表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

第五話:嫉妬の讒言と、迫りくる刻限

 妹のクララに、クラウディス様との親密な様子を見られてしまった。その日から、私の周囲には、新たな、そして粘着質な悪意が渦巻き始めた。


「お聞きになりました? 宰相閣下に、色目を使って取り入った、恥知らずな令嬢がいるそうですわ」

「ええ、確か、アークライト子爵家の、出来損ないの方でしたかしら」

「聖女である妹君とは、大違いですこと」


 宮廷の廊下を歩くだけで、そんな囁きが聞こえてくる。クララが、尾ひれをつけ、根も葉もない噂を流しているのだ。彼女にとって、私が脚光を浴びることは、何よりも許しがたい屈辱なのだろう。


 しかし、私には、そんなくだらない嫉妬にかまっている時間はなかった。


 呪われた魔剣の暴走まで、残された時間は、刻一刻と迫っている。


 私とクラウディス様は、宰相執務室に籠り、対策を練っていた。私は、王宮の古文書館から取り寄せた膨大な資料を、片っ端から【鑑定】していく。呪いを解く方法、あるいは、呪力を安全に霧散させるための、古代の儀式。何か、手がかりはないか。


--------------------

・『失われた古代魔法語辞典(第七巻)』

・状態:内容の九割が、後世の創作による偽史。

・価値:なし。焚き付けにでもするべき。

--------------------


--------------------

・『宮廷儀典大全(初版)』

・状態:重要な儀式の項が、意図的に数ページ破り取られている。

・価値:歴史的価値は高いが、現在の目的には不適合。

--------------------


 焦りだけが募り、時間が過ぎていく。連日、スキルを酷使したせいで、私の体力は限界に近づいていた。目の前が、くらくらと揺れる。


「……少し、休め」


 不意に、肩に温かいものがかけられた。見ると、クラウディス様が、彼の執務室に常備しているブランケットを、私の肩にかけてくれていた。


「ですが、時間が……」

「命令だ。君が倒れれば、この国も倒れる。一時間でいい、目を閉じろ」


 彼の、有無を言わせぬ、しかし、心からの気遣いが込められた声に、私は逆らえなかった。ソファに横になると、疲労は限界だったのか、すぐに意識は深い眠りに落ちていった。


 私が目を覚ました時、窓の外は、すでに夕闇に染まっていた。そして、クラウディス様が、険しい顔で一枚の羊皮紙を読んでいた。


「……どうかなさいましたか?」

「君の家族が、動いたようだ。君の妹、クララ嬢が、神殿の最高司祭に、『姉は邪悪な魔術で宰相閣下を誑かしている』と訴え出た。そして、アークライト子爵夫妻が、それを全面的に支持。最高司祭は、君に、正式な『審問会』への出頭を命じた」


 最悪のタイミングだった。審問会に呼び出されれば、丸一日は拘束される。呪いのリミットは、明日の日没。もう、時間がない。


「閣下、わたくしは……」

「行く必要はない」


 クラウディス様は、きっぱりと言い放った。


「これは、俺の問題だ。君を、俺の補佐官に任命したのは、俺なのだから」


 彼は、私を部屋に残すと、一人で国王陛下の元へと向かった。オルビア公国の罠、呪われし魔剣の正体、そして、私の【鑑定】スキルが、この国を救う唯一の鍵であることを、全て打ち明けるために。自らの立場が危うくなる危険を、彼は少しも顧みなかった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。


 執務室に戻ってきた彼の顔には、疲労の色が浮かんでいたが、その瞳には、決意の光が宿っていた。


「陛下は、信じてくださった。審問会は中止だ。そして、我々に、宝剣の無力化に関する、全権限を委ねると」


 私は、安堵の息を漏らした。


 「だが、条件がある」と、彼は続けた。


「明日の日没までに、全てを解決できなければ、陛下は、オルビア公国との全面戦争を決意される、と。そして、その責は、全て我々が負うことになる」


 もはや、後戻りはできない。失敗は、即、戦争と、私たちの破滅を意味する。


 極限のプレッシャーの中、私は、ふと、あることに気づいた。


 あの、偽物の起動キー。犯人の魔力が微かに残留していると、鑑定結果は告げていた。そして、今、私が鑑定している、古代の文献。そこに記されている、呪いを解く儀式には、必ず「術者の魔力と、同質の魔力を持つ触媒」が必要だと書かれている。


「……閣下」


 私の声が、震える。


「……見つけました。あるいは、これが、最後の希望かもしれません」


 私は、衛兵に厳重に保管させていた、あの錆びついた小箱を、取り寄せてもらった。そして、私の、最後の賭けが始まった。


 もし、起動キーを盗んだ魔術師ガレスと、宝剣に偽装を施したオルビア公国の魔術師が、同じ流派、あるいは、同じ師の元で学んだ者同士だったとしたら。彼らの魔力には、僅かな「共通の癖」が残っているはず。


 私は、小箱に手をかざし、私の【鑑定】スキルの全てを、注ぎ込んだ。


 【鑑定】Lv.99。その真の力は、ただ物を見るだけではない。物に宿った、記憶や、魔力の痕跡を、映像として「再生」することさえ、可能なのだ。


 私の脳内に、無数の情報が、嵐のように流れ込んでくる。

 視界が、白く染まる。遠のいていく意識の中で、私は、確かに見た。


 宝剣にかけられた、幻影魔法の、複雑な術式の構造。そして、それを無力化するための、ただ一つの、綻びを。


「……閣下……宝剣の、柄頭にある魔石……それが、呪いの中枢です…ですが、同じ魔力パターンを持つ、別の魔石をぶつければ、共鳴を起こし、内部から崩壊させることが……!」


 それが、私の最後の言葉だった。


 全ての力を使い果たした私は、そのまま、深い闇の中へと、意識を沈めていった。


 残された時間は、あとわずか。国の運命は、私の言葉を信じる、氷の宰相の双肩に、完全に委ねられたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ