↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

猫と、ちょっとだけ不思議な話

NNNにロックオンされました

作者: ぎんか
掲載日:2026/08/27

 通学路の角を曲がると、いつもあの子がいる。


 ブロック塀の上、白と黒のはちわれ猫が、こちらをじっと見ている。挨拶するでもなく、逃げるでもなく、ただ視線だけを寄越してくる。


「今日もいるんだ」


 声をかけても、猫はまばたき一つで応えるだけだった。かれこれ、半年は続いている。


 私、朝比奈まどかは、大学二年生。自他ともに認める、だらしない人間だ。今朝も家を出る直前に鍵を捜し回り、結局定期入れの中から見つかった。財布を落としたことは、この一年で三回。サークルの先輩には「まどかは危なっかしい」と、会うたびに言われている。

 そんな私を、猫はいつも、値踏みするような目で見てくる。


 その日の午後、サークルの飲み会に向かう途中、駅前のロータリーで信号待ちをしていると、視線を感じた。

 植え込みの陰から、見覚えのない茶トラが、じっとこちらを見ていた。通学路の子とは、明らかに違う個体だ。それなのに、寄越してくる視線の質が、どこか似ている。


「……もしかして、あなたも?」


 声をかけると、茶トラは軽く尻尾を揺らしただけで、すぐに植え込みの奥へ姿を消した。


 気のせいだと思おうとした。でも、それから数日のうちに、また別の場所で似たようなことが起きた。バイト先の裏口で、黒猫がじっと私を見ていた。友人の家に遊びに行った帰り道、公園のベンチの下から、灰色の猫が視線だけを追ってきた。

 どの猫も、通学路の子とは違う。それなのに、同じ目をしている。


「まどか、最近、猫に詳しくなった?」


 友人にそう言われて、初めて自分が、あちこちで猫を目で追うようになっていたことに気づいた。


「そういえば、『ねこねこネットワーク』って知ってる? 略してNNN。猫の『猫調査員』が人間を厳選してて、『優良物件』に認定されると、野良猫が派遣されてくるんだって」


 友人は笑いながら、そんな都市伝説を教えてくれた。私も笑って聞き流した。そのときは、まだ。



 週末、駅の反対側にある大学の図書館へ向かっていると、旅行者らしき二人組に声をかけられた。


「すみません、この辺に大きな本屋はありますか?」


 スーツケースを引いた片方が、地図アプリの画面を見せながら尋ねてくる。人当たりのいい笑顔だった。私はスマホを取り出し、道順を調べようとしゃがみこんだ。


 そのとき、視界の端で、もう一人が私の鞄にすっと手を伸ばすのが見えた。


「わっ」


 声を上げるより先に、どこからともなく飛び出してきた猫が、その手の甲に軽く爪を立てた。


「痛っ!」


 小さな悲鳴とともに、二人は顔を見合わせ、そそくさと立ち去っていった。呆気に取られたまま、足元を見ると、通学路の子とも、駅前の茶トラとも違う、三毛猫がこちらを見上げていた。


「ありがとう……あなたも、なの?」


 三毛猫は答えず、するりと路地の奥へ消えていった。



 お盆に入ってすぐの夜、久しぶりに弟の夢を見た。

 高校の制服を着たままの拓海が、縁側でみかんを剥いていた。死んでからもう三年になるのに、夢の中ではいつも、あの日のままだった。


「拓海」


 声をかけると、拓海はいつものように、少し呆れた顔で笑った。


「相変わらず危なっかしいね、ねえちゃん」

「うるさいなあ。分かってるよ、そんなの」


 拓海は剥いたみかんを一房、こちらに差し出しながら、ぽつりと言った。


「ねえちゃんが心配過ぎて、見守りをたのんじゃったよ」

「……誰に?」


 聞き返したけれど、拓海は答えず、ただ笑っているだけだった。

 目が覚めると、枕元がじんわり湿っていた。

 夢から覚めても、しばらく布団の中で拓海の言葉を繰り返していた。「見守りをたのんじゃったよ」――誰に、とは聞けずじまいだった。


 ぼんやりとスマホを眺めていると、三年前の今頃の写真フォルダが目に入った。実家に帰省したときの、拓海と縁側で撮った一枚。何気なくキャプションを読み返して、手が止まった。


「ねえちゃんはほんとに危なっかしいから、猫にでも見張っててもらわないと」


 拓海が笑いながら言っていた冗談を、そのまま自分でメモしていたのだった。当時は聞き流していた。まさか、本当に頼んでいたなんて。

 あの日から見てきた、はちわれも、茶トラも、黒猫も、灰色も、三毛猫も。みんな違う個体なのに、みんな同じ役目を担っていたのだとしたら。

 私、いつの間にか「優良物件」としてロックオンされていたのかもしれない。

 友人が話していたNNNの噂も、まんざら作り話ではないのかもしれない。



 次の日の朝、通学路の角で、いつものはちわれと目が合った。


「ねえ」


 しゃがみこんで、目線を合わせる。


「うちに、来る?」


 はちわれは、少し首を傾げてから、するりと私の腕の中に収まった。まるで、ずっとそうするつもりだったみたいに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。