7話
本日(2012/1/2)更新の第二弾です。
そろそろ本作におけるバトルシーンが登場し始めます。
本編の第一章の七話目です。
では、どうぞ。
時刻は18:15。
ステップとジャンプの練習を終え、王都キャンベルに戻ろうとした時だった。
今日一日の練習場だった岩場への入口あたりで、なにやら争うような声が聞こえてきた。俺はせっかくなので、冷やかしを兼ねて見学に行くことにした。
「このクソアマっ。せっかく俺たちが誘ってやったってのによっ」
「冗談やめてよ。複数のプレイヤーで脅迫未遂。ハラスメントでGMコールものよ。まあ、あんたたち程度なら実力で黙らせる方が早いからやらないけど。実際、後はあんた一人だし」
岩場の影からのぞいてみると、二人の男女が戦っていた。頭上に表示されるはずの名前が、非表示になっているってことは、彼らはプレイヤーなんだろう。
まず目を惹いたのは、長い金髪をポニーテールした蒼い目の女の子だった。年齢はたぶん俺と同じくらいだと思う。今まで俺が会ったことのあるどの女の子よりも、確実に上だと言い切れる、とびっきりにかわいい娘だ。
いくら仮想世界だからといっても、顔の造型までは変わらない。日本人が金髪だの蒼い目をしていても不自然なだけだ。だけど、この娘にはそんな不自然さはまったくない。
明らかにアメリカ枠ないしイギリス枠での参加だ。それにしても本作には最新の双方向同時翻訳ソフトが実装されているとは聞いてたけど、ホントに普通に会話してるのと同じ感じだ。
「そろそろ、尻尾巻いて逃げたら? ごめんなさいって言えば、許してあげてもいいわよ」
少女の右手にあるトゲ付き棍棒が、セリフと相まってシュールな感じをかもし出している。
一方、対する男は典型的なやられ役といえる男だった。おそらく五十歳くらいで、全然似合っていない赤い長髪をふり乱し、少女を睨みつけている。
髪などのパーツが西洋系なのに、顔立ちが日本人だから、余計にザコキャラっぽく見える。実際、すでに男のHPは六割を切ろうという水準にまで下がっている。文字通りのザコらしい。
逆に少女のHPは満タンだ。少女にしてみれば、もはやモブ狩りと同じ感覚だろう。
「っざけるなっ。このアマ、絶対ブチ殺してるやる」
「あっそ。なら、もういいわ。一回死んで、反省しなさいな」
男は少女に向かってドタドタと駆け寄り、剣を大きく振りかぶる。中型剣スキル基本技『上段斬り』だ。
だが少女はそれを左へのサイドステップであっさりとかわすと、右手に持った棍棒を男の胴体に思い切り叩きつけた。直撃を受けた男のHPは大きく減り、加えてシステムに強制されたよろけ――ノックバック硬直が課せられる。
その硬直の最中。少女はさらに動いていた。
前方へのショートステップで踏み込み、両手で棍棒を振りかぶって相手の顔面へと振り下ろす。胴体に一撃を食らってノックバック中の男は、頭上に落ちる一撃をただ見ているしかない。
「うわぁぁぁああっっ」
ドゴン。
男のHPが一気にゼロとなり――きらめくポリゴン片になって消えた。
槌系武器での二段コンボ技だ。最後の振り下ろしは、クリティカルになったのだろう。一段目を食らってなお四割近く残っていた男の体力を、一撃で消し飛ばしている。
「ふぅ……それで。そこで見てるあんたも、今のバカ男どものお仲間かしら? もしそうなら、さっさと尻尾巻いて逃げるといいわ。今なら特別に見逃してあげるから」
俺のことをジロリと睨みつける少女。さすがにこのレベルの美少女だと、睨みつける様子にさえ華があるというか、思わずちびりそうなほど迫力があるというか……。
「いや。俺はただ見ていただけさ」
「ふーん。なら私はもう行くわ。そろそろログアウトしなきゃいけない時間だし」
そう言って立ち去ろうとする少女に、俺は声をかけた。
「なあ、待ってくれないか」
「なによ? やっぱりあんたは今のバカ男どものお仲間で、自殺志願者だとか?」
「それはない。それはないんだが……すまないが、俺とも一戦してくれないか」
「は? なによそれ。新手のナンパなわけ? それともPKが趣味だとか?」
俺の突然の申し出に、少女はトゲ付き棍棒を片手に警戒心をあらわにする。そりゃそうだな。いきなり初対面で対戦してくれじゃしょうがない。
「いやいや。PKなんて興味ないし、デートだのパーティだのに誘おうとかでもねーよ。ただ単純に強い奴と対戦してみたいってだけさ。せっかくのVR世界なんだしな」
「……あんた、対戦厨?」
「ああ。よく言われる。コンボ厨とも言われてるな」
「ふふ。おもしろいじゃない。いいわ、ボッコボコにしてあげる」
「よっしゃ。そうこなくっちゃな」
腰から剣を引き抜く。鞘から剣を引き抜く時、スラリと引き抜けたり、キラリと陽光を反射したりすれば格好いいのだが、残念ながら俺の剣はぼったくり武器屋で買った安物。アイテムランクCheapに属する銅の剣だ。当然、そんな格好よさとは無縁のところにある。
「それじゃ、いいか?」
「ええ。私の方はいつでも」
「了解」
そう言うと同時に、まず俺はロング前ステップで少女との間合いを一気に距離を詰めてみた。これでこの少女がどういう対応をとってくるか……。
少女は一瞬虚を突かれたみたいだが、即座に俺の左側にサイドステップで回り込んできた。しかも同時に棍棒で俺を横殴りにしようと構えている。
俺が剣を持っているのは右手。本来なら攻撃も防禦も難しい局面だ。だが俺は――。
「この程度? それじゃ、バイバ……」
右足を軸にして右側からグルリと回る形で中型剣スキル『中段斬り』を発動させた。
ガァァアアアァァァン。
俺の持つ銅の剣と、まさに振り回されようとする少女の棍棒とがぶつかり、ドハデなエフェクトが発生する。攻撃スキルを発動している武器同士がぶつかった時のみの現象だ。
この現象は武器や発動スキルの差に関係なく、常に同じ効果が発動する。発動効果としては双方に同じだけのノックバック硬直が課せられること。
「くっ」
双方とも硬直が解けると同時に、バックステップで間合いを取った。
「ちっ、やっぱりダメか。ステップを使っての速攻を試してみたかったんだが」
「当たり前よ。その程度じゃ速攻にならないわ。やるならコンボ技と合わせないと」
「そっか、なるほどね。一つ勉強になったよ」
ステップ移動から攻撃スキルへの連続コンボか。たしかにステップを攻撃スキル間のつなぎだけに使うのはもったいないな。これに加えてジャンプも移動手段として加えれば、有機的な三次元機動だって可能になるかもしれない。
「でも、その後の『中段斬り』には驚いたわ。私の『スイング』に間に合う迎撃手段はないって思ってたもの。回避のために連続ステップするくらいは想定してたけど」
「でもステップしたら、さらにコンボで追撃入れてきただろ?」
「ええ、もちろんよ。見習い職のベーシックスキル回数は五回。今回はあなたがステップで仕掛けてきたから、私が追撃すればステップ回数の関係上、いつかは必ず当たるもの」
そう思ったからこそ、俺もステップで回避するのは止めたんだよ。
「まあそれはそうと、話してばっかりいてもなんだしさ。第二ラウンドと洒落こみますか」
「そうね。そうしま……いえ、ダメね。時間切れみたい」
第二ラウンドを始めようかという直前のことだった。
〔そろそろ今日のプレイ時間は終わりだよ〕
〔みなさま、現在時刻は十八時三十分です。速やかにログアウトの準備をなさってください。後、三十分でプレイ中の方でも強制ログアウトとなります〕
エルとリリの声がVR世界中に響き渡る。
俺たちの第二ラウンドは、おあずけとなった。
その後。
双方が武器をしまい、別れる直前のことだ。
「そういやまだ名乗ってなかったよな。俺はDAI。日本枠で参加してる」
「ええ。私はマリーよ。アメリカ枠で参加してる」
マリー? あれ、どっかで聞き覚えがあるような? いや、気のせいか。海外ではそんなに珍しい呼び名じゃないと思うし。
「OK、マリー。またどこかで会ったらその時はよろしくな」
「ええ。もし、また会うことがあれば、ね」
フレンド登録なり、チャットメイト登録をすればよかったと気がついたのは、俺がログアウトした後のことだった。
ちなみに俺が背をむけて歩き始めた後、マリーは背後でゴニョゴニョとなにかつぶやいていたみたいだった。あいにく内容までは聞こえなかったが。
さて。今日は色々と試せたし、明日は潤たちと合流したいな。
「……うそでしょ? βテストは今日始まったばかりなのに、あんなにステップの特性を理解して使ってるなんて」
ひとりごちるマリーだが、そこではっと気づく。
「そういえばあいつが出てきた向こうの岩場って、たしか岩モグラの生息地じゃない。初心者が一人で倒せるような相手じゃないはずなのに……」
さらに、なにかを考え込むような様子のマリー。
「でもDAIって名前、どこかで……?」