10話
本編の第一章の十話目です。
では、どうぞ。
岩モグラ生息地の岩場でのことだ。
俺の目の前で、一組の少年少女が、手に汗握るにような射撃戦を展開していた。
少年は小型の弓矢。少女は杖を手に持ち、相手に必殺の一撃を叩き込むべく、ともに牽制の弾を放ちあう。
「そこだっ」
シュッ。
「残念でしたね、甘いですよ」
放たれた矢をサイドステップで回避すると同時に、右手に持った杖を掲げる少女。
「これで、どうですか!!」
ヒュン。
少女の持つ杖の先から生じた光の矢が、男の胸元に刺さらんと突き進む。
杖のノーマルスキル『バレット』。
威力自体は大したことない。だが遠距離攻撃ができる上、スキル種別がノーマルスキルなのでMPやTPの消費がなく、使いやすいスキルだ。
少年はサイドステップでバレットを回避すると同時に弓を構え、射撃体勢に入る。少女は回避のためのサイドステップを始めるが――。
「えっ!? どうして」
それは少年の罠だった。
射撃体勢の構えは、スキルを発動なしの、あくまでただの構えでしかなかった。当然、矢は放たれず、そのサイドステップは少女にとって致命的な隙になった。
一度発動したスキルは、途中で止めることができない。つまりサイドステップによる移動をキャンセルすることはできず、無防備での移動状態をさらすことになる。
さらにステップ後の硬直も問題だ。ステップ直後にもう一回ステップするにしても、一瞬のタイムラグは避けられない。
「残念だったな。これでチェックメイトだ」
引き絞られる弓。今度こそ間違いなく、弓矢スキルが発動している。
「きゃゃぁぁぁあああっっ」
矢は狙い違わず、少女の腕に当たる。
本来、対人戦だと、ここから弓矢スキルによるコンボ射撃が続く場面だが――。
「よし。俺の勝ちだな」
これは仲間内での対戦でしかないので、ここで終わりである。
「うううぅぅぅ、悔しいですっ」
「はっはっは。兄の偉大さを理解できたかね、妹よ。理解できたなら、以後はお兄様と呼んで敬うように」
顔を真っ赤にして悔しがる少女、アヤヤ。
そして鼻高々でふんぞり返る少年、潤……こと、ジェームス。いまだに俺は、こいつのことをジェームスと呼ぶことに抵抗がある。
「DAIさん相手ならともかく、兄さんなんかに負けるなんて」
「あ? どういう意味だよ、そりゃ」
「言葉どおりの意味ですっ。兄さんなんか、DAIさんとくらべれば全然ザコキャラじゃないですか。さっきだって、あっさりと接近されて、斬られてましたし」
「あの時は、あいつに華を持たせてやったんだよ! 次やったら、あいつぁ近寄ることもできずに蜂の巣で、俺の圧勝にきまってるだろうが」
……この兄妹は。対戦が終わったら、すぐに口喧嘩が始めるし。ホント、いつ見ても仲がいいと言うか、よすぎると言うか。ホントにいい加減、飽きないものかね?
口喧嘩に忙しい兄妹に放置されて手持ち無沙汰になっていると、ちょうどいいタイミングでミーシャが戻ってきた。絶賛口喧嘩中の兄妹に向ける苦笑とともに。
「DAIさん。私の方のモグラ退治も終わりました……って、またやってるんですね」
「……ああ。これで何度目だ?」
「もう、数えてませんよ。あえて言うなら、数知れずってとこです。それより、こっちのモグラ退治も終わりましたし、私たちも最後に一戦、やっておきませんか?」
「そうだな。んじゃ、よろしく頼むわ」
12月24日。
今日は一週間続いたβテスト最終日だ。
時刻もすでに夕方。それも後数分で十九時になる。
後、もう少しすれば王都キャンベルに強制送還される予定だ。なんでも最終日なだけに、普段はログアウトする時間の十九時から、中央広場で全員参加のイベントがあるらしい。
俺たちは今日は午後から、岩モグラがポップする岩場で、対戦を楽しんでいた。
対戦は基本的に一対一。攻撃が当たった段階で決着で、コンボ追撃はなしのルールだ。
岩場でポップしたモグラは、手の空いている観客二名が狩ることになっている。
なにせパーマネントパーティを組んでいる俺たちは、誰がモブ狩りしても、全員に同じだけの経験値が手に入るのだから。
俺とミーシャが、武器を構える。
俺の右手には一週間の相棒、銅の剣。左手には青銅の盾。
ミーシャの両手には、歴史の教科書に載ってる石器そのままな形状の、石の斧がある。
「そういや、今週一週間はずっと楽しかったよな」
「ふふ、そうですね。ドニーの街への観光にも行きましたし」
俺たちは往復二日かけて、ドニーの街へと観光旅行に行ってきたのだ。ドニーの街はシドニーをモチーフに作られている。だから――。
「シドニー・ハーバーブリッジなんて、すげぇ緻密に作られてたもんな」
街並みは中世テイストながら、なぜか観光地はしっかり再現されているローストダリア大陸。俺たちは事実上のオーストラリア旅行な気分でいられた。
「はい。それに最初は手も足も出なかったモグラを、今では楽に狩れるようにもなりました」
「そうだよな。みんな、一気に上手くなったしな」
最初の頃は、三人ともすごい下手だった。
まず、まともにコンボが成立しない。
攻撃スキルの終了時にタイミングが合わず、ベーシックスキルを起動させられないという状況だったのだ。その成功率は五割を切っていたくらいだし。
それが今では、みんな楽勝でモグラ狩りができるくらいにまで上手くなった。
「DAIさんの教え方が上手かったからですよ」
「そう言ってもらえると、教えたかいはあったな。ミーシャはずいぶんとガン攻めなタイプになったし。ホントに俺そっくりだよな、プレイスタイルが」
「DAIさんと戦う時は、先手を取られたら絶対に勝てませんから。なんたってDAIさんはDAI乱舞な人ですからね」
お茶目に笑うミーシャ。
それにしてもミーシャのプレイスタイルは、俺のスタイルを真似たんじゃなく、俺を倒すためのスタイルなわけね。
「さて、時間も迫ってるしさ。そろそろ始めようか」
「はい。それでは――行きますっ」
ミーシャのなめらかな前方ロングステップ。向かう先は盾を持った俺の左側。
ガァァァアアアアァァァン。
ミーシャの振るう石の斧と、俺の青銅の盾がぶつかる音が、大きく鳴り響く。この時、俺は石斧を盾で弾くと同時に、前方ショートステップからの『突き』を発動していた。
『突き』のスキル発生速度は、今俺が使えるスキルの中で最速だ。
それを事実上のゼロ距離でミーシャにぶつけてやる。
だがミーシャはそれを読んでいたのか、間一髪でロングバックステップで逃れた。これをそのままコンボ追撃で、ステップ使用回数制限まで追い詰めるのは簡単だけど……。
「追撃、しないんですか?」
「最後の対戦が、それじゃつまらねーし。むしろゼロ距離での『突き』をよくかわせたな?」
「なんとなくです。なんとなくDAIさんなら、そう攻めてくると思いましたから」
「なるほどね。んじゃ、時間もないし、第二ラウンドスタートだな」
「ええ。そうで……いえ、ダメみたいですね」
またしても、第二ラウンドを始めようとした時のことだった。
〔プレイヤーのみなさん。十九時ですわ〕
〔みんな~。もう時間だよ~〕
……またこのパターンかよ。マリーの時と一緒じゃねーか。
それにしても、あれからマリーとは一度も会えなかったな。もう一回、会いたかったんだけどな……。
結局、俺はマリーのことを他の三人には話していない。
なんとなく秘密にしておきたかったんだ。俺とマリーの。
「残念です。DAIさんにどれだけ近づけたか、もっとお見せしたかったんですけど」
「そうだな。後は製品版が出たら、またやろうか。また四人でパーティ組んでさ」
「ええ、ぜひ」
俺は今だってRPGはあまり好きじゃない。
だけど、このゲームならまたみんなでやってもいいかなと、この時は素直に思えた。
もし、パーティメンバーの最後の一人がマリーだったら、なんて想像さえできるほど。
〔現時点で王都キャンベルの中央広場にいらっしゃらない方には、これより中央広場への強制転送を開始します。繰り返します、これより中央広場への強制転送を開始します〕
〔痛くないよ。すぐに終わるからね~。いい子だから、おとなしくしてるんだよ~〕
真面目なエルと、おちゃらけたリリの声がVR世界中に響く中。
俺の視界は白い霧で覆われていった――。