第八話:ラスボスは「無敵バリア」を張って詰ませに来る
魔王城の最上階バルコニー。
突然空から降ってきたカケルたちを前に、魔王『ヴェルザード』はワイングラスを投げ捨て、臨戦態勢に入った。
「貴様、何者だ! 結界を破り、我が居城に土足で踏み込むとは!」
カケルは聖剣エクスカリバーを構え、無表情で告げた。
「挨拶はいい。さっさと始めよう」
いきなり斬りかかるカケル。
カンストした攻撃力と最強の聖剣。
本来なら、魔王といえども一撃で沈むはずだ。
だが――。
ガギィィィィンッ!!
甲高い金属音が鳴り響き、カケルの聖剣が弾かれた。
魔王の体には傷一つついていない。
彼の周囲には、虹色に輝く幾何学模様の「壁」が展開されていた。
「フハハハ! 愚か者め! 我には『四元素の絶対障壁』がある! 四天王が守る4つの宝玉を台座に捧げぬ限り、この障壁は絶対に破れぬ!」
その光景を見て、天界の神ナルシウスがガッツポーズをした。
『よォォォォォしッ!! 見たかカケル!!』
『ざまぁみろ! これこそが私の仕掛けた「RTA殺し」のギミックだ!』
神の声が弾む。今までの鬱憤を晴らすかのようなテンションだ。
『その障壁は「物理無効」「魔法無効」「状態異常無効」! ダメージ判定そのものが存在しない!』
『解除するには、貴様がスキップした「四天王」を倒し、世界を回って「宝玉」を集めるしかないのだ!』
『さあ、ここから引き返せ! 1からやり直しだ! 60時間かけてお使いイベントをこなしてこい!! アーッハッハッハッハ!!』
神は絶頂に達していた。
最強の装備があろうと、レベルがカンストしていようと、システム上の「フラグ」が立っていなければボスには勝てない。
これぞRPGの鉄則。絶対の理。
「……」
カケルが攻撃の手を止める。
聖剣を下げ、困ったように首を傾げた。
それを見たセセリアが青ざめる。
「そ、そんな……! 勇者様の攻撃が通じないなんて!」
「やっぱり、四天王を倒さなかったのが間違いだったんじゃ……!」
『そうだ! その通りだセセリアちゃん!』
ナルシウスは画面の前でポップコーンを用意し始めた。
『さあ、絶望しろ! 後悔しろ! そして私の作った美しいストーリーラインに戻るのだ!』
カケルは魔王の周囲に浮かぶ「障壁」を、コンコンと指で叩いた。
「……なるほど。完全に物理判定があるな。オブジェクトとして固定されている」
『当たり前だ! 鉄壁の守りだからな!』
「……よし」
カケルはニヤリと笑った。
「ありがとう魔王。お前がバリアを張ってくれたおかげで、足場ができた」
『は?』
神の笑顔が凍りつく。
カケルは魔王に向かって走った。
そして、攻撃するのではなく、魔王のバリアに体を押し付けながら、高速で視点を回転させた。
「な、何をしている貴様!?」
魔王が困惑する。勇者が自分の周りをグルグルと、気持ち悪い動きで密着しているのだ。
「座標ズレを利用した『バリア抜け』だ」
カケルが呟く。
このゲームの仕様上、「絶対障壁」は魔王を守るための「壁オブジェクト」として処理されている。
しかし、壁があるということは、「壁抜けバグ」の対象になるということだ。
しかも、魔王はバリアの中(内側)にいる。
つまり、バリアをすり抜ければ――
ニュルンッ。
「……へ?」
魔王の声が裏返った。
カケルの体が、虹色の障壁をすり抜け、魔王の体の「内側」へと重なった。
『ちょっ、待て! お前、魔王と重なってるぞ!?』
「座標が重なると、物理エンジンが反発を起こす。……こうなるんだ」
カケルは魔王と重なった状態で、その場でおもいっきりジャンプした。
ガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
凄まじい衝突音が鳴り響く。
「キャラクターA(魔王)」と「キャラクターB」が同じ座標に存在したため、システムがパニックを起こし、互いを弾き飛ばそうとして、1フレームごとに数千回の衝突判定が発生したのだ。
「ぐ、ぎゃああああああああああッ!?」
魔王のHPバーが、まるで溶けるように消滅していく。
攻撃ではない。「存在の拒絶」によるスリップダメージだ。
『やめろォォォォッ!! 私のラスボスが! 内部から破裂しそうだァァァッ!!』
神がポップコーンをばら撒いて絶叫する。
「が……はッ……。ば、馬鹿な……我の……障壁が……あだに……」
魔王は白目を剥き、立ったまま痙攣し、そして――
チュドォォォォォン!!!!
システム処理の限界を超え、爆発四散した。
「……ふぅ。宝玉集め(往復60時間)を、10秒に短縮完了」
カケルは煤けた顔を払い、何事もなかったかのように着地した。
セセリアは、口をあんぐりと開けていたが、すぐにハッとして手を組んだ。
「す、すごいです勇者様……!」
「敵の絶対防御を逆手に取り、懐に飛び込んで『一体化』するなんて……!」
「まさに『肉を切らせて骨を断つ』捨て身の愛の秘技ですね!」
『違う! それはただの物理演算のバグだ!』
神ナルシウスはテーブルに突っ伏した。
『一番いいところだったのに……! 私のぬか喜びを返せ……!』
最強のバリアは、カケルにとってはただの「便利な壁」でしかなかった。
こうして、魔王城の戦いは(バグによって)幕を閉じた――かに見えた。
(第八話・完)




