統治、そして支配へ……
地味な部分です、ちと真面目モード
国王から直々に様々な褒賞を押し付けられた首領・兼・侯爵。
女神によって名前を「首領」とされてしまているため、王国での正式名称は「グラン山稜およびノース・エルデン侯・首領」という訳の分からないことになっている。
さて、様々な褒賞の内、領地も確かに厄介だが、もっと厄介なものに「権利」がある。
例えば領地にしても、その領地における徴税権などが国から保障されて無ければ、単なる大地主である。
現代の日本人の大多数が意識していないか、意図的に考えない様にしていることだが、「権利」と「義務」はセットである。
義務を果たさない者は権利を受ける資格が存在しないのだ。
領地貴族の場合だと、領地の治安維持、農地・道路などの開発・整備・維持、また、国家の要請に応えた物資・人員などの供給が貴族としての権利に付随する「義務」となる。場合によっては産業振興や災害対策・対応なども加わってくる。
そうした首領が受取った権利の中で一番厄介なのが、領内を流れる川の権利である。
まあ、幸いにして領内の部分では流れが速すぎて運送に使われていないのだが(水運は独立勢力の支配下にあることが多く、非常に厄介なのだ)、水関係の利権は大昔から大勢の命を奪って来たものだ。
現代でもベルリンの壁崩壊直後の東欧や、工業化の加速で水の使用が増えた中国などが下流域の国々から河川汚染などで恨みを買ったりしている。この手の恨みは普通に数百年単位で後を引くから厄介だ。
例えばの話、首領が戦闘員を大幅に増やすなどして領地の大規模開発を行い、それに伴って灌漑などで上流域での水の使用を増やすと、下流の領地に影響が出るなどということもある。
領民に頼まれたらやってしまいかねない首領を知るギズモ伯爵などは、そうした点を首領に口を酸っぱくして忠告しているが、肝心の首領が日本人感覚のままなので、その辺りをうまく理解出来ていない。
ランスビートルの様に「貴族になった、スゲー!」では済まないのだ。
おとぎ話や漫画のゴールが実は地道で見返りの少ない苦労のスタート地点となっている。
「取り敢えずは、何か大きなことをする時は周りに相談することにしましょう」分からないなりにある程度は理解した首領はそう決めた。
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日本でも江戸時代の旗本の次男坊三男坊の悲哀はそこそこ知られているが、これは貴族でも似たようなもので、この国でも実質の無い自称・騎士や、自称・貴族はかなりの数に上る。
首領の様な新規の貴族の誕生は、そうした人間にとっては一生に一度レベルの大チャンスなのだ。
という訳でそうした貴族未満の子弟、また婚姻などで取り込もうと図る貴族、腕に自信の冒険者、今の領地、町では芽が出る望みの無い若者、玉の輿を夢見る若い女性などが、それだけで街を作れるほどの数で集まって、ろくに身動きが取れない状況に首領は陥ってしまっている。
「貴族への断りの手紙を書ける人間を探す為に人材を雇う為に集まった人たちに対応する人を雇う為に……って何処から始めたらいいんでしょうね、本当?」
褒美の一環として与えられた王都の屋敷で首領はボヤいている。
押しかけそうな集団の内に入っている宗教関係者が来ないだけでも助かっているため、女神には感謝をしている。
たぶん、首領はこの世界に来てから一番心の底から女神に感謝しているのは間違いない。
これに加えてそうした人間まで来ていたら、流石に温厚な首領でも限界だったろう。
昼はソードウルフとランスビートルが、夜はペットのドラゴンが人々を追い払っているが、ただ追い返しているだけで何の解決にも繋がっていない。
貴族なども相手取るということで、ギズモ伯爵の忠告でソードウルフとランスビートルには騎士授爵を行っている。
これは身分を嵩にという点への対処であると同時に、相手への配慮を行っているという姿勢を示すものだ。
「ちゃんとした相手に対応されている」これが無いと引き下がるに引き下がれなくなってしまうのが貴族の厄介なところだ。
「こんなことならキャプテン・シャークと手下たちを連れてくれば良かったですかねえ」
少なくとも人手の数という面では助けとなったであろう。
頭脳面では全く期待出来ないが……。
グリモアマンティスは頭脳労働者ではあるが、興味と能力の方向性が全く異なっている。
「生きていくのには無くても問題無い知識に関しては王国でも私に並ぶ者はいないでしょう、うひゃひゃひゃひゃ……」と自ら宣言している通りなのだ。
実務面ではランスビートルと同等という、本当に爵位持ちなのか疑いたくなる存在だ。
途方に暮れた首領は「取り敢えず後で考えましょう」とこの事態に陥ってから何度目か分からない棚上げを行った。
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ギズモ伯爵に貴族の屋敷の厨房で長年働き、独立一歩手前の料理人を紹介してもらった首領。
影武者は常に留守番なので、こういう事態では料理が出来る人間が居ないのだ。
有名になる前であれば外食なども出来たであろうが、外にでるのもままならない現状ではそれも難しい。
掃除だの洗濯だのは自分たちで、魔改造で作った道具(掃除機や洗濯機モドキ)の力を借りてなんとかなるが、料理はそうもいかない。
このため料理人だけは早々に確保する必要があったのだ。
この王都の屋敷での本採用もあり得るということ(本拠地の料理は影武者の聖域だ)で、料理人も気合が入っている。
首領が提供する調味料や食材も料理に携わる者として「逆にお金を払うべきなのでは?」と悩んでしまうくらい魅力的だ。
家庭料理的な影武者の料理とはまた異なった美味しさの料理に、食事時は悩みを一時的に忘れるくらい首領は満足している。
結果お互いに満足がいく状況となっており、この調子で他の人材も紹介してもらえたら……などと首領が考えてしまうのも無理は無い。
食堂に向かった首領がそこで目にしたのは見慣れぬ存在だった。
サイズの合わないダボダボのドレスを着た小柄な女性が、凄い勢いで食事を取っている。
紫色の髪は自分で整えたのだろう、ちゃんと櫛は通っていてボサボサでは無いが、ところどころ変なところがある。
黄色い肌は、首領の目では血色などは分からないものの、ちょっとやせ過ぎている印象を受ける。
「彼女は?」突っ立っていたランスビートルに尋ねると「拾った」との答え。
詳しく尋ねると門で押し合いへし合いしている集団の中で、押し流されて門の近くにたどり着いた挙句、意識を無くしてぶっ倒れてしまったらしい。
運ぶ最中に盛大に腹の音がなったため、食堂に連れてくると食べ物の匂いに目を覚まして、その後はご覧の有様なのだとか。
まあ、見て分かることしか分からなかったため、首領は彼女に直接話しかけることにした。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてください……」
止める暇も無い勢いで謝りだしたため、首領は呆然としてしまった。
話になりそうないので食べ続けてもいいと言うと、今度はニコニコと本当に幸せそうに食事を続ける。
日本でもこちらでも自分の周りに居なかったタイプの人間である。
首領としてはどう接していいか分からない。
かといってランスビートルに「捨ててきなさい!」と言う訳にもいかない。
「ホント、どうしましょうかねぇ」と途方に暮れる首領であった。
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食事を取り、なんとか落ち着いた女性は、ようやく会話可能になった。
シャリアというその女性は、まあ、明らかにサイズの合わないドレスを着ていたことからも推察される様に没落貴族の子女であった。
色々と下請け的な内職をこなしてお金を稼いで来たこれまでの暮らしから何かスイッチが入るととことん卑屈になってしまうが、それ以外の時は基本的に楽天的な性格をしている。
お家再興が代々の悲願で、何がきっかけになるか分からないと貴族関連の様々な実務を、父母、祖父母から叩き込まれて育って来たのだという。
「せめて裁縫が出来れば、この服も少しは手直しが出来たのですけど……」
と恥ずかしそうに言う様に、実務の知識およびその処理に関する勉強と、それを生かしたアルバイトで手一杯で、家事や趣味的な事柄は壊滅的なのだそうだ。
その多岐に亘る実務知識と処理能力だけであっても、常人には学習の前段階で取得を諦めさせるレベルなのだ、お家再興だけ見て、ある意味現実を見ていない家族に囲まれて育っていなければ、彼女であっても不可能であったろう。
その上に更に……などと言うのは贅沢を通り越して無謀だ。
話を聞いて、またギズモ伯爵同席の元で能力を確認して、首領はそう結論付けた。
「この状況でこれ以上望めない人材ですな、首領様の下で働くというので無ければ私の所で雇いたいくらいです」ギズモ伯爵のお墨付きで「では、早速」と溜まりに溜まった貴族からの手紙への返信に取り掛かり、日本製の文房具に「なんですか、これは!」と感動しつつもバリバリと仕事をこなしはじめたシャリアであったが、能力と意欲には全く問題が無いものの、致命的なまでにスタミナが無かった。
意欲はあるのに動けないことに悔し涙を流しながら、電池が切れる様に寝てしまう。
「すげえなぁ、この人」ランスビートルにしてみれば自分には全く分からないことをバリバリとこなすことに対する感想なのだろうが、「及ばないこと」に悔し涙を流せるという若さに羨望を感じたりもする首領である。
「私も頑張らなくてはいけませんね!」
決意を新たにした直後の女神からの連絡、そして無茶振りに、がっくりと肩を落とす首領であった。
新たな人材を加え一層充実していくバラン