首領vs獅子、大魔城に対峙す!
仕事が入ってる時の方が手元にキーボードあるんで書けるんですよね
「ええと、ポーションが1500本、薬草5000束、ミスリル鉱石300キロ、ロックリザードの革200枚、クズ魔石600キロ、ミモラの根っこ……って俺じゃこれ確認出来ないっすよ」
緩衝材を入れた段ボールや会社指定のコンテナボックスに、書類片手に荷物を詰め込んでいるペッタリ系黒髪男子。
「ああ、副長は鑑定系スキル貰ってませんでしたっけ、ちょっと待ってくださいね、事務用品一式の中に紛れ込んでたこの虫眼鏡を『魔改造!』っと、これで見れば鑑定出来ます」
自分の事務机を漁って虫眼鏡を見つけると、それを魔改造して鑑定機能付き虫眼鏡にして手渡す首領。
「あざっす! 先輩の能力便利っすねぇ」
会話はしながらも作業の手は休めていない副長、流石に根が真面目なだけはある。
首領と共に秘密基地の業務スペースで仕事をする黒髪青年、首領の言葉で分かる様に副長であるが、その外見は元々のチャラい若者姿とも、何故か巨大化するお手伝いロボットのパチモン的外見とも異なっている。
これはどういうことかと言うと、副長の落込みを気の毒に思った首領による魔改造の結果である。
大昔のメンコや駄菓子屋で売っていたおもちゃの様なパチモンくさい外見で落ち込む副長を気の毒に思ったのもあるし、その外見で固定されてしまうとパチモン臭さを増大させている要素でもある巨大な角が、日常生活では非常に邪魔くさいという地味に切実な理由もあった。
「影武者さんでもいけましたし、たぶん大丈夫でしょう」と人化可能な魔改造を施したところ、どういうわけか原型とはやや離れたこの姿になってしまったのだ。
「あ、内面的にはこっちの方がしっくり来る感じっすし、こっちじゃわざわざキャラ作る意味も無いっすしね。それに何より人類に入る範疇の外見じゃないっすか。文句なんか無いっすよ」と副長が納得しているようなので、そのままで済ませている首領。
下手に色々やり過ぎて女神の関心を呼んでしまい、首領並みの外見固定が彼にされてしまう危険性を考えれば無難と言える。
さて、こうした大量の品々、行先は首領と副長が在籍するあの会社であるが、自然に湧いて出たものなんかではなく、当然、仕入れたものである。
今、この瞬間も大魔城に品々が運び込まれ、配下の怪人たちが検品をしたり、書類をまとめたり、関係各所への手配をしたり、挨拶状を書いたり、会うべき人間と面会したりなどと忙しなく働いている。
一見、忙しい副長を横目にぼーっとしている様に見える首領にしても、この後、城の応接室で、この国で有数の大商人との面会が控えており、地味に胃にダメージを食らっている。
まあ、首領スペックな上に、今、この瞬間も配下からの尊敬や忠誠心が高まり続けているため、それがさらに強化されていることもあって、致命傷を食らっても次の瞬間には全快する様な状態なので、胃痛とは言っても幻肢痛に近いものであるのだが……。
大商人とは言え、相手から見れば高い爵位を持つ救国の英雄であり、女神の信任も厚い存在である首領は遥か雲の上の存在と言えるのだが、根が小市民な首領視点では相手の方が遥かに上という感覚で「なんで私がそんな偉そうでやり手な人物と会わなくちゃいけないんでしょう?」とぼやくことしきりである。
半分聞き流しているため、副長はさほど気にせずに済んでいるが、きちんと首領の相手をしていたら、いい加減キレていたところであろう。
「ランバート様がお着きになりました」と首領を呼びに来たスマホカーフの声に、少しほっとしてしまった副長であった。
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この国だけでなく、他の国の王宮やら大神殿やらに出入りしたこともあるランバートであっても、この大魔城と隣接する大神殿には度肝を抜かれた。
巨大なだけでなく、荘厳で精緻、数十年かけて国家の総力を傾けてやっと作れるかどうか、といった建物が言っては悪いが周辺にろくに住人も居ない辺境に建てられているのだ。
素晴らしさに感嘆する一方で、「トンデモない無駄だな」と彼の商人の部分が冷静に判断を下している。
日本人に分かりやすく言えば、国道どころか県道も走っていない、農道しかない土地に巨大シネコンやテーマパークが建てられているのを目にした様なもの「確かに凄いけど、ここに建ててどうするの?」と思って当然である。
むしろ彼以外がこうした感想を抱いていないことが非常識な事態と言える。
建物の巨大さに比べ、中の人間が極端に少ない。
下働きの人間がほとんど居ないのではないだろうか?
本来なら人に指示を出すべき立場の人間が、人の少なさ故にそうした雑務にも手を出さざるを得なくなっているようだ。
執事によって応接室で茶をもてなされつつも、ランバートの思索は止まらない。
場内の廊下でも異質なもの尽くしであった。
巨大な城内のあちこちに、その半分でもひと財産になる様な巨大で曇りの無い一枚鏡が壁材とされ、外よりも明るいのでは無いかと思われる照明が隈なく屋内を照らし、佇むだけで現実感が乏しくなってくる。
この室内にもいくつか鏡が置かれている。
密かな自慢であった自邸の書斎がみすぼらしく感じるほどだ。
鏡……ランバートは内心こっそりとため息をつく。
若い頃は牡獅子と異名を取っていたランバート。
その異名の名残は赤金色の口髭に残って居るものの、一見して獅子の印象を与えていた頭髪は今では見る影もない。
残された髪は短く刈り込み、未練たらしい誤魔化しはしていないランバートであっても、今の外見を残酷に斟酌なく写し出す鏡は苦手なものとなってしまっている。
商売敵や結果として損を押し付ける形になった者の恨み言や、成功者へのやっかみで口にされる「禿獅子」と言う蔑称に地味に傷ついているランバートである。
「お待たせして申し訳ありません」
秘書らしき女性を伴い現れた偉丈夫にそうした内面を全く見せることなく挨拶を返せたのは経験の賜物であろう。
これが生ける伝説の「首領」。
相手の柔らかい物腰に却って気を引き締めるランバート。
ポーズとしての粗暴、野蛮さを活用する狡猾なタイプも厄介だが、紳士的で物分かりが良いタイプの方が取引相手としては遥かに恐ろしい。
いつの間にか周囲がすべて相手の味方になっていたり、抗い様の無い網で絡めとってきたりするのだ。
気付いた時には手遅れ、初対面時に適切な判断を下せなければその時点で負けが確定する。
禿獅子と揶揄されようが獅子は獅子。
穏やかな表情のまま、獅子は内心の牙を剥いた。
そんなランバートを前にしても首領は首領。
「なんかおっかない感じの人ですねぇ、社長の友達の証券会社の専務に似てます」と、自分の過去の経験と対比してなんとか相手を判断しようとしていた。
ちなみに首領に怖がられているその専務、首領のことをかなり気に入っていて、社長と顔を合わせる度に、首領の居ないところで「アイツをウチに寄越せ」と冗談半分(つまり半分は本気)で言っている。
若い頃はトレーダーで荒稼ぎをしていた人物で、子供に小学校の作文で「ウチのお父さんはなんだか分からないことをやって大金を荒稼ぎしています」と書かれてしまって、「こりゃ不味い」と有名大手証券に中途で入社したため専務止まりだが、対外的には社長より顔が効く。
まあ、現代日本でも居るところにはおっかない人(「世が世なら武将になって城持ちだな」とか「これで一人も人殺してないなんて嘘だろ」とか)が居るものである。
得意先回りの営業で何故かそういったタイプの相手企業の重役に好かれてしまう首領は、比較的そうした相手に対して耐性を持っているのだ。
ある程度は型通りの挨拶を済ませて、友好を深めるという趣旨の雑談。
ランバートの話の端々に「やっぱこの人おっかない人ですね」と感じつつも、そのポーカーフェイスと物腰で穏やかにスルーする首領。
同席するスマホカーフが「さすが首領様です」と目をキラキラさせているにも気付かない、かなり切羽詰まった内心ではあるものの、どうにかこうにか相槌を打ちつつ、自分も(主にこの世界に来てからの)苦労話を披露している。
概ね穏やかに終わろうとしていた会談ではあったが、聞き上手で多くの人の愚痴を聞き続けて来た首領が気付いてしまったのである、冗談めかしてはいたもの、ランバートのその自分の頭髪に関する悲しみを……。
根が善良な首領である。
しかも、今の自分なら割と容易く解決出来てしまう内容だ。
だから、言ってしまったのである「なんとかしましょうか?」と。
そして……。
「流石、首領様! いやはや、久々に心から笑いましたぞ! この髪に風を受ける心地良さ! 何十年ぶりでしょう!」
そう言いながら赤金色の鬣の様な長髪をなびかせるランバート。
「ここに新たな本店を作りましょう! 建設予定地やその費用などに関してはまた改めて後日に!」
こうしてランバートの頭髪の悩みを解決してしまった首領は、彼からの絶大な信頼と尊敬を獲得してしまったのである。
その足で隣接する大神殿に足を運び多大な寄付を行ったランバートにより、女神が上機嫌になって首領への無茶ぶりがしばらく減ったことが、首領にとってのわずかな救いであった。
ついにバランの魔の手が経済へ
着々と広がる支配の輪
もはや抗う者はいないのか!?