第一話:採用理由は「性格が悪いから」
「ふざけるなッ!!」
高次元空間に存在する『地球管理センター』。
その支部長室で、バンッ! とデスクを叩く音が響き渡った。
そこにいたのは、スーツ姿の中年男性――に見える高位存在、地球担当の管理神だ。
彼は、空中に浮かぶホログラム映像を睨みつけて、青筋を立てていた。
「おい、どうなっている! 第77世界『アース・ガルド』に派遣された神崎湊の魂が、まだ帰ってきていないぞ!」
傍らに控えていた、秘書官(天使)がオドオドと報告書を読み上げる。
「は、はい……。あちらの管理神セレスティーナが消滅した後、どうやらミナト氏は現地に定住する道を選んだようでして……」
「だから! それが困るんだよ!」
地球神は頭を抱えた。
「最近、異世界の田舎神どもが、ウチの地球から勝手に人間を引き抜きすぎなんだ! 『勇者』だの『聖女』だのって、ウチは人材派遣会社じゃないんだぞ!」
「しかも、ミナト君のような『Sランク魂(極めて優秀なイレギュラー)』を、許可なく拉致して、返さないだと? 泥棒かヤツらは!」
地球の人口減少と、優秀な魂の流出。
これは地球神にとって、自身の評価に関わる重大な問題だった。
「舐められたままで終われるか。……報復だ」
地球神の目が、怪しく光った。
「異世界の神どもに思い知らせてやる。『地球人に手を出したら、とんでもないことになる』とな」
「はぁ……。具体的には?」
「見せしめが必要だ。……次のターゲットはどこだ?」
秘書官がリストを操作する。
「直近で、地球への不正アクセス(召喚準備)が確認されているのは……第108世界『エデン・ノヴァ』。管理神はナルシウスです」
「ナルシウスか……」
地球神は顔をしかめた。
「あの『完璧主義』のナルシウスか。自分の作ったストーリーに酔いしれて、勇者に長ったらしい演説を聞かせたり、感動の別れを強要したりする、あの面倒くさい神か」
「はい。現在、新たな勇者を地球から召喚しようとしています」
「よし」
地球神は、ニヤリと笑った。
「ならば、その召喚魔法に『ウイルス』を混ぜてやろう」
「ウイルス……ですか?」
「ああ。ナルシウスが一番嫌がるヤツだ。……『情緒』も『感動』も理解せず、ただ効率だけを求めて、あいつの完璧な脚本をズタズタにする……最悪の『プレイヤー』を送り込んでやる」
地球神は、手元のモニターで「地球の人材データベース」を検索し始めた。
検索条件は――
『性格:最悪』『効率厨』『デバッガー』『RTA走者』。
数億のデータの中から、一人の男がピックアップされた。
「……いたぞ」
画面に映し出されたのは、薄暗い部屋で、死んだような目をしながらゲーム画面に向かう一人の青年だった。
日本、とあるアパートの一室。
「……はい、ここで会話イベント。Aボタン連打じゃ遅い。BボタンとRトリガー同時押しでテキスト送り速度が2フレーム短縮」
相馬 駆。24歳。
彼は、画面の中のRPGの王様が「おお、勇者よ! 世界を救ってくr」と言いかけた瞬間に、会話を強制終了させて部屋から飛び出した。
「よし、城の入り口のポリゴンの隙間に、斜め45度でジャンプ……。壁抜け成功。これで中盤のダンジョンまでショートカット」
彼は、ゲームの物語を楽しんでいなかった。
彼が楽しんでいるのは「攻略」であり、「製作者の意図しない挙動」であり、何より「数字」を縮めることだけだ。
「……あーあ。このゲームも底が見えたな。バグだらけのクソゲーだったわ」
カケルがつまらなそうに呟いた、その時。
『……素晴らしい。実に不愉快なプレイだ』
「ん?」
モニターの電源が落ち、真っ暗な画面に、見知らぬ文字列が浮かんだ。
『君をスカウトしたい。……もっと広いフィールドで、もっと偉そうな製作者(神)が作ったクソゲーを、その手で崩壊させてみないか?』
カケルは眉をひそめた。
「なんだこれ? ウイルスか?」
彼は動じない。キーボードを叩いてログを解析しようとする。
『返事は「イエス」のみだ。……さあ、行こうか。世界記録への挑戦へ』
「は? ……うおっ!?」
カケルの体が、モニターの中へと吸い込まれていく。
普通ならパニックになる場面だ。
だが、カケルの思考は違った。
(……転移イベントか。演出が長いな。スキップできないのか?)
気がつくと、カケルは白い石造りの神殿に立っていた。
目の前には、聖職者のような服を着た老人たちが、涙を流してひれ伏している。
「おお……! 成功じゃ! 異界の勇者様が降臨されたぞ!」
「美しき光と共に……! なんと神々しい!」
カケルは、無表情で周囲を見渡した。
(……グラフィックは綺麗だな。VRか? それとも現実転移系か?)
彼は、自分の体を触り、次にその場で何度かジャンプし、さらに屈伸運動を高速で繰り返した。
「……勇者、様……?」
老人たちが困惑する。
召喚されたばかりの勇者が、無言で高速スクワットをしているのだ。不気味すぎる。
「入力遅延なし。フィジカルの同期も良好」
カケルは呟くと、虚空に向かって話しかけた。
「で? チュートリアルは?」
その問いに答えるように、カケルの肩のあたりに、光の粒子が集まった。
ポンッ! と現れたのは、手のひらサイズの妖精だった。
『初めまして、カケルさん! 私はナビゲーターのパッチです!』
可愛らしい声だが、どこか事務的だ。
『地球の神様からの依頼をお伝えしますね』
カケルの視界に、システムウィンドウが表示される。
【メインクエスト:この世界を「攻略」せよ】
【達成条件:管理神ナルシウスの「メンタル」をへし折ること】
【手段:問わない(バグ、グリッチ、仕様の悪用、すべて許可)】
カケルは、ニヤリと口角を上げた。
「なるほど。……要するに、『クソ運営に嫌がらせをしてこい』ってことか」
『人聞きが悪いですけど、まあそうです! あ、ちなみにこの世界、イベントスキップ機能は実装されていませんので』
「甘いな」
カケルは、神殿の出口――ではなく、壁に向かって歩き出した。
「実装されてないなら、無理やり通すだけだ」
「ゆ、勇者様!? どこへ行かれるのですか! 王様がお待ちですぞ!」
老人たちが慌てて止めようとする。
カケルは振り返りもせず、壁の角に体を押し付けながら、奇妙な足踏みを始めた。
「王様? 会話イベントだろ? ……時間の無駄だ」
ズボッ。
カケルの体が、物理法則を無視して、神殿の壁の中に吸い込まれ――そのまま「壁抜け」して外へと消えた。
「「「はぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
神殿に残された人々が絶叫する。
第108管理世界『エデン・ノヴァ』。
完璧主義の神が作った美しい箱庭に、最悪のウイルス(RTA走者)が放たれた瞬間だった。
(第一話・完)




