短編「不良少年」
短編です。
嗚呼、もう、疲れてしまった。別に、日々が素晴らしいというわけでもないから。
私は、五年間サラリーマンとして、365日、大きな自然災害がない限り働いている。
夕暮れが、歩道橋からこちらを覗いている。私にとって帰る時間などどうでも良い。家に帰ってからの数時間では、休憩にならない。眠れない。
私は特に、この世にしがらみがあるわけでもないから、もういっそのこと死んでしまおうと考えているところだ。いや、まだ仕事が残っていたか?いやいや、もうそんなことも考えなくていいのである。
ホームセンターに寄った。太めのロープを、買った。椅子は、家にあるから、首を吊るには十分だろう。
買ってしまったが、少し考えるところはある。首を吊るのでは、面白みがない。加えて、苦しい。
意識がなくなり死ぬまでの時間が長いから。
では、手首をナイフで切りつけるのはどうだ?いや、これは..単純に痛い。自らの体を刃物で傷つけるなんて、到底怖くてできたものではない。
薬か。最終的にはこれになるだろう。これなら安楽死ができる。俗に言う、「オーバードーズ」というやつだ。家に帰ったら、ネットで買っておこう。
古臭いマンションの階段をコツコツと登り、自分の部屋の鍵を、カバンから取り出す。それを鍵穴に入れようとすると、「おい」と声をかけられる。声のした方向を見ると、高校生くらいの少年が壁に寄りかかっている。見ない顔だった。
「なんです?」と返した。「あんた...」と言葉をつまらせた少年。私は部屋に入ってしまった。薬が来るまでは、まだ死ねないから、今日の日はすぐに寝てしまった。
翌日、あの歩道橋の下を通って、家に帰ってきた。荷物の運送が遅れているのか、まだ薬は届いていないようだった。だがそのかわりに、昨日の少年が私の部屋の前に、ドアを塞ぐように立っていた。
「ちょっと...面貸せや」少年は私を公園へと誘った。
「なんだい?君は?」疑念を隠せなかった。私が右に。少年が左に、ベンチに二人で腰を掛ける。
「まあ、一本やるよ」彼は私に煙草を差し出した。
「イヤ、私は煙草は吸わないんだ。君だって、吸ってはいけないよ」私は言った。
「なんで吸わない?」煙草に火を点けて問いてきた。
「...肺が黒くなるからね。健康に悪すぎる」
「あんたは...寄りかかるものがないんだね」
「なんだって?」
「酒は?」
「飲まない。飲めない」
「薬は?」
「論外」
「やっぱりそうだ」
「何が?」
「女は?」
「いるように見えるかい?」
「じゃあ男か?」
「馬鹿か」
「趣味は?」
「しつこいな。そんなもの、ありゃしないよ」
「...生きてる意味は?」
「...そんなの...無いさ」
「死にたいのか?」
「...」
「なら、俺が死ぬのを手伝ってやろうか?」
「はあ?」
「だって死にたいんだろ?」
「少年、君は一体何なんだい?」
「何って、ただの不良さ」
「そんなもの、見ればわかるんだよ」
「で、どうなの?死にたくないの?」
「...死にたいよ」
「なんで?」
「なんでも何も...無いよ」
「嫌になったのか?」
「薬を買ったよ」
「答えになってないよ」
「とにかく、死にたいんだ」
「俺が、殺してやろうか?」
「君が殺人犯になってしまうじゃないか」
「いいよ。どうせ俺も、生きてたって意味がない」
「...酒、買いに行くか」
「飲まないんじゃないのか?」
「いいんだ」重い腰を上げる。彼は煙草を足で潰した。
道中、私は少年のいる右側が何故か気になった。コンビニで缶ビール二本と砂肝を買い、街頭がつき始めた公園へ戻る。そして再び、同じベンチへ同じ並びで座った。
「酒がなけりゃ...話せないような気がする」
「別に、話せなんて言ってないぜ」
「そうだね...でも話させてよ」
「ああ、もちろん」
「...もう疲れたんだ、決定的な何かがあったわけではないよ。もう、ここ数年は仕事だけ。娯楽なんて、今この瞬間までしてなかった。カネがないわけじゃない。彼女が欲しいわけでもない。でも何かが私をこの世にとどまらせる」
「だから死ねないんだろ?」
そうだよ。俺は死ねないんだ。黙っていると、少年が口を開いた。
「俺はさ...超能力があるんだよ」
「...え?」
「未来が見える能力」砂肝をつまみながら話した。
「『未来が見える』...?そんな、馬鹿なことを」
「イヤイヤ、マジだよ。あんたの未来は、決して暗いものじゃないよ」
「ハイハイ、そうですか、すごいですね」
「だから、もう少し生きてみなよ?な?」
「ハハハ、その『もう少し』の成れの果てが、私だよ」
「悲しいねェ」
「他人事だな」
「他人だもん」
「じゃあ、なんで私に話しかけたんだい?」
「...なんか、ほっとけない感じだったんだよ」
「余計なお世話だね」
「...あんた、煙草は一度も吸ったことがないのか?」
「ああ、ないよ」
「じゃあ、ほら」そう言ってまた煙草を差し出す。
「イヤ、いらないって言ってるじゃないか」
「ほら、固定観念だよ」
「はあ?」
「どうせ、もうすぐ死ぬんだろう?だったら一度くらいいいじゃないか」
「いや、それでも、私は吸わない」
「...じゃ、持っとけよ。遺品になるよ」
「...だから何なんだ」
「話は戻るけどさ、あんた死なないほうがいいよ」
「さっきとは言ってることが違うじゃないか」
「未来が見えたんだよ」
「どんな未来なんだい?」
「それを言ったら、面白くないだろ」
「もう死ぬと言っているんだ。言ってくれたって構わない」
「イヤ、言わない」
「ああ、そうかい」
私の分のビールを一本飲み干して、砂肝に手を伸ばす。爪楊枝で刺して、食べる。酒は、美味しいものだと、今初めて気づいた。
「少年、その指輪...」ふと、目に入った。
「ああ、これ?大事なもんだよ、彼女からもらったんだ」
「...逆プロポーズか、羨ましい」
「彼女は?今までいたことないのか?」
「愛を知らないから、無い」
「親がいなかったのか?」
「ああ、母が父を殺したんだ」
「...そうか、なんか悪いこと言ったな」
「イヤイヤ、いいんだ」
「...じゃあ、なんでそうなったのか聞いてもいいか?」
「...私が原因なんだ。私が生まれたから、両親の中が悪くなったんだ。私が邪魔で、母は父の左の脇腹を刺して殺した...そう、私は聞いてるよ」
「...」
「私の住んでるマンションは、元は違うマンションで。建て替えられたんだ。両親が住んでいた元の部屋と、同じ部屋に私は今住んでいるんだ」少年が黙ってしまったのも気づかず話してしまう。
「両親の事件がきっかけで、元のマンションは幽霊が出るとされたからね。あと、単純な老朽化が原因で、建て替えられた...」
「私はもう赤ん坊の頃から孤児院に入っていたんだ、ただ親のことを知ってるのは、事件の話と母親の顔だけ」
「私の幼い頃を証明するものは、事件の起きた部屋で見つかった、母親が私を抱いている写真だけ」
一体私は何を言っているのだろうか。
「実際、私が生まれていなければ、両親は、もっと幸せに生きられていただろうに」
「結局生を授かって、このように死にたくなっているのなら、いっそのこと、私は生まれてこなければよかったのに」
「違う」
少年が急に口を開いた。
「そうじゃないんだ」
「何がだい?」
突然立ち上がり、右手は頭を抑え、左手は脇腹を押さえてふらふらと歩き回った。
「い、いったいどうしたんだ...?」
「違う...俺達は〜...」
「え?なんだって?聞こえなかった、もう一度」
街頭の下へ立って、抑えていた手も下ろした。少年の左の脇腹の服の布が、裂けていた。
「違うんだ...」
「だから何が!?」
「俺が悪いんだ...だからそんな事言わないでくれ...」
「少年...さっきから何を...」
「生きてくれ...」
その言葉を少年が口にした途端、街頭が点滅し始め、消えてしまった。
再び街頭がついたときには、少年はもういなかった。
彼のいた形跡に、彼の着けていた指輪が落ちていた。
私は何かを思い出したように、あの写真を見る。
母親と、まだ赤ん坊の私の写っている写真を。
母親の指には、少年の着けていた指輪と同じ物が着いていた。
私は絶句した。言葉など出なかった。ただしそこに確信はなかった。彼は私の父親だったのだろうか。
私はその日、すぐに寝た。次の日、会社をやめた。届いた薬も蕊て捨てた。
拾った少年の指輪を、今は私がはめている。あの煙草も、保管している。
真意などわからない。知ってしまっては立ち直れない。
とにかく生きなければ、父親のようなあの少年に何も言えなくなってしまうから。
私がこれを書こうと思ったのは、「不良少年」を物語に登場させたいなと思ったからです。不良少年のガラの悪さの中に潜んだ優しさを書こうと、はじめは思ったのですが、書いてみると結構ラフな人物になってしまいました。ですが、これもまた一興でしょう。
え?「NOVA」は一ヶ月以上新しい話書かないのに短編は出すのって?
はあ?




