘訓練を全くしていない状態でも、ワイバーンと単独で戦える。訓練すればどこまで逝ってしまうのか、考えるのも恐ろしい。


 また病弱な為に不足していた気力も快復、秘められていた勝気さが前面に出ていて前後の経緯を知らずに昔の彼女しか知らない相手が彼女に会えば「え、だれ?」となる事は間違いない。


 大人しげな病弱な薄幸の美人は、勝気で生命力に満ちた女傑へとクラスチェンジした。

 

 「私は本当にいい事をしたんでしょうか?」かなり露骨になっているエミリアのサラに向ける視線を見つつ、首領は周りの喜びようや浴びせられる感謝の言葉と裏腹に深く考えこむのであった・・・・・・。




 ◆

 ◆




 こうして首領の活躍によってギズモ子爵家を覆っていた暗雲は取り払われた。

 帰宅して経緯を聞き、娘の姿を見た子爵が喜んだのは言うまでも無い。

 財布も金庫も空にする勢いで祝いと感謝の宴が開かれ、首領は歓待された。

 本当なら首領はこうした大事になる前にこの屋敷を立ち去りたかったのだが、ここへ彼を誘ったサラがエミリアと話をしたり、変身して一緒に空を飛んでみたりと置き去りにして帰る事も出来ないまま、夫人や使用人たちからの感謝の言葉を受けたり、これまでの苦労や思い出の話に律儀に相槌を打ったりしている内に子爵が帰宅してしまったのだ。


 残された数少ない先祖伝来の品をお礼にと渡そうとするのを固辞し、サラが不用意に漏らした言葉をきっかけに使用人たちに戦闘員改造をねだられ、高齢で職務に影響が出ている者のみ限定で仕方なく引き受け、ノーク村の事も含めてしっかりとギズモ子爵の公認を受けた首領配下のバランは、首領の意図に反して地方権力の中枢へとがっちりと食い込んでしまった。


 「おーっほっほっほほ、首領様、この地方のバランは私にお任せになってくださいませ、サラと二人で首領様のお力にならせていただきますわ!」


 「おお、あのエミリアがあんなに元気になって・・・。」


 「本当に、首領様には幾ら感謝してもし足りないわね・・・。」


 「見て下さい、これが首領様に戴いた私の新しい力、『変身!』どうです、お父様!」


 「おお、エミリア、その姿も美しいねぇ、流石、私たちの娘だ!」


 「あなた、美しいだけではなく、その辺の騎士など目でも無いくらい強くなったのよ、あの子は!」


 「「「「「「流石、バラン首領様!」」」」」


 「(勘弁してくださーい。褒め称えられるなんて私には! どうしてこうなってしまったんでしょう?)これまでエミリアさんや皆さんが頑張ったからですよ、私はちょっとお手伝いをさせてもらっただけです。」


 「「「「「おお、なんて奥ゆかしい」」」」」



 何をしても何を言っても褒め称えられるという、首領にとっての悪夢の宴は、こうして続くのであった。




 ◆

 ◆




 「首領様、これでこの地方はバランのものですね!」


 狼頭でニコニコという、地球人にはちょっとすぐに思い浮かべるのが難しい(アニメや漫画のデフォルメならともかく、リアルウルフヘッドである)状態のソードウルフ。

 もはや怪人バージョンがデフォとなって、人間時の姿を忘れそうな勢いである。


 「なんで、こうなっちゃったんですかねぇ・・・。」

 単なる好意でソードウルフの里帰りついでに、建前として支部開設として付いてきただけのつもりの首領はため息をつく。

 村丸ごと戦闘員化+領主の子女の怪人化である。

 計画的に結社として動いてもこうはうまくいかないだろう。



 一方で影武者からのヘルプコールは「病んでる」レベルに近くなっており、「どんだけ無茶言ってるんでしょう、あの女神様は」と本部へ向かう足も重くなる。


 かと言って現状、他に行く場所もする事も無い。


 取り敢えずは戻るしかないのだ。



 祖父が御すロバの引く荷車に後ろ向きに座って手を振る幼子が今の首領の癒しである。


 普通に考えると恐ろしい外見をしている首領だが、何故かこの世界の子供には好かれる。

 というか、怖がられて泣かれた事は皆無だ。


 今も幼子は「何がそんなに嬉しいんでしょう?」と尋ねたくなるくらいニコニコとしている。


 そうして歩いて通り過ぎていく道の傍らの農地で働く農夫等から見ると、そうした首領も含めて微笑ましい光景に見えているらしい。


 「ちょっと形さ悪いんだけんど味は保証つきだぁ!」と野菜を貰ったりしている。


 

 道中、そんなほっこりとする光景を生み出しながら、首領とソードウルフは本拠地へと帰ってきた。


 首領と全く同じ外見の筈なのに影武者は何故かやつれて見えた。


 「やっと帰ってきましたねぇ・・・影武者さんやソードウルフの部屋も必要ですね・・・魔改造!」


 自分の部屋と全く同じワンルームを現在の基地を更に改造して作る首領。

 人への改造はいまだに抵抗がある様だが、物や場所への改造はあまり意識せずに行う様になっている。


 女神が通販で購入して中身だけ持ち去ったのであろう、密林やらなんやらのダンボールが事務スペースに溢れているのを魔改造して部屋用のクッションにし、ソードウルフや影武者にも分け与える。


 「ふああ、やはり外出するのは疲れますねぇ・・・。」首領ボディーは実の所怪人より更に高性能な上、ノーク村やらギズモ子爵関係やらからの忠誠心で更にパワーアップしている首領は肉体的には毎日トライアスロンが出来るレベルだが、精神的な疲れというものは肉体的にいくら強靭であっても発生する。


 魔改造でダンボールから作ったクッションを腰に敷いて自室で伸びをした首領が、その瞬間を見ていたかの様に鳴った携帯電話を受けると、上機嫌の女神の声が流れてきた。


 首領は更に疲れた・・・。





着実に権力へと食い込むバラン恐るべし!

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