11話
本編の第一章の最終話です。
では、どうぞ。
気がつくと俺は、王都キャンベルの中央広場にいた。
広場は、朝のログイン時とはうって変わり、いつのまにかクリスマス一色になっていた。
広場中ところ狭しと飾られたクリスマスツリーやクリスマスリース。
たいまつは広場中で煌々と燃やされ、もうすっかり夜だというのに、広場だけがそうとは思えないほど明るくなっている。
王都へと強制送還された仲間三人とも、すぐそばに転送されていたため、簡単に合流できた。
「もう、終わっちゃうんですね」
俺の隣でアヤヤがポツリとつぶやく。
「そうだな。でもさっきミーシャにも言ったけど、製品版がでたらまた一緒にやらないか? 俺もRPGは相変わらず好きになれないけど、このゲームならやってもいいかなって思うし」
「はい、そうですね。その時は、ぜひご一緒させてください」
にっこりと微笑むアヤヤ。
たいまつのゆらゆら揺れる光に照らされて、とても幻想的な雰囲気を身にまとうアヤヤ。
思わずドキリとするほど、かわいい。
自分でもよくわからない衝動のままに、アヤヤの頬に手を差し伸べて――。
〔さて。これでログイン中の全プレイヤーのみなさまに、お集まりいただいたようですわね〕
〔そうだね。それじゃ、最後のイベントを始めよっか~〕
そのタイミングで、エルとリリが王都キャンベルの中央広場上空に現れた。普段のちんまい大きさじゃない。年頃の女の子くらいの背丈がある。
二人の声がVR世界中に響き渡る。
〔とりあえずみんな、今日までお疲れ様~〕
〔みなさまのおかげで、今日という日を迎えることができました。『機械仕掛けの箱庭』に携わった全スタッフを代表して、私たちから御礼申し上げますわ〕
エルとリリの言葉一つ一つにあがる、プレイヤーたちの大歓声。プレイヤーの誰もが、やり遂げた感いっぱいで、βテスト最後の時間を楽しんでいた。
〔そんなみなさんに、ボクたちからとびっきりのプレゼントをあげるよ〕
〔今夜はクリスマスイブ。私たちからの心からのプレゼントですわ〕
二人のその声と同時に、きわめて機械的な人工音声が流れた。
――システムアナウンス。これより緊急のシステムアップデートを実施します……終了しました。以降、本アップデートの実行はキャンセルできません。
――繰り返します。本アップデートの実行はキャンセルできません。
な、なんだ? いまさら、このタイミングでシステムアップデート?
〔今のアップデート終了が、今回のオープンβテストにおける最後の公式イベントの開始を告げる合図となりますわ。それに伴い、今からルールが追加されます〕
〔新たに追加されるルールは三つ。とても大事なことだから、注意して聞いてね〕
慇懃なほど丁寧な口調のエル。とても軽いノリのリリ。
チュートリアルの時から変わらない、相変わらずの二人だ。
だけど、なんでだろう。とてもイヤな予感がする。
このタイミングでの緊急システムアップデート。このタイミングでのルールの追加。これじゃまるで――仮想世界でのゲームが続くみたいじゃないか。
そして同じような疑問と不安を抱いたのはどうやら俺だけじゃないようだ。周囲には、不安にざわめくプレイヤーであふれている。
そんな群集を睥睨しながら、エルとリリは新たなルールとやらの発表を始めた。
〔まずは一つ目のルールだね〕
〔このVR世界からは、13の鍵をすべて集めて神の城に辿り着くというグランドクエストをクリアしない限り、ログアウトは不可能となります〕
〔実際、さっきのシステムアップデートで、ステータス画面下部にあるログアウトボタンは消えているはずだよ。さっきログアウトしようとした人、残念だったね~〕
ケラケラと笑うリリ。
あわてて俺もステータス画面からログアウトボタンを探したが――見当たらない。
ほとんどの人が、この時ステータス画面からのログアウトを試したのだろう。
そこからは一気に怒号の嵐となった、のだが――。
〔そこ、うるさいよ。まだボクたちが話しているんだ。少し黙ってもらえるかな?〕
リリの言葉と同時に、彼女の手から闇色の波動が放たれ、広場の中でも特に騒がしかった辺りを覆っていく。
「ぐぁぁぁあああっっ」
「ぎゃゃぁぁぁあああっっ」
響き渡る苦痛の叫び。
本来VR世界では抑えられているはずの痛覚が、プレイヤーたちの集団を痛めつける。
〔次にうるさくしたら、今すぐ退場してもらうよ?〕
「なっ」
「ひぃっ」
退場と言う言葉が、なにを指すのか。
言葉で明らかにはしなくとも、苦しげに呻いているプレイヤーたちの姿をみるだけで、誰もが想像できたのだろう。
不気味なほどに静まりかえる広場。時おり苦しげに呻く声だけが聞こえる。
〔ふふん。静かになったね。それじゃ次は二つ目のルールだ〕
〔この世界での死は現実世界での死となります〕
〔そう。もちろん冗談なんかじゃないよ。だって――君たちがVRSログイン用に着た専用のスーツ、あれが君たちを殺すんだから。そりゃあもう、あっさりとね〕
〔あのスーツは頭部を除く体表面の全体を覆い、全神経系の管理を行っています。そこにある種の電磁パルスを加えることで、人を簡単にショック死させることができます〕
〔もちろん痛かったり、苦しかったりはしないから安心してよ。まあ安楽死みたいなものだと思ってもらえれば問題ないかな〕
つまりこのゲームは、デスゲーム――今まで幾度となく物語の題材となってきた、命をチップに生存を競う狂ったゲーム――になったってことか。
〔そしてルールの三つ目だよ〕
〔ゲームの期間はおよそ一年。プレイヤーのみなさんが、来年のクリスマスイブまでにグランドクエストを達成できなければ、ローストダリア大陸の破滅に巻き込まれる形で、現在ログイン中の全プレイヤーに死んでいただきます〕
〔ボク達からは以上だよ。ご静聴、ありがとね。それじゃみんな、言いたいことがあれば、なんでもどーぞ〕
「じょ、冗談。冗談なんだよな? もう少しで、ドッキリだって言うんだろ?」
「そ、そんなことできるわけねーだろ」
「無理だよそんなこと。……帰して。お願い、私を家に帰してよっ」
「と、年明けには大事な会議があるんだぞっ。今すぐ出せ、私をここから出せっ。さもないと訴えるぞっ。この犯罪者どもめっ」
現実を否定する言葉と、クリアなんて不可能だという声が、そこかしこから沸きあがる。
それもそのはず。
三日前。ドニーの街から北西へずっと向った岩山の中腹に、大地の神殿というダンジョンが発見されている。その奥にいたボスの後ろには、燦然と輝く鍵があったとのことだ。
だが攻略に挑んだいくつかの上位組パーティは、いずれもボスの圧倒的な力の前にあっさりと全滅を喫している。
ボスの異常なほどの攻撃力と突進力、そして熾烈な範囲攻撃の前に、三分と戦線を維持できなかったらしい。
ボス名称『大地の魔獣』。
現在判明している中で最強のボスだ。そしてこのクラスのボスキャラが、あと最低十二体。まわりの人たちが大泣きするのも、絶望するのも、怒鳴り散らすのもすべてが当然だろう。
俺の仲間たちも、まわりの人たちと同じだ。
「……ひっく。助…けて、パパ、ママ」
アヤヤはすすり泣いている。
「そんなことって……」
ミーシャも取り乱してこそいないが、ひどく顔色が悪い。
「…………」
そしてジェームスは、時々ちらりとアヤヤに目を遣るだけで、後はただひたすらエルとリリを睨みつけている。こいつが今まとっている感情は、明らかに妹を泣かせる者への怒りだ。
だけど――そんな混乱の坩堝な中。
俺は奇妙なほど冷静だった。
もちろん俺だって死にたくないし、友達にも死んでなんかほしくない。だけど死への恐怖とともに、スリルのある対戦を楽しめるという喜びを感じていたからだ。
俺は相反する感情が、バランスを取ることで、冷静さを保っていたのだろう。
〔それじゃ伝えるべきことは伝えましたし、私たちはそろそろ失礼しようかと思いますけど〕
〔最後に、改めて自己紹介をしていくね〕
ちょこんと会釈をする二人の少女。かわいらしい仕草だ。だが周囲の人たちにとっては、彼女たちの名前は、まさに悪魔と同義語だろう。
〔私は『熾の天使』エル。聖光の鍵の守護者です〕
〔ボクは『闇の眷属』リリ。夜闇の鍵の守護者だよ〕
こいつら……鍵を守るクエストボスだったのか。ということはいずれ、こいつらとも戦うってことか。こいつらと戦って、勝たなきゃいけないってことか。
〔それではみなさん。いずれ遥かな旅路の先で、またお会いしましょう〕
〔ボク達は、いつでも鍵の前で待ってるよ〕
そう言って、エルとリリの姿は消えた。
****
エルとリリが消えても、周囲の状況はなにも変わらなかった。
泣き、叫び、怒鳴り、絶望していくプレイヤーたち。
広場はあらゆる負の感情で満ちていた。
とあるプレイヤーが叫びが、俺にも聞こえた。
「こんなこと、許されるわけない。仮にも国家施設でのβテストだぞ? すぐに助けが来るに決まってる」
周囲には「そうだ」という同意の声がいくつもあがる。だけど――。
「俺たちは複数の施設からログインしてるんだぞ? つまり全部の施設でスタッフがグルだったってことだ。最悪、最初からデスゲーム自体がβテストの目的だった可能性だってある」
そう。
現状ではデスゲーム自体が目的だったとしか思えない状況だ。
この規模の事件を現場のスタッフだの、一介の技術者程度ができるわけがない。明らかに組織的かつ人為的におこされた事件だ。
急に数日前、潤が言ってたことが頭に浮かぶ。
――それにしても、ここ、すげー警備だよな。VRSや『機械仕掛けの箱庭』で使われてる技術が、それだけ機密情報だってことなんだろーな。
よくよく考えれば、あの厳重な警備はどう考えてもおかしい。
研究成果のある研究所ならともかく、一介の宿泊施設を、あそこまで厳重に警備する必要なんて思い浮かばない。だとすれば――あれは警備なんじゃなくて、テスターたちが不審に思ったり、施設から逃げ出したりしないようにするための看守役だったんじゃないのか?
「……い。おいっ、DAI。大丈夫か、お前?」
俺が自分の考えに没頭していると、不意に体ごと揺さぶられる感覚。意識を正面に戻すとジェームスが自分の肩を揺さぶっていた。
「……ああ。ちょっと考え事してただけだ」
「そっか。ならいいけどな」
俺のことは大丈夫だとわかったのだろう。
ジェームスは女の子二人の方を向いて、景気付けのように大声で呼びかけた。
「おい。みんな行くぞっ! どこのどいつが、こんなバカげたことをやらかしたのか。この仮想の箱庭から抜け出した後に、絶対に明らかにしてやる」
「……でも、どうやってですか? 上位組でも即殺されるようなボスが十体以上いるんですよ? そんなのを相手にして、どうやったら死なずにここから出られるっていうんですかっ」
「クリアすればいいさ。猶予は一年あるんだ。強くなってから、ボスに挑めばいい。俺たちなら絶対勝てる。絶対に生きて帰れるさ」
悲痛な声を漏らすアヤヤに、ジェームスが言い聞かせるように強く説得していく。だけどジェームスは実際、いいことを言ってると思う。
「そうだな。潤の、いやジェームスの言うとおりだ。邪魔する奴らは、たとえボスだろうと全部対戦して――戦って叩き潰せばいい。そうすれば俺たちも、他のプレイヤーたちもみんな家に帰ることができる。そうだろ?」
俺はさっきからなにも話そうとしないミーシャに話をふる。
「……私たちにできると思いますか? 虚飾や誇張を一切抜きにした、現実問題としてです」
ミーシャの顔色は相変わらず悪いが、瞳の光は失ってない。なら、彼女の希望に沿う回答をしようじゃないか。この先の戦いに勝つために、全員で生きて帰るためにだ。
「できるさ。要は勝つための準備をして、戦えばいいんだから。だから――絶対勝てるさ」
「……わかりました。私も、戦います」
こうして俺たち四人は、いまだ混乱のさなかにある広場を後にした。
勝つために。
生き延びるために。
以上で第一章は終わりとなります。
この後は間章を一話挟み、第二章へと進みます。
これからもよろしくお願いします。