異世界への赴任
女やもめに花が咲き、男やもめに蛆が湧くという。
蛆は湧いてはいないものの、Gが時々湧く部屋の中、一心不乱に荷造りをする男の姿があった。
「この際、古い服は捨ててしまいましょう。お腹回りも少し厳しくなってきたことですし。でもってネットは繋がるという話ですからノートパソコンは持っていって、ゲームは外付けハードディスクに入れて、ディスク認証を外すバッチを当てておきましょうか・・・でもって、本とCDは全部売っぱらってしまって・・・指定ゴミ袋足りますかね?」
別に夜逃げをしようという訳ではない、得意先周りのルーチン的営業をしていたはずの彼に何故か白羽の矢が立って、国外でのかなり重要な仕事を任される事になり、必然的にこれまでの住居から引っ越さねばならないため、その荷造りに追われていたのだ。
既に持っていくものと捨ててしまうもの以外は実家の方に頭を下げて送ってある。
慌しい中で泊りがけの行程になってしまうので直接は行く事は出来なかったが、新し物好きな両親がネットでの映像通話を導入している為、パソコンのカメラの前で頭を下げる事となった。
「言葉とか勉強しなくて平気なんですかね? 英語すら怪しいんですけどねぇ、私は。」
もう間もなく海外に行くというのに、その国がどこにあり、どんな人たちが居て、どんな仕事をさせようとしているのかすら良く分かっていないのである。
相手先への出向という形になるという事と、直接の上司的役割を果たす現地の人には言葉が通じるという事のみ知らされ、「細かい事は向こうで聞いてくれ」と言われるばかり。
ただ、今後のかなりの上得意となる相手らしく「相手の要望には出来るだけ従うように」と何度も念を押されている。
これで先行きに不安を感じないとなれば、頭の方が少し残念な人という事になるが、そうではない彼はやはり不安であった。
「これって体のいい奴隷献上と変わらないんじゃないですかねぇ・・・。かといって、転職先を探そうと言っても今の時代では・・・・・・あ、こんなトコにあったんですか8巻、途中だけ抜けてるんで最近読んでませんでしたよねぇ・・・。」
こうして荷造り途中で漫画を読み始めてしまうのも一種の逃避だ。
「ああ、いけない、読みふけってしまいました。・・・服よし、日用品よし、パソコン周りよし、そして・・・これは忘れてはいけません。」
そういって彼がまとめたものは様々なサイズののDVDボックス。
銀色や赤などの原色やメタリック系が目立つ写真が印刷されている。
「たとえあちらで辛い事があろうとも、ヒーローたちを見て頑張るのです。」
オタと呼ばれれば全力で否定するだろうが、彼は特撮マニアであった。
本人にしてみれば、子供時代に見たものをそのまま好きで居続けただけだと、マニア呼ばわりですら心外な思いを抱くであろうが、マニアックな趣味を持たない第三者から見れば立派なオタクそのものである。
子供時代、プロ野球好きな兄とのチャンネル争いに負ける事が多かった彼は、社会人になるとその恨みを晴らすかの様に当時の特撮作品へ金を注ぎ込み続けた。
LD、そしてDVD。
ビデオテープでしか入手出来なかったものは自らエンコードしてパソコンに動画を保存している。
軽いマニアならまずやらないレベルである。
というか、女性に話したらひかれる事間違いない。
さて、こんな彼でも結婚していた事がある。
薬指の指輪の痕跡はとっくの昔に消えてしまったが・・・。
「彼女にも一言知らせておくべきですかね?」
別に特撮オタっぷりに愛想をつかされた訳ではない。
相手も彼以上に「濃い」アニメオタだったのだから・・・。
結婚後も仕事をそのま続けていた相手側が仕事で頑張った結果が評価されて地方転勤になり、お互いあまり電話が好きでなかった事から電話で話をするのも数週間に一度、年に顔を合わせるのも数回という状態になり、「これって結婚してる意味ないよね」となっての離婚である。
今でも年賀状のやり取りは普通に行っているし、ネガティブな感情がもつれたりしたわけでも無い、結婚した時と同じ様な淡々とした離婚であった。
「メールだとスパムごと消される危険がありますよねぇ・・・前科がありますし。手紙もDMごと捨てられる可能性がありますし、あまり気が進みませんが電話するしかないか・・・。」
まるで夏休み中の登校日だという事に当日の朝に気がついた小学生の様な、心底気乗りのしない態度で携帯に登録した相手に電話をかける。
その表情は相手が通話中、もしくは出ないでくれる事を期待しているかのようであったが、あっさりと相手は電話に出た。
「アッちゃんじゃん、久しぶり~、なんかあった? 再婚でもするとか?」
「私みたいなのと結婚したがる物好きなんて、世界に一人いれば十分です。」
「なになに、それじゃ私がとんでもない物好きみたいじゃない。」
「いや、なんか随分ご機嫌ですね。」
「今期は豊作でねぇ、久々に録り貯めたのをお酒飲みながら見てるトコ~。」
頼みもしないのにアニメの解説と評価を始める電話相手に時々相槌を打ちながら、彼は律儀に話を聞く。
こうした事を嫌がらずに行える点が彼女に気に入られて結婚まで至った理由なのだから、一概に損な性格とは言えないだろう。
「・・・てな感じね。で、何か用事あったんでしょ?」
「はい、今度、仕事で海外へ出向という形で行く事になりまして。」
「へえ、もしかして出世じゃないの?」
「そうですかねぇ、なんか体のいい人身御供って感じなんですが。」
「そうネガティブに取るのは良くないよぉ、相手側に対して悪い先入観抱くきっかけになるし・・・。」
「なるほど、流石は恵美さんです、いい事言いますね。」
「でしょ、今、自分でも『私いい事言った』って思ったもん。」
「まあ、そんな事態ですので、一言ご報告を差し上げた方がいいかな、と思いまして。」
「そっか、何年くらい行ってる事になりそう?」
「何をするのかすら良く分かってないので、どれくらいかかるかも分からないのですよねぇ。」
「そうなんだ。まあ、頑張って現地妻でも見つけたまえ!」
「現地妻って(苦笑)そんな甲斐性ないって知ってる癖に。」
「で、なんて国? アメリカとかヨーロッパとか、行けそうなトコなら夏休みとかにでも遊びに行くし。ただし内戦状態の国とかは勘弁な(笑)。」
「エルトネシアっていうトコらしいんですが、今まで一度も聞いた事無いんですよねぇ。」
「それ、どこよ? なんかアニメやラノベで出て来そうな名前ね。で、メールとかは出来そうなの?」
「あ、それは大丈夫みたいです。業務報告もメールでいいって事になってますし。」
「そうなんだ、なら、この間オンゲ登録用に作った捨てアド、スパムとか来ないんでそれ教えてあげるから愚痴とか言いたくなったらそこに送って来なさい、たまに運営関係のメールが来るからチェックはしてるし・・・。そこまでマイナーな国じゃ、周りに日本人とかも居ないだろうしね。」
「ありがとうございます。まあ、たまには日本に帰ってくる機会もあると思いますし、その時にはあらためて連絡を入れさせてもらいます。」
「ちゃんと無事に帰ってくるのよ。『あの約束』は有効なんだからね。」
「はい、それでは、また・・・。」
「ん、またねぇ!」
◆
◆
会話中はそれなりに(彼なりには)くだけていたのだが、やはり苦手な電話という事もあり、通話音が切れるとどっと疲れが出た顔をしている。
「『あの約束』ですか・・・。」
二人の離婚時に彼女側から提案されたたったひとつの約束。
それは「二人が定年後、お互いに独身だったら、どっかの田舎にでも家を買って二人でのんびり暮らしましょう。」というもの。
特撮ヒーローと並ぶ、彼の未来へのエネルギーになっている力の元でもある。
実際に電話で話し始めてしまえばそれなりに楽しく会話出来るのに、何故、こうまで電話をするのが苦手なのかは彼自身にも謎だ。
そもそもが気軽に電話が出来る人間であったら、離婚もしなかったかもしれない。
ため息一つついて気持ちを切り替えた彼は荷造りを続ける。
「あ、資源ごみは明日でした。今から出したままだと怒られますかねぇ?」
◆
◆
そして迎えた転勤の日。
旧部署で挨拶を済ませた彼は応接室で待っているという取引先の人間と会うため、社内の廊下を早足で歩いている。
大き目のスーツケースに背中に背負ったデイバッグ。
更には肩からノートパソコンの入ったショルダーバッグを提げ、スーツケースを引く手とは反対の手にもバッグを持っている。
正に一人民族大移動という有様である。
目的の部屋の前でスーツケースから手を放しノックをする。
室内からの応答に「影山です、失礼します」と声をかけて中に入る。
専務、部長と向かい合う形でソファに腰掛けていたのは、彼の予想していた外国のビジネスマンとはかけ離れた姿。
CMの専属契約でも結びに来たと言った方がしっくりくるプラチナブランドの美女であった。
なにせ本当に発光しているのではないかと疑いたくなるくらいのまばゆい美しさなのだ。
「こちらが今度わが社と提携してくださる女神様だ。」
一瞬、訳の分からない言葉が入っていた様な気もするが、彼は社会人として、会社に属する者として挨拶をする。
「こちらが担当の影山君です。こう見えてお得意様からの信頼も厚い、誠実な人間です。今回のプロジェクトも頑張ってくれるものと期待しています。」
専務が女性に彼を紹介する。
「はじめまして、エルトネシアで女神をやっております、ミシアと申します。影山さんにはこれから色々と頑張ってもらわなくてはいけません。期待しています。」
そう言ってにっこりと微笑むが、その微笑には温かみも、かといって冷笑的な冷たさも無く、まったく色も温度も付いていない。
「こんな笑顔初めて見た」と彼は雰囲気に飲み込まれつつも、どこか冷静に頭の片隅で観察をしている。
ようやく少し落ち着いた彼は室内のある意味異様な有様にその時になって初めて気付く。
ミシアと名乗る女性の座っている側。
相撲取り二人が並んで座っても余裕のある、かなり大きなサイズのソファの上には、大小様々な袋が並んでいる。
デパート、家電量販店、老舗の呉服屋、ブティック、宝飾店の紙袋からその辺の普通のスーパーのポリ袋まである。
「もしかして、これを運ぶのが今回の業務での私の初仕事なのでしょうか?」彼は内心冷や汗をリットル単位で流す。
「じゃあ行きましょうか。影山さん、もう少しこちら側に来ていただけるかしら?」
疑問系を装ってはいるが命令に慣れた者の当然のごとく発せられる言葉に、彼は何も考える事が出来ないまま素直に従う。
我に返った彼が見たもの視界を覆いつくす光る霧と、その向こう側で十字を切る専務の姿であった。
◆
◆
なにやら喜んでいる様な嬌声を夢うつつに聞きながら、ゆっくりと意識が浮上してくるにつれ、自分がゴツゴツとした岩の様なものの上に横たわっている事を認識し、彼は意識して目を開け腕をついて体を起こす。
「あ、おはよう影山さん。起きるまでちょっと時間掛かりそうだったし、勝手に見させてもらってたわ、暇潰しに。後でちょっとコピーとっちゃうから貸しといてね。それにしても人間の体のままで世界を渡る負担って大きいのねぇ。失敗しちゃったかと思ったわ。」
「洞窟・・・?」
本来、たとえ入り口に近かったとしても薄暗い筈の洞窟は、指向性の無い全体に空間が発しているのではないかといった感じの、適度な明るさに包まれており、先ほど応接室で出会った女性が彼から少し離れた所で彼の携帯DVDプレイヤーで特撮番組を見ている。
「そう、ここが貴方のこれからの拠点ね。じゃ、目も覚めた事だし、チュートリアル第一弾といきましょうか?」
DVDの再生を止めると手を胸の前で叩いて女性が彼に話しかける。
その仕草に「たゆん」と揺れる胸を思わず見つめてしまうのは・・・彼も男性なので仕方が無い。
「チュートリアルですか?」
「そう。意識失ってる間、DVD見させて貰ってね、これからやってもらう事にちょうどいいや、と思って貴方に力を与えておいたのよね。その使い方の説明を実践こみでやっちゃおうというわけ。別に私が力使って作るのが面倒くさいってわけじゃないのよ?」
本心がバレバレの台詞に「この人、本当に大丈夫かな?」と不安になっている影山。
その実、言っている内容の摩訶不思議さをスルーしているのは、冷静に見えてもかなりパニック状態なのだろう。
なにせ応接室から気がついたら洞窟なのである。
しかも起きたら自分のDVDを勝手に見られている状態。
これで冷静なら逆にどこか精神に問題があるだろう。
「影山さんにはこれから首領になってもらいます。」
「すみません、話が分からないのですが?」
「悪の秘密結社の首領になって、まあ、別に悪事はしなくてもいけど・・・要は色々出来そうな力を上げたから、好き勝手やっちゃって!」
「いや、余計分からなくなったんですが?」
「まったくねぇ、なにが『いい世界だけど有り勝ち過ぎない? 個性が無いわよねぇ』よ! 個性とカオスの区別も付いてないおつむに羽の付いた三流女神の癖に! しかも創造神じゃなく菅理神に過ぎない癖して生意気過ぎるのよ!」
唐突に思い出して、なにやら憤り始める女性に外見には出さないもののかなり慌てる影山。
「・・・こほん。まず、この世界について説明するわね。この世界がエルトネシア、住人は人間と動物とモンスターだけで、エルフとかドワーフとか獣人とかはいないわ。あと魔族なんかもいないわね。モンスターが居るだけで、それ以外は貴方の世界と同じ。ただ違うのは、この世界には魔法があるって事。」
「いわゆるファンタジー世界って奴なんだろうか」と影山はかつての連れ合いに叩き込まれたアニメ知識を元に考える。
アニメ、ラノベオタなら魔法のある世界という話に狂喜するか、あるいはエルフや猫耳、犬耳が居ない事に落胆するかする状況であったが、あいにくとその辺に疎い彼にとっては「よくわかりませんねぇ」という話になる。
「そのせいも有って科学技術は発達していないわ。貴方たちの世界だと中世ヨーロッパくらいかしら? そのレベルのまんま戦争したり、国作ったり滅んだりしてるわ。基本的に私はあんまり関与していないのだけれど、そういった感じで停滞した状況になってるからね、ちょっとしたテコ入れをしようとそちらの世界の人に手を借りようと思ったわけよ。」
「剣と魔法の世界ですか、シュワちゃんが上半身裸で剣振り回してた映画の世界みたいなんでしょうか?」
「どっちかって言うとRPGとかのゲームに出てくる世界みたいな感じね、ただし魔王とか居ないけど。」
ゲームと聞いて、彼の脳裏にはかつて「ちょっとやっといて!」と元・妻にレベル上げの戦闘を延々とやらされた記憶が甦る。
ダンジョン内を延々と行ったり来たりしてひたすら戦っていたので、どういうストーリーなのか、どういう世界なのかは全く分からなかったのだけれど。
「私に戦えと? 単なるサラリーマンの仕事じゃありませんよねぇ?」
「別に自分で戦わなくていいわよ。首領が戦うのなんて最終回くらいでしょ? それもまともな戦いにならない方が多いし。」
「そうですね、首領が戦うというのは特撮の場合、少ないですね。個人の戦闘力は幹部以下というものが多いですし、本拠地破壊で戦闘無しに死亡というパターンになるケースもあります。」
自分の得意分野に話が進んで、やや饒舌になる影山。
直前の疑問がどこかにいってしまっている。
「貴方にあげた力は『改造する力』。人間に使えば怪人を作れるし、この洞窟とか建物とかに使えば基地が作れるわ。というわけで、今から秘密基地を作ってみましょう。・・・と、その前にその格好のままじゃ『らしく』ないわねぇ・・・えいっ!」
掛け声と共に光に包まれる影山。
「えっと、私は何をされたんでしょうか?」
「外見をそれっぽくしておいたわ。」
「え?」
「これから貴方はは影山さんじゃなく、首領ね。私もそう呼ぶから。」
「え? え?」
パタパタと自分の体を手で触る影山。
スーツを着ていた筈がひらひらした布切れをまとい、その下は何かゴツゴツとしている。
顔に手を当てる。
ヘルメットの様に硬い。
顎をカクカク動かすとそれに合わせて口も開いたり閉じたりする。
手を目の前にかざす。
昆虫の様な硬い甲殻で覆われている。
鞄からデジカメを取り出し、自分を撮ってみる。
そこに写っていたのは、骸骨と昆虫を合わせた様な頭部には更に角が生え、鎧を下に着ている様ないびつなシルエットの黒い布を纏った、如何にも「悪の首領です」といった外見の存在であった。
「なんなんですか、これは~!」
「なかなかいい出来でしょ? 私もけっこうデザインセンスあるわよねぇ。」
「ぬ、脱げませんよ?」
「だって、それが今の貴方の体だもん。」
「なんでこんな事が出来るんですか?」
「あら? 言わなかったかしら、私が女神だって。」
「女神って・・・本当に神様だったんですかぁ!?」
「ついでにこの世界の基礎知識や言語能力もプレゼントして、で自分の名前も首領としか名乗れないようにしておいたわ。」
「え、私は首領ですよ? ・・・って、え? なんでですか、私は首領・・・。」
ずーんと落ち込む影山改め首領。
エフェクトが発生して枯葉が風に舞う。
心なしか彼の周りだけ光が少ない様な気もする。
「この世界の知識・・・本当に剣と魔法の世界なんですねぇ・・・なんか凄く人がカラフルですけど。」
仕事熱心なのか、現実逃避なのか、脳内に付け足された知識を検索して呟く首領。
「あー、そちらの出身世界に比べるとそうかもしれないわね。髪と目と肌の色が多いものね。」
「髪や目だけならともかく、肌の色が赤とか青とか緑とかオレンジとか・・・。」
顔色で感情判断出来るまで時間がかかりそうだと、変な所で途方に暮れる首領。
「まあ、違和感あるかもしれないけれど、その辺はおいおい慣れてって頂戴。じゃ、本拠地の秘密基地の作成ね。改造したい対象を指差して、今回はこの洞窟ね、で『魔改造』って言って貰える?」
「えっと、入り口あたりでいいんですか? でもって『魔改造』? うわっ! なんか光りましたよ? これ、爆発とかしないですよね?」
「最低限、住む場所とあちらに連絡を取る必要があるんでしょ? その為の場所は作るように、後は好きにしていいわ。」
「どうすれば?」
「そんな格好で泣きそうな顔しないでよ、笑っちゃうじゃない。頭の中でイメージをしっかり持って、それを固定する感じで・・・そう、そんな感じ。」
「出来ました、出来ましたよ!」
「じゃ、中を見てみましょうか?」
「は、はい。」
「狭いわねぇ・・・。」
「す、すみません。」
「仕事場って、まんま向こうの会社みたいじゃない?」
有り勝ちなオフィスルーム。
事務用の椅子が肘掛付きなのが彼なりの贅沢だ。
「はい、やはり仕事とプライベートのけじめはしっかり付けないと。」
どこか誇らしげに胸を張る首領。
「で、こっちが住居・・・なんでワンルーム?」
あちらで彼が暮らしていた部屋とほぼ同じサイズである。
「あの、広い部屋は落ち着かないかなぁ・・・と。なんか電気とか水道は使えるんですねぇ・・・ファックスやインターネットはどうなんでしょう?」
訳の分からない力で出来たものなのに、何故かする新築の香りを嗅ぎながらあちこちといじってみる首領。
「その辺はつながるわよ、携帯も都内に居るのと同じに使えるはず。」
「おお、アンテナ三本立ってる!」
勤務先はそれなりに電波は入ったものの、得意先等では何度か通話が切れ掛かった経験のある首領は予想外に良い電波状況に驚く。
「・・・・・・あのねぇ、一応とは言え組織のトップやってもらおうと思ってるのよ? なんで、それがこんなショボい中身なの?」
頭痛をこらえる様な表情で眉間に寄った皺をほぐしながら女神が言う。
「いえ、悪の秘密結社の基地って大きくても必要なものが無くて暮らしづらそうだなぁ・・・と。」
外見はヒーローものに出てくる悪の首領そのままなのに、中の人のせいかちっとも偉そうに見えない、贔屓目で見ても中間管理職がいいところという態度で首領は答える。
「はあ・・・まあ、いいわ。組織拡大したら本拠地移してもっと立派なの作りなさいよ?」
「その組織なんですが、どんな組織を作ればいいんでしょう・・・というか仕事ってそもそも何をすればいいんですか?」
「(もっと遊び大好きなスチャラカ駄目社員の方が良かったかもね、なまじある程度仕事出来る人間って言っちゃったから・・・)怪人や戦闘員も普通の人間から改造出来るから、そうした人間を配下にして組織を作って頂戴。仕事は、そうね『世界征服』でも目指してくれればいいわ。」
「せ、世界征服って! それじゃ悪者みたいじゃないですかぁ!」
「別に嫌なら悪事はしなくてもいいわよ・・・この世界幼稚園無いから幼稚園バスの襲撃とか出来ないし・・・。それで目標が達成出来るのなら何をしたって好きにすればいいわ。この世界の人間が作った国だってあるし、あくまで目標よ、目標。」
「そうですか・・・努力目標という感じですね、頑張ります。」
光り輝く美しい女神と、対照的な黒い異形の首領は共に深いため息をついた。