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第六話(最終話):地味スキルの英雄と、ただ一つの温もり

 私の意識が途絶えた後、宰相執務室は、静かな戦場と化した。

 クラウディス様は、倒れた私をソファにそっと横たえると、すぐさま衛兵に命令を下した。


「今すぐ、魔道具保管庫から、ガレスが不正に蓄財していた全ての押収品を持ってこい! 一つ残らずだ! 急げ!」


 彼の、普段の冷静さからは想像もできない、鋭い声が響き渡る。


 『同じ魔力パターンを持つ、別の魔石』。私が最後の力で残した、あまりにも曖昧な手がかり。それを、彼は信じた。私の【鑑定】スキルという、不確かな奇跡に、この国の全てを賭けたのだ。


 運び込まれた、おびただしい数の魔道具の山。クラウディス様は、その一つ一つを、自身の知識と、鋭い洞察力だけを頼りに、選別していく。時間は、ない。窓の外の光は、刻一刻と、金色から、血のような赤色へと変わりつつあった。


 その頃、私が倒れたという報せは、王宮内を駆け巡っていた。


 神殿でその報せを聞いた妹のクララは、血の気の引いた顔で、その場に立ち尽くした。「姉は邪悪な魔術で……」と訴えた自分の言葉が、現実となって姉の命を蝕んでいるかのような罪悪感が、彼女を襲う。父と母は、ただ、宰相閣下の寵愛を失うことによる、家の凋落を恐れ、右往左往するばかりだった。


 誰もが、絶望に支配されかけていた、その時。


 クラウディス様の手が、一つの、何の変哲もない指輪の上で、ぴたりと止まった。ガレスが愛人に贈るために隠し持っていた、小さなアメジストの指輪。その石が放つ、微かな魔力の波長が、彼の記憶の奥底にあった、ガレス自身の魔力の癖と、奇妙な一致を見せたのだ。


「……これだ」


 彼は、その指輪だけを掴むと、玉座の間へと疾走した。


 広間の中心に安置された宝剣は、すでに、その偽りの姿を保てずにいた。鞘からは、黒い瘴気が漏れ出し、柄頭の魔石は、心臓のように、禍々しい光を明滅させている。日没は、もう、すぐそこだ。


 クラウディス様は、衛兵たちの制止を振り切り、宝剣へと駆け寄る。そして、私が残した言葉を信じ、アメジストの指輪を、呪いの魔石へと、力いっぱい投げつけた。


 二つの石が、接触した、その瞬間。


 世界から、音が消えた。


 次の瞬間、鼓膜を破るほどの甲高い共鳴音が響き渡り、宝剣から、眩いばかりの光が迸る。黒い瘴気は、その聖なる光に焼かれるようにして霧散し、呪いの中枢であった魔石は、音を立てて砕け散った。


 後に残ったのは、魔力を失い、ただの鉄塊となった剣と、静寂だけだった。


 オルビア公国の、恐るべき陰謀は、完全に阻止されたのだ。


 ◇◇◇


 私が、再び目を覚ました時。


 最初に目に映ったのは、自室の天井ではなく、宰相執務室の、美しい木目の天井だった。そして、私の手を、誰かが固く、固く握りしめている感触。


「……セシリア」


 すぐそばで、私の名前を呼ぶ声がした。


 見ると、クラウディス様が、私のベッドの傍らで、椅子に座ったまま眠ってしまっていた。その顔には、深い疲労の色が浮かんでいたが、私の手を握るその力は、驚くほど強かった。


 私が身じろぎした気配で、彼が、ゆっくりと目を開ける。


 その紫色の瞳に、私が映った瞬間、彼の、あの完璧な氷の仮面が、ぐにゃりと、崩れ落ちた。


「……よかった。本当に……よかった…」


 彼の声は、安堵で震えていた。


「君は、この国を救ったんだ。君こそが、真の英雄だ、セシリア」


 私は、まだぼんやりとする頭で、状況を理解しようとした。


「宝剣は……」

「ああ。君の言う通りになった。全て、君のおかげだ」


 彼は、私の手を、自分の額に押し当てるようにして、深く、息をついた。


 その仕草に、彼の感じていた重圧と、私への深い信頼が、痛いほどに伝わってくる。


 出来損ないと、虐げられ続けた人生。


 地味スキルと、嘲笑された力。


 その全てが、この瞬間に、報われた気がした。


 この日を境に、全てが変わった。


 オルビア公国の陰謀は白日の下に晒され、彼らは、戦争ではなく、莫大な賠償金を支払う道を選んだ。


 私の家族は、自らの行いを恥じ、社交界から姿を消した。妹のクララは、聖女の資格を返上し、北の修道院で、静かに贖罪の日々を送っているという。


 そして、私は。


「宰相補佐官セシリア・アークライトは、国家への多大なる貢献を鑑み、本日より、新たに創設する『王室筆頭鑑定官』の地位を授ける。また、クラウディス・フォン・リーベンクロイツとの婚約を、王家として、正式に認めるものとする」


 国王陛下から授けられた、二つの、あまりにも大きな褒賞。


 私は、隣に立つクラウディス様と、そっと視線を交わした。彼の瞳には、もう氷のような冷たさはなく、私だけに向けられた、温かい光が宿っていた。


 虐げられた出来損ない令嬢の、宮廷改革。


 それは、一人の冷徹な宰相の心を溶かし、やがて、国そのものを救う、大きな奇跡の物語となった。


 これからも、きっと色々なことがあるだろう。


 けれど、この人の隣で、私の『目』が、この国を照らし続ける限り、未来は、きっと、明るい。


 私は、差し出されたクラウディス様の手を、強く、握り返した。


 その手は、私が今まで感じたどんなものよりも、温かくて、そして、何よりも信頼できる、ただ一つの宝物だった。

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設定が面白く、長編で読みたい、と思いました。
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