第三話:絶望の魔狼、3秒で「ポチ」になる
王都を脱出したカケルは、街道を爆走していた。
もちろん、自分の足ではない。
セセリアをお姫様抱っこしたまま、「連打ダッシュ(※特定のステップを高速入力することで、スタミナを消費せずに走る技)」で移動しているのだ。
「す、凄いです勇者様! 馬車より速いなんて!」
腕の中のセセリアは、流れる景色に目を輝かせている。
「それに、こんなに密着して……私のこと、重くないですか?」
「重さは装備重量に含まれない仕様だから問題ない」
「まあ……♡ (つまり『君の重さなんて感じないくらい愛してる』ってことね!)」
会話は噛み合っていないが、二人の仲(?)は順調だった。
だが、それを許さない者が一人。
上空から監視している、管理神ナルシウスだ。
『おのれ……おのれぇぇぇ……!』
ナルシウスは天界でギリギリと歯ぎしりをしていた。
『私の書いた「出会い編」を全カットしおって! ならば、次はこれだ!』
『ここらで「圧倒的な挫折」を味わい、己の無力さを知るがいい!』
神が指を鳴らすと、カケルの前方の空間が裂け、どす黒い雷が走った。
「グルルルルルル……ッ!!」
現れたのは、見上げるごとき巨体を持つ、漆黒の狼。
その身には禍々しい魔力を纏い、一吠えで周囲の木々をなぎ倒す。
伝説の魔獣、『終焉のフェンリル』だ。
セセリアがカケルの腕の中で震え上がる。
「あ、あれは……『終焉のフェンリル』!? 神話級の魔獣です!」
「勇者様、逃げてください! 今の私たちでは絶対に勝てません!」
そう、これはナルシウスが配置した「負けイベント」用のボス。
レベル100相当のステータスを持ち、こちらの攻撃は全て1ダメージ。
本来なら、ここでボコボコにされて敗走し、修行パートへ移行するための「壁」である。
『フハハハ! さあ絶望せよ! このフェンリルは無敵だ!』
『貴様の小賢しいバグ技も、圧倒的暴力の前には無意味……』
「……あー、こいつか」
しかし、カケルは足を止めただけで、全く動じていなかった。
「魔獣図鑑No.405。攻撃判定の発生は遅いが、スーパーアーマー持ちの厄介な雑魚敵だ」
「ざ、雑魚……!?」
セセリアが目を丸くする。
「まともに戦うと5分はかかる(タイムロス)。……よし」
カケルは懐から、道端で拾ったなんの変哲もない「木の棒」を取り出した。
『木の棒だと? 舐めているのか!』
神が嘲笑する中、フェンリルが襲いかかる。
「ガアアアアアッ!!」
巨大な顎が、カケルたちを飲み込もうと迫る。
その瞬間。
「ここだ」
カケルは逃げるどころか、フェンリルの懐に飛び込んだ。
そして、木の棒を振る――のではなく、ものすごい勢いで「捨てる」と「拾う」を繰り返した。
カチャカチャカチャカチャッ!!
カケルの手元が残像になる。
システムログが高速で流れる。
【アイテム『木の棒』を捨てました】
【アイテム『木の棒』を拾いました】
【警告:処理落ちが発生しています】
【警告:敵対敵意数値がオーバーフローしました】
「グルッ……ガッ……!?」
フェンリルの動きがピタリと止まる。
カケルの高速操作が、サーバーに負荷をかけ、フェンリルのAI処理をバグらせたのだ。
さらに、敵対数値が限界突破して一周し、「0(無関心)」どころか「マイナス(服従)」へと書き換わる。
「よし、テイム完了」
カケルが動きを止めると、さっきまで殺意の塊だったフェンリルが、
「クゥ~ン……」
と、甘えた声を出しながら、カケルの足元に腹を見せて転がった。
「ええええええっ!?」
セセリアの絶叫がこだまする。
「あ、あのフェンリルが……お腹を見せてる!? 勇者様、一体何を!?」
「アイテム増殖の応用だ。敵の判定内部でアイテムを出し入れして、所属フラグを書き換えた」
カケルは何食わぬ顔でフェンリルの頭を撫でる(※当たり判定の確認)。
「(難しいことは分からないけど……)」
セセリアは、涙目でカケルを見つめた。
「(暴れる魔獣ですら、勇者様の『包容力』の前では子犬同然になってしまうのね……! なんて器の大きい方!)」
『ば、馬鹿なァァァッ!!』
空から神の悲鳴が聞こえる。
『私の「絶望の象徴」が! なぜ懐いているんだ! 設定上、テイム不可のはずだぞ!!』
カケルは空を無視して、フェンリルの背中にセセリアを乗せた。
「よし、移動手段確保。こいつなら基本移動速度がプレイヤーの2.5倍だ」
「お前、名前は……『ポチ』でいいな」
「ワフッ!」
ポチ(元・終焉のフェンリル)は、嬉しそうに尻尾を振った。
「行くぞポチ。次の目的地まで全速力だ」
カケルもまたがり、手綱を握る。
「きゃっ! は、はい!」
セセリアはポチの背中で、カケルの背中にギュッと抱きついた。
「(お姫様抱っこも良かったけど……これなら、どこまでも一緒に行けるわね!)」
ドゴォォォォンッ!!
ポチが地面を蹴る。
その速度は、カケルの連打ダッシュをも凌駕する、まさに神速。
『待て! 待てと言っているだろう!』
『次は関所イベントがあるんだ! 通行証がないと通れないんだぞ!!』
「ポチ、あの関所の柵、高さ判定が甘いぞ。ジャンプで越えろ」
「ワフッ!」
ビョーン!
巨大な狼が、国境の関所を軽々と飛び越えていく。
『あああああああッ!! 私の世界観がァァァァッ!!』
RTA走者と、勘違い聖女と、バグった魔狼。
最凶のパーティが結成された瞬間だった。
(第三話・完)




