猫人間マーブル
フランス、ピレネー麓。
ピエールはこの麓の修道院で修行する修道僧。
朝早くに禊ぎをするため、泉へ出かけた彼は町のはずれでぼろぼろにされた獣を発見した。
「おまえ、どうしたんだ?」
まさか死体だろうか、と不安になりつつも恐る恐る声をかけた。
「ぐはっ」
小さな身体が動き、少量の吐血をしたそれは、何と猫の姿をしていた。
ピエールは驚き、声が出ない。
「おまえは何者だ?」
猫人間を抱き上げて、修道院へ連れ込むピエール。
「かわいそうに」
修道院の仲間たちが、食事の世話をしたり、介護をしてやると、猫人間は少しずつ回復した。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
うれしそうに顔をこする。
その仕草はまるで、猫そのものだ・・・・・・。
呆気にとられるピエール。
「どうかしましたか」
猫人間はピエールのほうを向いた。
「あ、いや。お前の名前。・・・・・・あるのかなと想って」
「ふむ」
猫人間は満足したのか、うっとりし、喉をならすと、
「そうですね。人はみな、まだら、と呼びますが」
「まだら、ね、なるほど」
ピエールはそれでは芸がないと思い、
「じゃあ、こんなのどうだ。マーブル!」
「マーブル、それはどのような意味で?」
「いや、そのまんまだよ・・・・・・」
ピエールは鼻をこする。
「ありがとう」
マーブルは、にこにことしてピエールに握手を求めたが、ピエールは引きつった。
なぜなら、蜂蜜がたくさんかかった右手で握手というのは気がひけて・・・・・・。
「なぜ修道院の前に倒れていたんだ?」
ピエールの問いにマーブルは答えた。
「私は人間を信じていますゆえ・・・・・・」
「えっ?」
「いえ、なんでもありません」
マーブルは椅子を降り、よろけながら立ち上がると、お辞儀した。
「みなさん、お世話になりました。私はこれで」
すり切れたローブにはどす黒い血痕さえもついていた。
ピエールはなんだか胸が痛んだ。
何が彼を襲ったか、見当がついてしまったからだった。
「待ってくれ」
マーブルを呼び止め、風呂の用意をしてやるという。
「心配は無用だ。しばらくここにいるといい。院長様もきっと、お前を迎え入れてくれるだろう」
マーブルはうれしそうに微笑んで、お辞儀する。
「そうですよ、ピエールの言うとおり、ここはどんな生き物にもやさしいところです。ゆっくりしなさい」
院長もマーブルのことを受け入れてくれたようだ。
ピエールはほっと胸をなで下ろす。
「おまえ、町にでていったりしたら大変だぞ。もしかしたら、死んでしまっただろう」
ピエールの言葉に対し、マーブルは不思議そうな顔をする。
「死? 死んでしまう・・・・・・とはいったい、何ですか、ピエール」
「おまえ、死ぬことの意味を知らないのか」
ピエールは説明に困ってしまい、台所にマーブルを連れていき、野菜をちぎってみせた。
「今まで笑っていたヤツが動かなくなることさ。こいつは野菜だが、野菜も同じように死ぬ。草や木もいつかは枯れてしまうんだ。それと同じで、人間も、おまえも、死ぬと動かなくなってしまう」
「ピエールも?」
「もちろん」
ちぎった野菜をもったいないと、頬張るピエール。
「人間や生物は、何かを摂取しなければ生きられぬ。我々の定義は、何かの犠牲の上に生かされていると説く。お前もだろ?」
「よくわかりませんが・・・・・・」
「腹減ったらメシを食うだろがッ。ああもう、説明が面倒だなぁ」
「・・・・・・メシ・・・・・・」
ピエールは今夜のおかずを探しに、森に出かけた。
マーブルを連れて。
ちょうど鳥同志がケンカをしながら空中を待っている姿を、マーブルは見上げるだけであった。
「あっ」
マーブルは目を覆った。
鳥の一羽が、ケンカに負けて地面へ落とされる。
「かわいそうにな」
ピエールは鳥を拾い上げながらつぶやいた。
「動かない」
マーブルは、はっとした。
「これが、死ぬ、デスか」
「まだ生きてるけど;」
ピエールは鳥をなでた。
「釈迦って知ってるか? 彼は偉大な坊さんで、鳥が共食いするのを見て、こういったそうだ・・・・・・この世は地獄と」
マーブルは何も言わずに顔をこすった。
ピエールは苦笑し、鳥を渡す。
「冷たい・・・・・・」
マーブルはぷにぷにした肉球で鳥をさすった。
「それが死ぬってコトさ」
痙攣していた鳥が、次第に動くことをやめると、ピエールは鳥を埋めてやった。
「人が死んだら残された人は、墓をつくる、それは安らかな魂を神が創るからなんだ・・・・・・。でも」
ピエールが立ち上がりながら言った。
「でも俺、この世の中が美しいとか、死んだらきれいな世界へ逝けると言うが、俺は違うと想う。死んだら深い闇のそこへ行くだけだ・・・・・・」
マーブルは顔をなめながら、ピエールのほうを黙ってみていた。
「この世界は汚いんだ。金と権力がすべてなんだ。だから俺は」
「この世界がキタナイかどうか知らないですが、あなたは間違いなくいい人でしたよ」
マーブルの言葉に、ピエールは少し、胸が熱くなるのをおぼえていた。
「う、うるせぇ。俺は神は信じても、権力だけは許せないんだ・・・・・・。お前も協力してくれよ」
ピエールはなぜか、にやりと含み笑いをする。
「協力・・・・・・?」
マーブルが頭の悪い猫だと知ると、ピエールははかりごとを持ちかけた。
それはずるがしこい猫に育て上げ、自分が権力を手に入れようとする心。
そう、彼がこよなく愛したのは、『長靴を履いた猫』。
彼は主人公ハンスのよう、猫に幸運を授けてもらえると期待していた(汗。
「俺が法王になるんだ」
自室にこもったピエールは、マーブルと相談を始める。
「お前は俺の言うとおりに動け。そうすればうまい飯もたらふく食えるぜ」
「うまい飯? ・・・・・・ここのメシはうまかったですよ」
「あほっ、トウモロコシの薄スープの、どこがうまいかっ!」
「しかし今まで食べたものの中では、最高でした」
権力者を夢見るピエールに対し、まじめに修道院生活が最高だと答えるマーブル。
「おま、今までいったい何を食ってたんだよ・・・・・・」
「魚の骨や虫や、残飯です」
「・・・・・・はあ」
ピエールはくるりと背中を向け、何かを書き始めた。
マーブルはピエールを見つめながらベッドに腰掛ける。
「どうかしたんですか。さっきから何も答えてはくれませんが・・・・・・」
「ああ、悪い。そうだな。えっと、お前が神様を信じるかどうかでも、ぜひ聞かせて欲しいかなぁ」
ピエールは書物を書きつづり、羽根ペンを動かしながら尋ねた。
「神様ですか。私が前に、お仕えした領主様は神様を信じていました。ぜんちぜんのう、とか申しておりましたが、私には、ぜんちぜんのうがなにか、よくわかりません」
「全知全能? すべてを知り尽くし、すべてを司る力を持つもの。神とは偉大な存在・・・・・・」
「もう少しわかりやすく聞かせてください」
ピエールはしゃべりながらも羽根ペンを動かし、カンテラの炎はゆらりとゆらめく。
「いいか、全知全能はすべてを司る能力をさす、つまり何でもできるってことだ」
「それでは・・・・・・あの死んだ鳥のことも、生き返らせたりできるのですか?」
ピエールはそこで羽根ペンを止めてしまう。
「それは・・・・・・どうかな」
「きのう院長様にお聞きしたところ、それはできぬと申された。神様が全知全能ならば、なぜ死んだものが生き返らないのですか、ピエール。だって、なんでもできるんでしょう?」
「そうだな」
羽根ペンを完全に置いて、ピエールはようやくからだをマーブルのほうへ向けた。
「俺も実は疑問だった。なぜ完全でなんでもできるのに、答えてはくれないのかって。疑問だった・・・・・・」
「領主様は答えました。神は何でもできるから、それゆえに何も答えないのだと。それは神ご自身が我々のおこないを知っているからであると」
「どうかねぇ。それは問題だ。修道士の俺がこんなコト言う方が問題だろうがさ」
ピエールはマーブルに薬草茶をカップにいれて渡した。
「神を定義するならば、それは『無』だ」
「無?」
「そう、何もない状態だが、実は何かが存在する。『無』とは無意識とか、そう言う意味だよ」
「・・・・・・よくわかりません;」
ピエールはマーブルの頭をわしわしと乱し、
「いいさ。じつのところ俺もよくわからねえや。あははは」
カンテラの炎を消し、ベッドに寝ころんだ。
マーブルは茶を少しずつ飲んでいる。(猫舌;)
「俺が法王になったら、きっと真理を見つけてやる・・・・・・」
マーブルはゴロゴロと喉をならし、茶をテーブルにおくと、ピエールの脇へ寄り添った。
四話め自サイトにアップしたのに、エラーしちゃった
そこでは盗賊に教われるという設定だったけど 汗