王都陥落
ついに国の中枢へと延びるバランの魔の手!
「はぁ……いったい、何と戦えって言うんでしょうか?」
モンスターの様な、戦車の様な元「馬車」を見ながら首領はため息を吐いた。
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魔王騒動という名のノーク村にとっては食肉、ペット祭りのボーナスステージ、首領にとっては久々に新入社員時代のデスマーチを思い出させる果てないルーチン作業を終えて、首領としては久々ののんびりモード。
秘密基地でランスビートルやソードウルフとメタルヒーローの活躍をDVDで見たり、料理の腕がすっかりと上がった影武者用に通販で調理器具のセットを大枚はたいて買ったり、同時に通販で取り寄せたお取り寄せの北海道海産物セットで影武者が腕を揮ってご馳走を作ったり、呼びもしないのに女神が来て、その大半を食らいつくしたり、といった日常を過ごしていた。
「はあ、王様の呼び出しですか? 断るわけにはいかないんですよね?」
首領としては女神の指示によるいつものお仕事であったのだが、この国にしてみれば国家存亡の危機を救った英雄である。
ちなみにノーク村に関してもその功績を称えて「永代租税免除」という権利が下賜されている。
村長ことグラディウスルースターにも名誉男爵の爵位が与えられ、更には報奨金も出たのだが「村の人間以外誰も使えねえよ!」といった重さも大きさも化け物じみた「グレート家宝の剣」をこれまた村長が勝手に買ってしまい三日ほど逆さ吊りにされていた。
「はあ、良かったですねぇ」と他人事の様に聞いていた首領だが、自覚は全く無いものの最大の功労者である首領を国としても放置は出来ない。
色々な話し合いやら準備やらで時間はかかったものの、なんとか支度と対応案を整えたところでギズモ子爵経由での呼び出し。
この世界で一番偉い女神と日常的に接していることも忘れて「偉い人とか面倒そうですよねぇ」などと考えている首領。
たまたまエミリアの所に遊びに来ていて、その呼び出しの連絡役をかって出たサラは冷蔵庫に入っていた日本製のスイーツをパクついている。
早馬を使ったところでサラの速さには敵わない。
ギズモ子爵の取れる連絡法でこれに匹敵する速度と言えば、エミリアが自ら来る以外は無い。
サラの快諾を得られて一番ほっとしたのはギズモ子爵だろう。
なんせ、上のまた上、この国のトップからの直接の指示である。
自分のところでグズグズしているわけにはいかないのだ。
「お兄ちゃん、こんな美味しいものいつも食べたなんてズルい! 私も時々遊びに来てもいいですよね、首領様!」
影武者の入れてくれた緑茶を飲みながら「見ているだけで胸焼けしそうですねぇ」と今度は和菓子を目をキラキラさせながら食べているサラに頷くことしか出来ない首領であった。
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「首領様! 旅なら俺たちに任せてくだせい!」と張り切るキャプテン・シャークに「いやいや派手すぎるでしょ」と思いつつも、断った時の萎れっぷりが容易に想像出来て、ただただ頷くしかない首領はソードウルフとランスビートルと共に空中戦艦ナガトに乗り込み、ギズモ子爵の館へと向かうこととなった。
見送るのはいつもの通り影武者と「いっへらっしゃーい」と居座る気満々のサラ。
メイドインジャパンのスイーツ、お菓子の魅力に魅了されきってしまっている。
「帰ってきたら滞在用の部屋を作らされるかもしれませんねぇ」と肩を落とす首領であった。
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そうして到着したギズモ子爵の館。
普通ならドン引きの空中戦艦乗りつけにも「さすが首領様!」と熱烈歓迎である。
ただ、まあ、王都、そして王城に同じ様に空中戦艦を乗りつける訳にはいかない。
そこで引っ張り出されて来たのが貴族用の馬車。
金策などで門前払いを食らう訳にはいかないため、これに関してはそれなりの程度が維持されていたのだが、引く馬と言えば、流石に名馬などを所有することも出来ず、定年延長再雇用といった感じの年老いた馬であった。
「なんか引かせるのが可愛そうになっちゃいますよねぇ」と首領が「魔改造」と言ってしまった結果がこの有様。
「ファイ○ルベントみたいですよねぇ」変形していく過程を見て首領が思わずつぶやいてしまった、馬と馬車が一体化して継ぎ目がどこにあるのかも分からない漆黒のその乗り物。
おそらくは馬であろう部分は甲冑に覆われたというか、甲虫の様な外骨格というか、馬に似ていると言えないことも無いフォルムをしているが、その頭部と言えば槍の穂先というか、巨大なナイフというか、兎にも角にも物騒な形状に変化している。
静止していても危険さが目で分かる。
頭突きでその辺の大型モンスターなら、ケーキにナイフを入れるより簡単に真っ二つに出来そうである。
馬車部分はというと「どこから乗ればいいんでしょう」という首領の言葉に応じて、境目など全く見えなかった状態から上下に扉が開き、下側はステップとなって乗り込みやすくなっている。
内装はクリムゾンとカーマインとガンメタルブラックとゴールド。
それなりに上位貴族との付き合いもあるギズモ子爵ですら気後れを感じるほどの豪華なつくりだ。
エミリアは「まあ、流石、首領様、私にぴったりですわ」となんのためらいも無く乗り込んではシートのクッションに感嘆しているが……。
ランスビートルは大喜び、ソードウルフも目をキラキラさせており、首領の株が大幅に上がり、忠誠度も鰻上りになったことを首領はその上昇した自分の能力で感じる。
「馬がちょっと可哀相だと思っただけなんですが、なんでこんなになっちゃったんでしょう?」と乗車を促されながらも割り切れなさを感じる首領であった。
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そうして辿り着いた王都。
道中、「魔物と間違われるのでは」と首領などは危惧していたのだが、村の人々、道中の旅人、そして騎士や兵士たち、一様にキラキラとした憧れの目で魔改造馬車を見送っていた。
子どもなどは走って後についてきたくらいである。
ルーフ部分を展開して身を乗り出してはエミリアやランスビートルなどはそうした人々に手を振っていた。
ギズモ子爵なども最初こそ気後れしていたものの「おお、揺れも少なく快適ですなぁ、もっとスピードは出ませんか?」とノリノリで、同調するエミリアやランスビートルの後押しもあって、人が周囲に居ない場所ではこの世界の陸上走行ではあり得ない速度を出す羽目になった。
ランスビートルはともかく、この世界の人間であるはずのギズモ子爵やエミリアのこの適応性の高さはなんなのだろうか、と首領が首を傾げている内の到着。
「そのままで」との言葉に、そのまま魔改造馬車で王城へ。
道には兵士が列を無し、物見高い人々も沿道や周辺の建物から手を振ったり、感嘆の声をあげたりしている。
まるで国賓のパレードである。
先導する近衛の馬には礼装の近衛騎士。
前後にも騎士の馬を引き連れ、自分が偉くなったと勘違いしてしまいそうなほどの歓迎ぶり。
小心者の首領は「この服のまんまでいいんでしょうか、でも私は着替えとか出来ませんよねぇ」と王との謁見に頭がいっぱいである。
「パーティーとかあるのかな、どんな食い物出るのかな!?」とエミリアにワクワクしながら話しかけているランスビートルの方がよっぽど大物であった。
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王との謁見は無事に済ませたものの、その中身は全くと言っていいほど記憶に残っていない首領。
与えられた客室でギズモ「伯爵」の説明を受けている。
首領との縁を築き、その助力を勝ち取ったとして爵位が上がったのである。また、エミリアが多大な戦果を挙げたことも影響している。
なんせこの国の貴族では現在二人と居ないドラゴンスレイヤーなのだ、エミリアは。
しかも、首領と女神のペットになった二頭が規格外過ぎて、他のドラゴンは雑魚といった感じになってしまっているが、エミリアが数十頭単位(ナガトが数千頭単位)で倒したことは、はっきり言って神話レベルまで遡らないと無いことである。
単体戦力としてのレベルを通り越して、戦略兵器レベルなのだ。
本人も親であるギズモ子爵もその辺が更に規格外である首領を見ていて麻痺しているが、年頃の王子、王族が居たら何を差し出しても、どんな条件を飲んでも取り込みたい存在がエミリアである(エミリアが聞けば物凄く反発して逆効果だろうが)。
今回の措置も最終措置ではなく様子見とご機嫌伺いと言った意味合いが強い。
当人たちの意識は木端貴族であるのに、国から見れば最終兵器なのだ。
そのエミリア以上に敵に回したくないどころか敵に回す可能性を考えるだけで、全てを放り投げてしまいたくなるのが首領。
必死に集めた情報で女神に何か関係しているらしい、ということで酷いことや暴虐なことはしてこないだろうという多少の安心感は得ているものの、エミリアの治療やらノーク村のことやらで何かを要求することも無く、言っては悪いが「人のいいおっさん」の感覚で動く首領は権力構造としては非常にやりにくい相手なのだ。
「相手は別に欲しがらないんだろうなぁ」と分かっていても、国としては名誉や褒賞を与えなくてはならない。
面子でもあるし、はたまた他の者と兼ね合いでもあるし、功績には賞を以て報いるという姿勢を見せることで、有事の国民や兵士の奮起や忍耐を得ることが出来るということもある。
結果、爵位:侯爵、領地:現在首領の秘密基地がある山岳地方一帯、報奨金:金貨八千枚、他にも色々な品物、権利が与えられ、その明細だけで首領が「なんです、この百科事典?」と思ってしまうほどの分量となった。
最初は実感の湧かなかった首領もギズモ伯爵の説明を聞いて「なんか、とてつもなく、とんでもないことになっちゃってませんか?」と内心顔を青ざめさせていたのだが、周囲が「さすが首領様!」「首領ってやっぱスゲーんだな!」「王も首領様の偉大さを理解しているのですね!」と喜ぶので愚痴もため息もこぼせない。
なので翌日、恐る恐るの「お願い」に救われた気分になって張り切って魔改造してしまったのだ、王室専用の馬車を。
白馬と白地に金の縁の馬車は、首領の気合でユニコーンの様な角を持ち金色に輝く炎の鬣を持ったこれまた白い甲冑化馬と一体化した、優美な曲線を持つ魔改造馬車となった。
こっそりと陰で見ていた王自らが首領の手を取り、感謝の念を伝えたのは言うまでも無い。
幼いころ、神話や英雄譚で夢見たもの、それを超えたものが目の前にあるのだ。
王様だって人の子、ここまで格好いいものを手に入れて礼儀だの権威だのと言ってはいられない。
「さすがは首領様!」
一国の王に様付けされてしまい、途方に暮れる首領であった。
国王さえひれ伏すバラン首領のカリスマ、次なるバランの標的は!?




