俺を切って高校デビューしようとしたぼっち女の末路
「じゃあキスするぞ」
「宣言しなくていいから」
そう言うと、十ノ瀬喜咲は俺をにらんだ。
百五十センチにも満たない小柄な女。顔立ちはそこそこ整っているくせに、ちょっと目つきの悪い。そのせいでにらまれると結構怖いのだが……しかも、今俺たちの顔は、ほんの十数センチの距離にある。
今にも張り裂けそうなほどに高鳴る心臓の音は、きっと喜咲にも聞こえている。
手が震えるほど緊張していることもバレている。
そんな俺を、きっとこいつはバカにしているだろう。
なんだってこんなロマンチックさの欠片もない状況でファーストキスをしなきゃならないんだ。
★★★
俺と喜咲は、いわゆるぼっちだ。
教室の端っこが定位置。
一番後ろの窓際……いわゆる主人公席ってわけじゃない。
たとえど真ん中だろうが、教卓の真ん前だろうが、俺たちがいればそこが一番隅っこになるのだ。
昼休みなんかはまさに地獄。
どこにも居場所なんてなくて、教室で弁当を食うことができない。
かと言って便所飯をするほどプライドを捨てているわけでもない。
そんな俺たちが、ほとんど人が通らない階段の踊り場――物置と貸している場所で出会ったのは必然のようなものだった。
空き教室でないってところがポイントだ。空き教室ほど目立つ場所だと、誰かが絶対に来るからな。
ぼっち同士だからって、いきなり意気投合したわけじゃない。
どっちも無口だったから、邪魔にならなかったってだけ。いや、他人との関わり方を知らなかったって言うべきか。
そうして喜咲と一緒に昼休みを過ごすようになったのが中学一年生の秋くらい。
友達って呼べるほど仲が良かったわけではない。
会うのは昼休みだけ。放課後や休日に会ったりすることもない。
長々話したりすることもない。ゲーム機を持って来て同じゲームをやっていれば、会話はなくても時間は潰せる。
まぁ……自分が好きなアニメや漫画を勧める時などは話すこともあった。相手もそれにハマり、会話が弾んだことも少ないわけではなかった。
でもそのくらい。友達ってほどじゃない。
二年生も三年生もそうやって過ぎて行って、いよいよ卒業式が近くなってきた。
受験の結果が出て、喜咲とは同じ高校に進むことになった。でも、同じところに行こうって話し合ったわけじゃない。
自分が中学でぼっちだったことを知られていない、遠くの学校に行こうと思ったら自然とそこになっただけだ。
田舎だから、成績と距離の遠さとを条件に入れたら選択肢は少ないんだ。
高校に入ったら、きっともう喜咲と関わることはないだろう。
誰にも見つからないように学校の端っこで生きていくのはもうやめる。
友達をたくさん作って、カースト上位に入ってやるんだ。
高校デビューってやつをする予定だ。
必死に自分を変えるなんてダサい――って今までは言っていたが、これからはもうそんなことは言わない。
百八十度キャラ変しても笑われないように、わざわざ片道一時間半もかかる学校に行くんだから。
だから、喜咲と関わるのはこれまでだ。
「陽キャになるのには何が必要だと思う?」
ということを喜咲に訊いたのは、中学最後の昼休み。
クラスメイトたちは、担任が自腹で注文してくれたピザを食べながら、最後の時間を楽しんでいる頃だ。
一方俺は、この地味なぼっち女と二人でコンビニの菓子パンを食べる。
最低の最後だが、別にいいさ。
いや、むしろそれがいい。
惨めな最後だからこそ、高校では絶対に変わるんだ――という意思をより強く持てる。お別れムードのせいで、なまじ最後だけうまく行ってしまうよりも、徹頭徹尾ダメな方が良い。
「友達」
喜咲はぼそりとつぶやいた。
「友達を作るにはどうしたらいい?」
「…………」
首を傾げる。
こいつに訊いた俺がバカだった。
喜咲だって俺と同じように高校デビューする予定らしいから、もっと深く考えていると思ったのに。
でも、こんな奴だって相談相手にすれば何かしら情報が得られるかもしれない。
「陽キャにあって陰キャにないもの。あるいはその逆は何だと思う?」
「………………」
しばらく考え、喜咲は言った。
「年齢=彼女・彼氏いない歴、は陽キャじゃないと思う」
なるほど、喜咲もたまには良いこと言う。
たしかに陽キャは恋人がいるイメージだ。
高校生にもなって一度も交際経験がないって言うんじゃ、たしかに陽キャとは言えないだろう。
「高校デビューに向けて、恋人を作っておいた方が良いな」
「できないくせに」
それはそう。
友達も作れない奴が、どうやって彼女なんて作れるだろうか。
いや、待てよ。
ちょうどいいのがそこにいるじゃないか。
「喜咲、俺と付き合わないか?」
「は? バカなの? 別にあんたのこと好きじゃないんだけど」
「俺だってお前のことなんて好きじゃない。でも、喜咲だって高校デビューを目指すんだから、彼氏がいたことあるって経歴はほしいだろ?」
「それはまぁ……」
「だから、ちょうどいいから付き合おう。別にずっととは言わない。春休みの間だけ。入学式の前に別れて、高校からはお互い素知らぬ顔で生活するんだ」
喜咲はしばらく考えた。そして、
「なるほど……たしかに友達も彼氏もいたことないのにいきなり一軍デビューするよりは、こんなんでも彼氏がいたって経歴がある方がいいか」
と、結論を出した。
こんなんでも、って部分は余計だが。
「じゃあ付き合おう。でも本気にならないでね。すぐ別れるから」
「お前こそ本気になるなよ。お前なんて好みじゃないから」
「それでいい。あんた好みの女とか侮辱でしかないから」
という感じで、俺と喜咲は付き合い始めた。
春休みの間、少しは恋人らしいことをした。
これから先の人生では、彼女がいたことあるって言い続けなければいけないのだ。バレないようにするためには、本物っぽい経験を積まなきゃいけない。
一緒に出かけたりもした。
動物園だの、水族館だの、遊園地だの。地元の有名どころはだいたい行った。
そこデートで行ったことある、って言うために中高生向けの定番デートスポットはあらかた抑えた。
お互いの家にも行ってみた。彼女(彼氏)の家に行ったことないとは、まだ見ぬ友達に言えないもんな。
で、そろそろ春休みも終わりに差し掛かった今日。
いよいよ最後の仕上げをすることにした。
キスだ。その先までする勇気はなかったし、そういうのは本当に好きな人のために取っておきたい。
でも、キスくらいは済ませておきたかった。
そんな妥協で、キスをすることになった。
場所は俺の部屋。
★★★
柔らかい唇の感触がした。
こんな奴でも、女子の体ってのは柔らかいらしい。他の女子の体とか知らんけど。
どれくらい唇を触れさせていたらいいのかわからないので、喜咲が離れるまで待とうか。
……………………。
………………。
…………。
……。
長ぇな。
喜咲の鼻息が気になって仕方ない。
ウザいなぁ、なんて思いながらも、なんか離れるのが惜しくて自分からは離れられない。
そのまま何分していただろう?
たぶん五分。
キスする前、最後に時計を見た時は二時五十五分になったばかりだった。三時間毎に鳴る居間の鳩時計の音がして、それに驚いた喜咲が離れたから。
だから、キスしていた時間は五分。
離れる機会を失ってしまったからとはいえ、ちょっと長かったのではないか?
……いや、長くはなかったかもしれない。もうちょっとしていたくなかったと言えばウソになる。
唇を離した後は無言が続いた。
お互いに何を言ったらいいかわからず……お互いに顔を赤面させる時間が続いた。
喜咲の赤面は、最近はずいぶん見慣れてしまった。
そういう体質なのか、それとも人間関係に慣れていないせいなのか、こいつはすぐに顔を赤くする。
動物園で手を繋いでデートした時など、サルの尻よりも顔を赤くさせていた。
「………………それじゃ。これで全部終わりね。さよなら」
長く沈黙の後、喜咲は荷物を持ってそそくさと帰って行った。
引き留めようという気持ちがなかったわけではないが……やめておいた。
引き留めてどうするのだ?
またキスをするのか? 余り物同士でくっ付くのか?
そんなのがイヤだから、中学では距離を縮めなかった。
高校では、それぞれ一軍デビューするのだ。互いの過去を知る相手は、邪魔者でしかない。
ここで終わりでいいのだ。
それじゃ、さよなら……がんばれよ。
それでいいんだ。
★★★
喜咲と付き合っていた(仮)の期間が、俺にどのような変化をもたらしたのか?
その真価が問われるのは、高校に入ってからだ。
しかし、すでに少しはあった。
中学の頃にはできなかった変化を、入学前にすでに実感できた。
髪を染め、ピアスを開け、眼鏡をコンタクトにした。
うちの高校は特に規定がないので、こういうのも許されるらしい。
成績が良く、法律を破らないならうるさく締め付ける必要はないって方針のようだ。
そんな校風であっても、中学までの俺ならここまではできなかっただろう。
できるようになったのは、たとえあんな奴ととはいえ、デートやキスをして、男としての自信を付けたからかもしれない。
「絶対に俺は変わる。高校では人生を変えてやる。なぁ、そうだろ?」
鏡に映るチャラ男みたいな外見の自分にそう語りかけた。
入学初日。
入学前にSNSを始めていて、他の新入生たちに積極的に絡んではいた。ネット上のフレンドはすでにたくさんいる。
だが、リアルで会うのは初めて。
友達なんていたことないのに、うまくできるだろうか?
昇降口前にはクラス分けが書かれた紙が張られていた。俺は三組。他に三組は……喜咲もいるのか。まぁ関わらなければいいか。
緊張しながら教室に入る。
喜咲の姿は見えない。まだ来てないのだろうか?
俺は自分の席を探しながら、SNSをチェックした。
ネット上のフレンドの中に、同じ三組になった奴がいるようだ。そいつのことも探す。
自分の席に座ると、
「よぉ、あんたどこの中学?」
といきなり後ろの奴に話しかけられた。
いつもの癖でキョドりそうになったが、その直前にそいつが持っているスマホの画面が見えた。
アカウント名には見覚えがある。俺のフレンドの一人だ。
「こういう者なんだけど」
と俺が自分のスマホを見せながらアカウントを開示すると、そいつは笑みを浮かべた。
「そっか、お前か~。席が前後なんて運命的だなぁ。よろしく頼むぜ~!」
と背中をバンバンと叩かれた。
こんなこと喜咲にもされたことがないので、かなりビックリした。
でも、きっとこれが普通の高校生のコミュニケーションなのかもしれない。
だから俺も叩き返した。
「痛っ! あははっ、お前加減知らねぇのかよ! あははははっ」
え、力加減間違えた? わかんねぇけど、笑ってるから俺も笑っておこう。
とりあえず、ネットでのやり取りで感じたよりも、実物の方が良い奴そうなので安心した。
ここまでは絶好調だ。
「ところでよ、あっちで話してる女子を見てみろ。そっとな。凝視するなよ」
そいつの視線の先をゆっくり追う。
いかにもカースト上位っぽい女子たちがたむろしている。
怖い。
いや、高校デビューするんだから、臆していてはいけない。
あの人たちと並べるようになって初めて俺の高校生活がスタートするのだ。
「さっき見たけどよ、あの金髪の子、結構かわいいぜ。オレの見立てでは、今のところこのクラスの暫定一位だ」
そのグループに金髪は一人しかいなかった。
最近色を抜いたばかりと思われるド派手な金髪。
初めてやったから、加減を知らずにやりすぎたって感じがしないでもない。
なんでそう思うかって言うと、俺がそうだから。
あの人がこのクラスの女子のトップになるのかな?
じゃあ、あの人と友達になることを目指そう。
「名前は?」
「なんだっけかな? この辺じゃ聞かない名字だったんだよな。数字が入ってたんだけど……四日市だったか八戸だったか」
「ふぅん」
まぁいいか、本人に訊けば。
俺は席を立ち、その人のところに行くことにした。
今日は入学式の日で、さすがの俺もテンションが高い。
みんなもきっと浮かれている。
このタイミングで女子に話しかけられなければ、きっと高校でも話しかけられない。またあの分厚い眼鏡の地味子としか話ができない日々に戻ってしまう。
俺はその人に近づき……どうしたらいいのかわからないので、とりあえず後ろから肩をトントンと叩いた。
「え?」
その人は振り返った。
バッチリ決めたメイクと、たくさん空いた派手なピアス。カラコンまで付けている。
いかにもなギャルだが、どこかこなれていないような印象を受ける。ネットでさんざん知識を得たが、実際にやるのはまだ慣れてないって感じだ。
それでもその人はキレイだった。
メイクのおかげもあるかもしれないが、顔のパーツや配置が俺の好みのように思えた。
というより、妙に安心する顔立ちのように思えた。
「な、なんですか?」
どこか緊張した声でその人は言った。
ギャルにも関わらず、男に慣れていないのだろうか?
「いや、えっと……」
俺も緊張してしまう。
だって仕方ない。異性との会話なんて喜咲としかしたことがない。あいつを異性にカウントしていいのなら、だが。
落ち着け……俺だって一応キスだって経験したことがあるんだぞ。
「クラスに金髪って二人しかいないから、ちょっと親近感が湧いて」
「あ、ああ~、なるほど。たしかにそうですね。髪色自由だから、もっとみんな派手かと思ったら。意外と黒髪多くてなんか浮いちゃってますね」
敬語を使うその人からは、なんか俺と同じ高校デビュー臭がする。
怖くない……かもしれない。
「せっかくだから友達にならない?」
「あ、いいですね」
「俺の名前は――」
「………………え?」
俺が名乗ると、その人は固まった。
フリーズが解けると、今度は顔が真っ赤になった。どこかで見覚えのある赤面具合だ。
その様子を見て、他の一軍候補の女子たちが「おやおや」と騒ぎ出す。
まさかこれだけで惚れさせてしまったのだろうか? チャラ男っぽい外見にしたことで、俺の魅力が覚醒……ってことか?
いや、でもなんか俺の顔も熱くなってる気がするぞ。
相手が好みの顔だからとかじゃなく、もっと本能的な部分の気が……まさか一目惚れ?
「あ、思い出した!」
その時、後ろから声が聞こえてきた。
SNSで見つけたフレンドであるあの男子の声だ。
「四日市でも八戸でもない。十だ、十。十ノ瀬喜咲だ」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
週に2~3本くらい短編を投稿したいと思っていますので、よろしければまたお願いします。
どの方向の作品がウケるかを手探りしながら作っていますので、リアクションボタンやポイントなどでフィードバックをもらえれば助かります。




