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第二話:ゴミ山から見つけた、国家機密

 あの日、若き宰相クラウディス様に「面白い嗅覚だ」と言われたことが、私の心に小さな火を灯した。虐げられ、無価値だと信じ込まされてきた私にも、何かを成せるかもしれない。その日から、私の静かな職場改革は、本格的に始まった。


 まずは、部屋の隅に積まれたガラクタの山。他の魔術師たちは見向きもしないが、私の【鑑定】スキルを通せば、そこは宝の山だった。


--------------------

・『魔力伝導率が著しく低下した銀の燭台』

・状態:芯の部分に長年の魔力カスが凝固。分解清掃により、魔力効率は三倍に向上する。

・価値:修復すれば、王宮の廊下の魔光石を、半年は節約可能。

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--------------------

・『ただの石ころ』

・状態:極めて硬い、ただの石。

・価値:なし。むしろ、誰かがこれにつまずいて転ぶ可能性あり。廃棄推奨。

--------------------


 私は、価値のある魔道具は丁寧に磨き上げ、本当にただのゴミであるものは、容赦なく廃棄用の箱に放り込んでいく。数日も経つと、あの豚小屋のようだった部屋は、見違えるように片付き、機能的な空間へと変わりつつあった。


 しかし、他の魔術師たちの私への態度は、相変わらず冷ややかだった。


「ほう、掃除が得意とは、感心なことだ」

「さすが、取り柄のない地味スキル持ちは、やることが違うな」


 そんな嘲笑が、背後から聞こえてくる。けれど、もう、私の心は揺るがない。彼らには見えない価値が、私には見えているのだから。


 そんなある日、事件は起きた。


 宮廷魔術師団長が、血相を変えて執務室に飛び込んできたのだ。


「大変だ! 来年度の魔術研究予算の最終申請書が見つからん! 締め切りは、明日の朝だぞ!」


 部屋にいる魔術師たちが、一斉に慌てふためき、再び部屋をひっくり返し始める。だが、ただでさえ乱雑な部屋だ。見つかるはずもなかった。


(来年度の予算申請書……?)


 その言葉に、私の脳裏にある記憶が蘇る。確か、最初の日に片付けた資料の山の中に、一枚だけ、インクの質が違うものがあったはず。


 私は、自分が整理した「重要保管」の棚へと向かった。そして、一番上に置いておいた、一冊のファイルを取り出す。


「あの……もしかして、これのことでしょうか?」


 私が差し出した羊皮紙を見て、魔術師団長は目を剥いた。


「こ、これだ! なぜ、お前がこれを……!?」

「先日、片付けた際に、他の書類とは違う気配がいたしましたので、こちらに保管しておりました」


 私の言葉に、今まで私を嘲笑していた魔術師たちが、信じられないという顔で私を見ている。


 まさに、その時だった。


「――騒々しい。何か問題でも起きたのか」


 部屋の入り口に、氷の宰相、クラウディス様が立っていた。彼は、予算申請書を巡る一部始終を、静かに見ていたようだった。


 魔術師団長が、慌てて事情を説明する。クラウディス宰相は、その報告を聞きながらも、その紫色の瞳は、私だけを、じっと見つめていた。


「……君、名前は」

「セシリア・アークライトと申します」

「そうか、アークライト嬢。君の言う『気配』とやらについて、もう少し、詳しく聞かせてもらおうか」


 彼の声には、有無を言わせぬ響きがあった。


 私は、観念して、正直に話すことにした。もちろん、スキルのレベルまでは伏せた上で。


「わたくしのスキルは【鑑定】です。物の価値や状態を、少しだけ、詳しく知ることができます。この部屋には、価値のあるものが、無造作に放置されておりましたので、わたくしなりに、整理させていただきました」


 私の告白に、魔術師たちは「鑑定だと?」「そんなスキルで何が……」とざわめく。


 しかし、クラウディス宰相は、彼らを制するように、手を上げた。そして、部屋の隅に私が積み上げた「廃棄寸前のガラクタ」の中から、一つの錆びついた小箱を手に取った。


「では、アークライト嬢。これは、君の目にはどう映る?」


 試されている。私は、ゴクリと唾を飲んだ。


--------------------

・『王家秘伝の転移魔法陣の起動キー(偽造品)』

・状態:精巧に作られているが、魔力回路が意図的に断絶されている。本物は、一月前に盗難。

・価値:犯人特定に繋がる、最重要証拠品。犯人の魔力が微かに残留。

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「……それは、一月ほど前に、何者かによって『すり替えられた』、偽物の起動キーですわ」


 私は、鑑定結果を、確信を持って告げた。


「そして、本物の起動キーの盗難は、おそらく、この宮廷魔術師団の、内部の者の犯行かと」


 私の言葉に、その場にいた全員が凍り付いた。


 クラウディス宰相の、完璧な無表情が、初めて、驚きに揺らぐ。そして、次の瞬間、その紫色の瞳には、獲物を見つけた狩人のような、鋭い光が宿った。


「……面白い。実に、面白い」


 彼は、私の手から予算申請書を、そして、偽物の起動キーを奪い取るように受け取ると、言った。


「アークライト嬢。君には、明日から、私の直属の補佐官になってもらう。異論は、認めん」


 それは、命令だった。


 地味スキルと蔑まれ、虐げられてきた出来損ない令嬢が、その力を認められ、国で一番の切れ者の懐刀として、宮廷の闇に挑むことになる、全ての始まりだった。


 私の静かな職場改革は、今、この国全体を巻き込む、大きな改革の序章へと、その姿を変えようとしていた。

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