表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

第三話:宰相補佐官の、初仕事

 宰相補佐官。


 その辞令が、私の実家であるアークライト子爵家に届けられた時、家族は、信じられないという顔で私を見た。


「セシリアが……宰相閣下の補佐官ですって……?」

「何かの間違いでしょう! そんな大役が務まるはずがありません!」


 母と、妹のクララがヒステリックに叫ぶ。父は、ただ呆然と辞令を見つめている。私は、そんな彼らに一瞥をくれると、王宮から与えられた、新しい制服に袖を通した。もう、妹のお下がりのドレスを着る必要はないのだ。


「……行ってまいります」


 誰に言うでもなく呟き、私は、一度も振り返ることなく、家を出た。背後で、母が何かを叫んでいたが、もう、私の耳には届かなかった。


 私の新たな職場は、宮廷魔術師団のあの古びた塔とは比べ物にならない、王宮の中枢にある、宰相執務室の一角だった。磨き上げられたマホガニーの机、整理整頓された書棚、そして、隣には、膨大な書類を氷のような冷静さで捌いていく、クラウディス宰相その人がいる。


「おはよう、アークライト嬢。早速だが、仕事をしてもらう」


 彼は、挨拶もそこそこに、一枚の羊皮紙を私に差し出した。それは、宮廷魔術師団に所属する、全魔術師の人事ファイルだった。


「君が指摘した、起動キーの盗難事件。犯人は、この中にいる。君のその『目』で、誰が嘘をついているのか、見つけ出してもらう」


 それが、宰相補佐官としての、私の初仕事だった。


 私は、一人ずつ、魔術師たちと面談することになった。もちろん、表向きは「業務内容のヒアリング」という名目で。


「ちっ、なんで俺たちが、あんな地味スキル持ちの小娘に、仕事の説明をしなきゃならんのだ」

「宰相閣下も、何を考えているんだか……」


 魔術師たちの態度は、案の定、非協力的で、侮蔑に満ちていた。しかし、今の私には、彼らの言葉はただの雑音にしか聞こえない。私は、ただ、彼らの持つ杖や、身につけている装飾品に、意識を集中させた。


 そして、何人目かの魔術師と面談した時だった。


 その男、上級魔術師のガレスは、温和な笑顔を浮かべ、私の仕事に理解を示す、数少ない人物だった。


「いやはや、セシリア嬢。君のおかげで、あの豚小屋が片付いて、我々も助かっているよ」


 だが、彼の言葉とは裏腹に、私の【鑑定】スキルは、明確な警告を発していた。彼が腰に下げている、小さな革袋。


--------------------

・『遮蔽の魔術袋』

・状態:内部に強力な認識阻害の魔術が付与されている。特定の魔力パターンを隠蔽する効果あり。

・価値:極めて希少。闇市場で高値で取引される、犯罪者の御用達品。

--------------------


(……見つけた)


 私は、平静を装いながら、会話を続けた。


「ありがとうございます、ガレス様。ところで、その腰の袋は、素敵なデザインですわね」

「ああ、これかい? ただの小物入れだよ。大したものではないさ」


 彼の笑顔が、わずかに引きつる。私は、確信した。


 面談を終え、クラウディス宰相に報告すると、彼は「やはり、君を補佐官にして正解だったな」と、満足げに口元を歪めた。


「ガレス上級魔術師。彼は、長年、宮廷の魔道具を横流しし、私腹を肥やしていたようだ。そして、その不正に気づき始めた部下を、今回、転移魔法の起動キー窃盗の犯人に仕立て上げ、追放しようとしていたらしい」


 全ては、私の鑑定結果と、宰相の持つ情報網によって、裏付けが取れた。


 その日の夕方、何も知らずに執務室で研究を続けていたガレスは、衛兵によって、静かに連行されていった。最後まで、なぜ自分の犯行が露見したのか、理解できないという顔をしていた。


 事件解決の報告を受け、宮廷魔術師団長は、私の前で深々と頭を下げた。


「セシリア嬢……いや、セシリア殿。君の力を、我々は完全に見誤っていた。本当に、申し訳ない……」


 私を嘲笑していた他の魔術師たちも、今や、畏怖と尊敬の眼差しで、遠巻きに私を見ている。


 宰相執務室に戻ると、クラウディス宰相が、珍しく窓の外を眺めていた。


「君のおかげで、また一つ、国の膿を出すことができた」

「わたくしは、自分の仕事をしたまでです」

「……謙遜は、美徳ではないぞ。特に、俺の前ではな」


 彼は、こちらに振り返ると、私の机に、小さな包みを置いた。中に入っていたのは、王都で一番と評判の菓子店の、チョコレートだった。


「……これは?」

「補佐官への、今日の働きに対する、ささやかなボーナスだ。受け取っておけ」


 彼はそう言って、またすぐに仕事に戻ってしまったが、その耳が、ほんのりと赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。


 冷徹な氷の宰相が見せた、不器用な優しさ。


 その甘いチョコレートの味は、虐げられてきた私の乾いた心に、じんわりと、温かく染み渡っていくようだった。


 宮廷の闇を暴く、私の新しい仕事。それは、一筋縄ではいかないことばかりだけれど、この人の隣でなら、どんな困難も乗り越えていける。


 そんな、確かな予感が、私の胸に芽生え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ