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第四話:贈られたる宝剣と、偽りの友好

 宰相補佐官としての日々は、驚くほど濃密だった。


 クラウディス様の執務室は、この国の政治と経済の、まさに心臓部。私の仕事は、彼が目を通す膨大な書類に、事前に優先順位をつけることだった。


--------------------

・『西部辺境伯からの陳情書』

・状態:緊急性は低いが、三ヶ月以内に対応しなければ、隣国との小競り合いに発展する可能性あり。

・価値:要対応。ただし、関連資料に偽装データが混入。

--------------------


 私の【鑑定】スキルは、羊皮紙に書かれた内容の真偽や、隠された意図までも、おぼろげながら読み解くことができた。私は、鑑定結果に基づき、書類に色の違う付箋を貼っていく。赤は最優先、黄色は要注意、青は後回し。


「……君が来てから、仕事の効率が三割は上がった」


 ある日、クラウディス様が、私の貼った付箋を見ながら、ぽつりとそう言った。その声には、紛れもない賞賛の色が乗っていた。私は、頬が熱くなるのを感じながら、「お役に立てて、光栄です」と答えるのが精一杯だった。


 そんな穏やかな日々は、隣国、オルビア公国からの使節団が王都を訪れたことで、終わりを告げた。


「オルビア公国から、友好の証として、我が王家に伝わる『英雄の宝剣』を、国王陛下に献上したい、と」


 クラウディス様は、執務室でその報告書を読み上げると、眉間に深い皺を刻んだ。


「オルビアとは、ここ数年、国境付近の鉱山の所有権を巡って、緊張状態が続いている。そんな彼らが、何の裏もなく、国宝級の宝剣を贈ってくるものか……」


 彼の疑念は、もっともだった。しかし、友好の使者を、疑いだけで無下に追い返すことはできない。下手をすれば、それが開戦の口実になりかねない。


「アークライト嬢」


 クラウディス様が、私を真っ直ぐに見据える。


「明日の謁見の間で、君に、その宝剣を『鑑定』してもらう。誰にも気づかれぬよう、だ。……できるな?」


 それは、とてつもなく困難な任務だった。大勢の貴族や、各国の使節がいる前で、どうやってスキルを使えというのか。けれど、彼の信頼に満ちた瞳に、私は「できません」とは言えなかった。


「……はい。必ず、やり遂げてみせます」


 翌日、王宮の大広間は、華やかな雰囲気に包まれていた。オルビア公国の使節団が、仰々しく飾り立てられた箱を、国王陛下の前に捧げ持つ。


 私は、宰相補佐官として、クラウディス様の斜め後ろに控えていた。ここからでは、宝剣まで距離がある。目を凝らし、神経を、極限まで集中させた。


 使節団長が、高らかに口上を述べる。


「これぞ、我が国に伝わる、古代の英雄が魔王を討ったという伝説の宝剣! 両国の末永い友好の証として、偉大なる陛下に!」


 箱が開けられ、きらびやかな宝剣が姿を現す。精緻な装飾が施された鞘、柄頭には、巨大な魔石が輝いている。広間からは、感嘆のため息が漏れた。


 だが、私の目には、全く違うものが映っていた。


--------------------

・『呪われし魔剣 魂喰らい(偽装状態)』

・状態:表面にかけられた幻影魔法により、聖なる宝剣に見せかけている。柄の魔石は、触れた者の生命力を吸い取るための、呪いの集積回路。

・価値:最悪級の呪物。三日以内に鞘から抜かれなければ、魔石に溜まった呪力が暴走。城内にいる全ての生命体の魂を、無差別に喰らい始める。

--------------------


(なんて、こと……!)


 背筋に、氷のような悪寒が走った。これは、友好の証などではない。王都そのものを破壊するための、恐るべき魔法爆弾だ。彼らは、国王陛下にこの剣を抜かせ、その場で呪い殺すか、あるいは、抜けなかったとしても、三日後には王都を壊滅させる、二段構えの罠を仕掛けていたのだ。


 謁見が終わり、興奮冷めやらぬ貴族たちが、宝剣の周りに集まっている。私は、人混みをかき分け、クラウディス様の元へと急いだ。


「閣下……! ご報告が!」


 私の、ただならぬ様子に、彼の表情が険しくなる。私たちは、人目を避けるように、バルコニーへと向かった。


 私が、鑑定結果を小声で伝えると、クラウディス宰相の顔から、すっと血の気が引いた。


「……そうか。それが、奴らの狙いか」


 彼の紫色の瞳に、激しい怒りの炎が燃え上がる。


「アークライト嬢、よくやった。君がいなければ、我々は、みすみす国を滅ぼされるところだった」


 彼は、私の肩を力強く掴んだ。その手は、わずかに震えていた。


「残された時間は、三日。それまでに、この国を救う手立てを講じるぞ」


 その時、バルコニーの入り口で、息を呑む気配がした。


 振り返ると、そこに立っていたのは、私の妹、クララだった。彼女は、治癒の力を持つ【聖女】として、最近、王宮の神殿に奉仕するようになっていたのだ。


 クララは、私と、私に触れるクラウディス宰相の姿を、信じられないという目で見比べていた。そして、その瞳には、嫉妬と侮蔑の色が、はっきりと浮かんでいた。


「お姉様……? あなたが、どうして宰相閣下と、そのような親しげに……」


 新たな厄災の予感が、私の胸をよぎる。


 けれど、今は、それにかまっている暇はない。


 王都の、そして、この国の運命は、今や、私の【鑑定】スキルと、この冷徹で、誰よりも信頼できる宰相様の手に、委ねられているのだから。

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