1話
本編の第二章の一話目です。
ようやく(?)『機械仕掛けの箱庭』も、デスゲームモードに突入です。
では、どうぞ。
俺たちが仮想の箱庭に囚われた捕囚者となってから二日。
現実世界からの救助はなく、ログアウトできない現実は、なにも変わっていなかった。
キャンベルの街を仮想の朝日が照らしている。
今、俺を含めたパーティメンバー四人は、王都キャンベルにある宿屋の一室にいた。
『機械仕掛けの箱庭』の中では昼夜二十四時間が設定されていて、夜になると俺たちは当然のように眠くなる。また、夜になると当然のようにNPCの経営する店は閉まる。コンビニやファミレス、マン喫なんて便利な代物は、この世界にはなかった。
ゆえに夜の時間は、宿屋に泊まるか野宿という選択肢が基本となる。
俺たちはデスゲームとなる前に稼いだ金がかなりあったため、宿屋に泊まっている。パーマネントパーティメンバーは、パーティ割引が効くため安く泊まることができるのも大きい。
ただ一つの問題を除けば、だが。
「はふっ……きゃ。……おはようございます、DAIさん」
「ああ、おはよ」
寝起きのあくびをあわてて噛み殺すアヤヤ。さすがに寝起きの顔を見られるのは恥ずかしかったのか、頬を真っ赤に染めている。
パーマネントパーティは老若男女の区別なく、同じ部屋で寝泊りする。つまり俺とジェームスとアヤヤとミーシャ、全員が同じ部屋で寝ることになっている。
これ……いったい、なんてギャルゲー?
俺と女の子二人組は、ジェームスが起きてくるのを待っていた。
窓辺に座って、ぼんやりと王都の街並みを眺めていたミーシャが、ポツリとつぶやいた。
「誰が、なんの目的でこんなことをしているんでしょうね?」
「さあな。身代金目当てってことはないだろうけど」
俺とミーシャがぼんやりと惰性な会話を続けていると、アヤヤがふと目をつむり、そっと手を合わせた。
「アヤヤ? どうしたの?」
「いえ……さっきもまた、亡くなった人がいたようですから」
「そっか」
それを聞いて俺とミーシャも手を合わせた。
いつの間にかイブ・ショックと呼ばれるようになったあの日以降。
ステータス画面には、新たな機能が四つ追加されていた。
一つ目は、現時点での生存者の数を確認する機能だ。この情報を信じる限りでは、現在の生存者数は『14327』。わずか二日足らずで、すでに五百人以上のプレイヤーが亡くなっているらしい。
二つ目は、現実世界と連動しているであろうカレンダーと、ローストダリア大陸が破滅するまでの日数を確認できる機能だ。その機能によれば、現在の日付は12月26日、大陸破滅までの日数は『363日』らしい。
三つ目は、イベントボードという謎の機能だ。現時点ではなにも表示されていないし、なんの操作もできない。
四つ目は、十三の鍵の名前と所有者の名前がセットになった一覧を確認できる機能だ。ただ所有者の名前は、ほとんどが”???”という形でアンノウン状態になっている。
現在分かっている、鍵ボスは三体。
『大地の鍵』を持つ『大地の魔獣』。
『聖光の鍵』を持つ『熾の天使』。
『夜闇の鍵』を持つ『闇の眷属』。
これだけしかわかっていない。
結局。
いつまでたっても起きる気配のないジェームスは、俺とアヤヤで文字通り蹴り飛ばして起こした。
街中は非戦闘地域な上に、蹴り飛ばしてもスキルでさえないからHPが減る心配もない。しかも蹴られたという衝撃だけは相手に伝わるから、こういう時には便利だ。
「なにしやがるっ。もっと優しく起こせねーのかよっ」
「兄さんの自業自得です」
もちろんアヤヤの意見は賛成多数で可決され、ジェームスの言い分は無視された。
そして、ミーシャの主導で話し合いが始まる。話し合いの内容は、イブ・ショックの夜から、何度となく繰り返されてきたものだ。すなわち――。
「さて。結局、私たちはこれからどうしましょうか?」
――という。
俺たちはグランドクエストをクリアする。
その過程で立ちはだかる者は、対戦して――戦って、叩き潰す。そして勝って、生き延びる。その決意は少しも揺らいでいない。
だけど――。
「だけどさ。そもそも俺たちはどこに行って、なにをすりゃいいんだ?」
手がかりや情報がまったくないため、なにをすればいいのかが全然わからない。
今の俺たちパーティの現状だ。
「まずは鍵を探さないと」
「だけど、その鍵がどこにあるのかが、わからねーんだろ。今、わかってる鍵ボスの居所なんて大地の神殿くらいじゃねーか」
「そんなことわかってますよ。一回ごと突っかかってこないでください、寝ぼすけさん」
「別に突っかかっちゃねーだろ。そもそも今の俺たちで、鍵ボスに勝てるわけねーんだから、鍵探しなんてする意味あるのか? あばずれマイシスター」
「あるに決まってるじゃないですか。情報集めはRPGの基本ですよ、厨二病な赤の他人さん」
またしてもアヤヤとジェームスの口喧嘩が始まりそうになった。
あーあ、またかよ――と思った、その時、ポンと手を叩きミーシャが一言。
「そうだ! とりあえず、お城に行きませんか?」
「あっ、なるほど。さすがミーシャ」
「そういやキャンベルって王都だったんだよな。すっかり忘れてたぜ」
「……?」
ジェームスとアヤヤはそれだけで納得できたようだったが、俺にはミーシャの言いたいことがいまいち理解できなかった。
そんな俺の様子に気がついたのだろう。
ミーシャはお約束と言われるものを教えてくれた。なんでも――。
「お城に行って王様から情報と、安物の武器と、お小遣いを渡されて魔王を倒して来いと言われるのは、RPGの黎明期から使用されている古典テンプレなんですよ」
――なのだとか。
俺はRPGをやらないので、知らんかったが。
俺たちはキャンベルの街の大通りを、連れ立って歩いていた。
周囲には多くのNPCに混じり、露天を広げるプレイヤーがちらほら見える。どちらかというと、年齢が高めの人の割合が多い。
「あそこのプレイヤーが露天で広げてるのって、武器と防具だよな?」
生産スキルで武器を作成できるようになるためには、一次職の鍛冶師になり金床スキルの熟練度100以降を開放する必要がある。つまり――。
「あの人、鍛冶師に転職したんですね」
『機械仕掛けの箱庭』の中では生産系の行動でも経験値が貯まる仕様になっている。つまりデスゲームになる前から、生産活動に勤しんできた人たちは、かなりの経験値を稼いでいるということだ。
それこそ下手なモブ狩りをするよりもずっと多くの。
「そういや俺たちも『転職の神殿』で転職しないとな」
「そうですね。私たち全員、レベル十は超えてますし」
ミーシャの言うとおり、俺のレベルは十一。他の三人も十まで上がっている。
デスゲームになる前から、モグラ狩りや、少し強めの敵が出現するドニーの街への旅行を通じて、全員が一次職に転職できるだけのレベルには到達していた。
「そんなら城に行った後にでも、行ってみようぜ」
「兄さんにしては、珍しくまともな意見ですね」
「ふふん、まーな。俺だってやるときゃやるさ」
アヤヤの言葉にドヤ顔なジェームス。
いや、ジェームスよ。それは褒めてないぞ? ミーシャも苦笑しているし。
ジェームスの意見通り、城へ行った後、『転職の神殿』にも行くことになった。