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皇帝を夢見て

 マーブルは、かたく硬直して動かなくなったピエールを見下ろし、止めどなく涙を流す。


「ピエール・・・・・・。死ぬとは、こういうことだったんですね・・・・・・」


 マーブルは熱く流れ出るそれを、袖でぬぐっていた。


「ああ、ピエール! 死ぬとは、死ぬとは・・・・・・。胸が痛くなること・・・・・・! あなたはここにいるのに、ここにはいないと言うことですね・・・・・・」


 

 ピエールがなぜこうなったのか。

 暗殺されたからである。

 いや、狙われたマーブルの身代わりになった、というべきか。 


 彼の心臓には、突き立てられたレイピアが刺さっていた。

 マーブルは鼻水をぬぐうと、ピエールの遺骸を引きずり、その場を去る。


 その場――名もなき礼拝堂である。


 

「あのコンラードとか言う男・・・・・・」


 ピエールは高位の司祭服を身につけ、舌を打ち、見送るコンラードを振り返った。


「したたかな男だぜ」


「したたかとは、どういう意味で?」


「お前には関係ないこと! それより、お前には場所、わかってるのかぁ? セバスチャンとか言う・・・・・・」


 マーブルはゴロゴロ喉をならし、自分についてこい、とだけいう。

 ピエールは肩をすくめて後を追った。

 案内された場所は、いわゆるカタコンブ。

 地下墓地であった。


「おいおい。猫さんよぉ。こんなところに枢機卿が・・・・・・」


 マーブルは何も答えず、ドアをノックした。


「お入り・・・・・・あっ」


 ドアを開いた老人、マーブルを見て仰天していた。


「く、このくそ猫! まだ生きてたか!」


 ――こいつがセバスチャンだ、間違いない。

 

 とピエールは確信を持つ。


「みなのもの、であえ、であえ! くせものじゃあ!」


 ピエールは大勢の兵隊に囲まれて青ざめた。


「む? その男は誰じゃ?」


「あ。わ、私はその・・・・・・」   

 

  

「私を殺したいか、枢機卿」


  

 マーブルの目つきが、鋭く変わった。


「だが、それはムダに終わろう。なぜなら・・・・・・この男、ピエールは傭兵だからだ」


「ええっ・・・・・・」


 ピエールは言葉を失う。

 

 ――なんだコイツ! 愚か者じゃなく、しゃべりまで普通じゃねえか・・・・・・。


「ピエール」


 マーブルはくるりと振り返って、こういった。


「きみはこの間、釈尊の話をしてくれたね。そのとき、私は本当に死ぬことの意味を知らなかった。もちろん今でも。だけどいつだったか、パンタカというわかものがその釈尊の弟子で、彼は愚かだからとバカにされたことを知った。それで私は、弱者を演じていたのだよ」 


「なんだそりゃ・・・・・・。ま、まあいいか! それより俺が傭兵って」


「まあまあ」


 マーブルは今までと違い、殺意に満ちた目つきで枢機卿を脅した。


「セバスチャン。いいかげんに目を覚ましたらどうなんだ。私も鬼畜じゃない。お前を大目に許すことくらい、わけなくできるのだぞ」


「こ、断る! き、貴様のような猫の化け物に許されてたまるか!」


「ほほう」


  

 マーブルは冷笑する。


「こちらにおわすお方をどなたと心得る。おそれ多くも未来の皇帝陛下、ピエール=プロヴァンヌ公なるぞ!」


「ええっ・・・・・・」


「ずがたかぁい、ひかえおろぉ!」


 ――いや、控えないでもいいって・・・・・・。

 

 ところが、ピエールの気持ちと裏腹に、枢機卿と兵隊はひれ伏してしまった。


「も、申し訳ございませんでしたぁ〜; ひらに、ひらに、あ、ご容赦をぉぉ」


 ――おまえら、絶対狂ってる!;


 ピエールが背中を向けた刹那。

 マーブルを狙う一本の矢が目に入った。

 木の陰に隠れ、弓をもった男がマーブルに狙いを付け、きりきりと弦を弾く。


「あぶない、マーブル!」


 そして、油断したピエールを待っていたのは、レイピアの刀身だった・・・・・・。

 兵士のひとりが枢機卿にうながされ、心臓に剣を突き立てる!

 ずぶり、とピエールの心臓を貫く銀色の切れ先。

 あっというまにそれは赤く染まり、鮮血を滴らせる。


「そんな、あ・・・・・・」


 マーブルはピエールを揺さぶったり、たたいたりしたが、彼は虫の息でこう伝え、事切れた。


「マーブル、世界は美しくないって言った意味、わかっただろ。俺、昔から人間のキタナイ部分を見てきたから・・・・・・。俺の両親も戦争で死んだし、どこにも行く場所がなくて、さ・・・・・・。それでいやいや修道院・・・・・・ぐふっ」


「しゃべってはダメです・・・・・・」


「俺は皇帝になって、世界を動かしたかったのに・・・・・・死にたくない・・・・・・」


 マーブルはあとに残され、愕然とし、ピエールの前でひざまずく。


「バカな小僧だな。じっとしていたら、自分が犠牲にならずにすんだものを。皇帝にしてやったものを」


「お前は・・・・・・」


 マーブルは牙をむき出しにし、ピエールに刺さっていたレイピアを引っこ抜くと、それで枢機卿を刺し殺した。    


「貴様が死ねばよかったのだ!」


 と、一言怒鳴りつけて。

 

「ば、化け猫!」


 兵隊の多くは無理矢理かき集められた村人たちで、マーブルを恐れて逃げ出してしまった。


「ピエール」


 マーブルは瞳孔の開いたまま、仰向けになり、唇から血を流すピエールの死骸を長い間眺めていた――。


「死ぬとは、こういうことだったのですね・・・・・・。胸が痛くなること。あなたはここにいるのに、ここにはもう、いないと言うこと・・・・・・」

うっ、ペール・ギュントっぽい(汗。


※ペールギュント・・皇帝を夢見て、恋人の膝で死ぬ幸せな男(爆。作者はヘンリク・イプセン。


しかし、なんだこの設定は(汗。

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