8話
本編の第一章の八話目です。
では、どうぞ。
「聞いてくださいよ、ダイさん。ホントに兄さんたらっ」
ログアウト後、夕食の席で顔を合わせた時の綾ちゃんの第一声だ。その隣では、普段スルースキルを発動しているはずの坂下さんが、コクコクとうなづいている。
……おいおい、潤よ。今度はいったいなにをやらかした?
潤自身はドヤ顔でふんぞりかえっているところが、余計に俺の不安を煽る。
「おいおい。俺は自分のセンスの赴くままに、カッコよさを追求しただけだぜ」
潤の言葉に嫌な予感を強めつつ、とりあえず状況を聞いてみることにした。すると潤もまた厨二病を発症していたプレイヤーの一人だったらしい。それも処置なしレベルなほどの重篤な。
なんでも潤のアバターは――。
「ロングの天然パーマで銀髪な上、赤青オッドアイだなんて正気ですか? しかもアバターデコレーションにじゃらじゃらと山ほど銀のクロスを下げてるとか、すでにバカそのものだとしか思えません。あげくアバター名称がジェームスだなんて、いったいどこのアホですか。今日ほど兄さんと一緒にいて恥ずかしかった日はありませんでしたよ」
――なのだとか。
たしかに、それは俺でも一緒に歩きたくない。今日、中央広場で見た厨二病患者の中でも、間違いなく頭一つ抜けているレベルだ。
「それはお前のセンスがおかしいんだよ。どう見てもクールでビジュアル系なルックスの中に熱いパッションが込められた、センス抜群なアバターじゃねーか。まわりのプレイヤーたちも、俺のことを羨望のまなざしで見てたぞ」
いや、それは絶対に羨望のまなざしじゃないだろ。
「おかしいのは兄さんの頭ですっ。どうして周囲の人たちの向けてた視線の意味に気がつかないんですかっ? あれは動物園で飼われている珍獣に向けるのと同じ視線ですよっ!」
「つまり人気者だってことだろ? いったいなにが不満なんだよっ!」
……また、始まった。仲がよすぎだろ、この兄妹。俺、置いてきぼりだし。
「ダイさん」
生暖かい目で二人を見ていると、坂下さんから声をかけられた。いつのまにか坂下さんはスルースキルを発動して、兄妹の言い争いから逃れていたらしい。
「冷めてしまう前に食べ始めませんか? こうなると長いですから」
「……そうだな」
俺と坂下さんは口喧嘩に夢中な兄妹を眺めつつ、温かい夕食にありつくことにした。
その後。
水原家の兄妹も空腹には勝てなかったのか、口喧嘩はそれほど長くはかからずに終わった。
今は四人ともみんななごやかな雰囲気で食事を楽しんでいる。
「ダイさんの方は、今日どうでした?」
綾ちゃんが聞いてきた。
「俺の方はおおむね満足だな。ベーシックスキルも色々と練習できたし。それもこれも、誘ってくれた綾ちゃんたちのおかげだな」
それにマリーと、このゲーム初の対人戦を楽しめたし。実に有意義な一日だったと思う。
「いえいえ。こちらこそ色々助かってますから、それは気にしないでください。後、それで明日のことなんですけど、どうしますか? 明日も一人で練習されますか?」
「いや。できれば明日からはそっちに合流したいんだけど、いいかな? 今日一日でレベルもずいぶん離されてるだろうから、迷惑なら諦めるけど」
俺の頼みに、にっこりと微笑む綾ちゃん。
「そんなことないですよ。じゃあ明日は一緒に狩りにいきましょう。ただ、できればダイさんの代わりに別行動してほしい人がいますけど」
「それは誰のことだろうな、マイシスター?」
「さあ? 私の口からはなんとも」
潤がジト目で綾ちゃんを睨むが、綾ちゃんはそ知らぬ顔だ。
「そういや、ダイ」
「なんだ?」
「お前、レベルはいくつなんだ? 今日一日、全然敵と戦わなかったわけじゃねーんだろ?」
「ああ、ちょくちょくは戦っていたな。たしかレベルは六、だったはずだ」
「は?」
「へ?」
「ろ、ろ、六ぅ!?」
自分のレベルを言うと、なぜか三人とも驚いている。そんなにおかしいレベルなのか?
「私たち、一日中キャンベル近くの平原で狩りをしてましたけど、かろうじて三になれたって感じですよ!? プレイヤー全体の平均は二だって、さっきプレイ結果速報が出てましたし」
「そうですよ。六なんてレベル、ゲーム開始早々に北のドニーの街か、南のボルンの街に向かった上位組並のレベルですよ?」
いや……そんなこと言われても。
「ベーシックスキルやコンボの練習しながら、普通にモグラ狩りしてただけだし」
「モグラ? なんだそりゃ?」
「岩モグラって名前のモブ。結構硬い」
「へぇ。そんなのもいるんだ。じゃあそいつが結構な経験値を持ってるってことか。いい狩場を見つけたんだな」
のんきな感想を漏らしている潤。だが女の子二人は、なぜか呆然としている。
「……岩モグラって、ドニーの街に向う途中にある岩場で出現するモブですよね?」
「知ってるの?」
「ええ。クローズドβテストのプレイ結果のなかでは、初心者殺しとして有名でしたから。痛い硬い速いの三拍子そろった、嫌な敵として。上位組もあそこの岩場はスルーらしいですし」
……あのモグラは、中々に大層ないわれを持つモグラだったらしい。
「たしかに硬いし、そこそこ速くはあったけどさ。でも攻撃は直線的で避けやすいし、攻撃後の隙も大きいから結構楽勝だったけど?」
唖然としている女の子二人。
「どんだけ威力が高くても、食らわなきゃどーってことないし」
実際、俺はモグラから一回もダメージをもらっていない。というより、俺は今日一日、ただの一回もダメージを食らってないんじゃないか?
「綾、坂下さん。諦めた方がいいぞ。DAI乱舞モードのこいつは、いつもこんなもんだ」
「……以前、兄さんの言ってたことが、ようやく実感できた気がします」
「……私もです」
ため息をつく女の子二人。
だから潤よ。お前は、俺のことをどんな風に言ってるんだ?
****
翌日。
俺たちは王都キャンベルの中央広場で合流することにした。
俺はログインすると、中央広場の噴水に腰掛けて三人が来るのを待つ。
『機械仕掛けの箱庭』では初回ログイン以外、基本的にログアウトした場所で再ログインする仕様だ。三人は昨日、十九時ぎりぎりまで狩りをしていたらしいので、王都の城門付近でログアウトしたらしい。中央広場に来るまで、もう少し時間が必要だろう。
「そういや、昨日レベル上がった分のスキルポイントを熟練度にしておくか」
昨日は六レベルまで上がったから、手に入れたスキルポイントは50ポイントだ。
熟練度/スキル画面を開けて、昨日手に入れたスキルポイント50を全部中型剣の熟練度につぎ込む。すると『下段斬り』が熟練度50で、熟練度75で『突き』が習得できた。
「ま、こいつらの性能確認は後でやればいいか」
広場の入口から見慣れた三人……いや二人の女の子と、一人のナルシストがこちらに向ってきているのが見えていた。
「お待たせしました。ダイさん」
ほとんど現実の綾ちゃんと変わらない容姿のアバターが、俺に声をかけてくる。黒髪と黒瞳でショートボブな綾ちゃんは、新鮮味にこそ欠けるが、とてもかわいい。
「綾ちゃんだよね?」
「はい。でもアバター名称はアヤヤなので、ゲームの中ではそっちで呼んでもらえれば」
「そっか了解、アヤヤな。俺の方のアバター名称はアルファベットでDAIだ」
「DAIさんですね。わかりました」
続いて、栗色の長い髪を結い上げた女の子が自己紹介を始めた。こっちは坂下さんだな。
「私はミーシャです。よろしくお願いしますね、DAIさん」
なるほど本名が坂下美咲で、アバター名称はミーシャか。わかりやすくていい名前だ。
「んで、俺がジェームスだ」
そしてナルシストの自己紹介が始まった。昨日聞いたとおりの、近寄りたくないルックス。それに意味が不明なジェームスの名前。周囲の人たちの珍獣を見物するような視線。
あんまり認めたくはないけど……。
「一応、聞くけど……潤だよな?」
「当然だ。こんな格好いいアバターを使ってる奴が、そうそう他にいてたまるか」
「……なあ。厨二病って言葉、知ってるか? 邪気眼とかでもいい」
「もちろんだ。そういう、痛い連中がいるらしいってことくらいはな」
その言葉にアヤヤとミーシャが、ふぅとため息をつく。たしかにそりゃため息の一つもつきたくなるのはわかる。
だからこそアヤヤとミーシャの心の平穏のためにも、潤――ジェームスとは呼びたくない――の未来のためにも、今ここで言っておこうと思う。
「お前はその厨二病だ。それも処置しようがないほど重篤なレベルで、だ。そんな痛いアバターで街中を歩いても平気なのが、その証拠だな」
おおっ、という表情になる女の子二人。だが――。
「なに言ってやがる。お前の方こそ、そのツンツン頭に赤バンダナ。格ゲーのキャラまんまじゃねーか。この厨二病」
それを聞いて、えーっと言う表情になる女の子二人。
いやいや、俺はコンボを入れるのにふさわしいアバターを作成しただけだ。断じて厨二病とは無縁なのだ、ということを声を大にして言いたい。
「どんぐりの背比べ」とつぶやく声が、どこからか聞こえてきた。
自己紹介後、俺たちは一応パーティ登録を済ませた。
と言っても、俺はアヤヤの「パーマネントパーティでいいですよね?」という言葉にうなづいて、その後のパーティメンバー承諾画面で、承諾しただけだ。
パーマネントパーティとは、色々と特典の多い分、その特典と表裏一体となったリスクのあるパーティの種類らしい。少なくとも見知らぬ他人を入れるには躊躇するような代物だとか。
それ以上のことは、後ほどチュートリアルを見直すことにして、とりあえずパーティメンバーの間で経験値を平等に分配できるということだけは理解できた。
俺にとって意外な事実がわかったのは、パーティ登録を済ませて、本日向うべき狩場を検討している時の、潤……いや、ジェームスの何気ない一言だった。
「そういやさ。この地図、以前どっかで見たことあるような気がするんだよな」
「そんなの世界地図見たことあれば当たり前ですよ、兄さん。このローストダリア大陸は、現実世界のオーストラリア大陸をデフォルメして作られているんですから」
「へー。そうなのか。どうりで」
たしかに言われてみればオーストラリア大陸そっくりだ。ということは、ドニーの街はシドニー。ボルンの街はメルボルンってわけか。そしてブドウの街こと王都キャンベルは、当然オーストラリア首都キャンベラだな。
なるほどと納得していると、ミーシャが本題に戻るように促してきた。
「それよりも、今日は結局どこに行きましょうか。昨日の夕方頃には人もかなり増えてましたし、できれば王都周辺の平原で狩りをするのは避けたいところですよね」
なるほど。それなら――。
「昨日俺が行った岩場に行かないか? あそこなら人もいないし」