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短編「不良少年」

作者: 原田酒
掲載日:2025/12/13

短編です。

 嗚呼、もう、疲れてしまった。別に、日々が素晴らしいというわけでもないから。

私は、五年間サラリーマンとして、365日、大きな自然災害がない限り働いている。

夕暮れが、歩道橋からこちらを覗いている。私にとって帰る時間などどうでも良い。家に帰ってからの数時間では、休憩にならない。眠れない。


 私は特に、この世にしがらみがあるわけでもないから、もういっそのこと死んでしまおうと考えているところだ。いや、まだ仕事が残っていたか?いやいや、もうそんなことも考えなくていいのである。


 ホームセンターに寄った。太めのロープを、買った。椅子は、家にあるから、首を吊るには十分だろう。

買ってしまったが、少し考えるところはある。首を吊るのでは、面白みがない。加えて、苦しい。

意識がなくなり死ぬまでの時間が長いから。


 では、手首をナイフで切りつけるのはどうだ?いや、これは..単純に痛い。自らの体を刃物で傷つけるなんて、到底怖くてできたものではない。


 薬か。最終的にはこれになるだろう。これなら安楽死ができる。俗に言う、「オーバードーズ」というやつだ。家に帰ったら、ネットで買っておこう。


 古臭いマンションの階段をコツコツと登り、自分の部屋の鍵を、カバンから取り出す。それを鍵穴に入れようとすると、「おい」と声をかけられる。声のした方向を見ると、高校生くらいの少年が壁に寄りかかっている。見ない顔だった。


「なんです?」と返した。「あんた...」と言葉をつまらせた少年。私は部屋に入ってしまった。薬が来るまでは、まだ死ねないから、今日の日はすぐに寝てしまった。


 翌日、あの歩道橋の下を通って、家に帰ってきた。荷物の運送が遅れているのか、まだ薬は届いていないようだった。だがそのかわりに、昨日の少年が私の部屋の前に、ドアを塞ぐように立っていた。


「ちょっと...面貸せや」少年は私を公園へと誘った。


「なんだい?君は?」疑念を隠せなかった。私が右に。少年が左に、ベンチに二人で腰を掛ける。


「まあ、一本やるよ」彼は私に煙草を差し出した。


「イヤ、私は煙草は吸わないんだ。君だって、吸ってはいけないよ」私は言った。


「なんで吸わない?」煙草に火を点けて問いてきた。


「...肺が黒くなるからね。健康に悪すぎる」


「あんたは...寄りかかるものがないんだね」


「なんだって?」


「酒は?」


「飲まない。飲めない」


「薬は?」


「論外」


「やっぱりそうだ」


「何が?」


「女は?」


「いるように見えるかい?」


「じゃあ男か?」


「馬鹿か」


「趣味は?」


「しつこいな。そんなもの、ありゃしないよ」


「...生きてる意味は?」


「...そんなの...無いさ」


「死にたいのか?」


「...」


「なら、俺が死ぬのを手伝ってやろうか?」


「はあ?」


「だって死にたいんだろ?」


「少年、君は一体何なんだい?」


「何って、ただの不良さ」


「そんなもの、見ればわかるんだよ」


「で、どうなの?死にたくないの?」


「...死にたいよ」


「なんで?」


「なんでも何も...無いよ」


「嫌になったのか?」


「薬を買ったよ」


「答えになってないよ」


「とにかく、死にたいんだ」


「俺が、殺してやろうか?」


「君が殺人犯になってしまうじゃないか」


「いいよ。どうせ俺も、生きてたって意味がない」


「...酒、買いに行くか」


「飲まないんじゃないのか?」


「いいんだ」重い腰を上げる。彼は煙草を足で潰した。


 道中、私は少年のいる右側が何故か気になった。コンビニで缶ビール二本と砂肝を買い、街頭がつき始めた公園へ戻る。そして再び、同じベンチへ同じ並びで座った。


「酒がなけりゃ...話せないような気がする」


「別に、話せなんて言ってないぜ」


「そうだね...でも話させてよ」


「ああ、もちろん」


「...もう疲れたんだ、決定的な何かがあったわけではないよ。もう、ここ数年は仕事だけ。娯楽なんて、今この瞬間までしてなかった。カネがないわけじゃない。彼女が欲しいわけでもない。でも何かが私をこの世にとどまらせる」


「だから死ねないんだろ?」


そうだよ。俺は死ねないんだ。黙っていると、少年が口を開いた。


「俺はさ...超能力があるんだよ」


「...え?」


「未来が見える能力」砂肝をつまみながら話した。


「『未来が見える』...?そんな、馬鹿なことを」


「イヤイヤ、マジだよ。あんたの未来は、決して暗いものじゃないよ」


「ハイハイ、そうですか、すごいですね」


「だから、もう少し生きてみなよ?な?」


「ハハハ、その『もう少し』の成れの果てが、私だよ」


「悲しいねェ」


「他人事だな」


「他人だもん」


「じゃあ、なんで私に話しかけたんだい?」


「...なんか、ほっとけない感じだったんだよ」


「余計なお世話だね」


「...あんた、煙草は一度も吸ったことがないのか?」


「ああ、ないよ」


「じゃあ、ほら」そう言ってまた煙草を差し出す。


「イヤ、いらないって言ってるじゃないか」


「ほら、固定観念だよ」


「はあ?」


「どうせ、もうすぐ死ぬんだろう?だったら一度くらいいいじゃないか」


「いや、それでも、私は吸わない」


「...じゃ、持っとけよ。遺品になるよ」


「...だから何なんだ」


「話は戻るけどさ、あんた死なないほうがいいよ」


「さっきとは言ってることが違うじゃないか」


「未来が見えたんだよ」


「どんな未来なんだい?」


「それを言ったら、面白くないだろ」


「もう死ぬと言っているんだ。言ってくれたって構わない」


「イヤ、言わない」


「ああ、そうかい」


 私の分のビールを一本飲み干して、砂肝に手を伸ばす。爪楊枝で刺して、食べる。酒は、美味しいものだと、今初めて気づいた。


「少年、その指輪...」ふと、目に入った。


「ああ、これ?大事なもんだよ、彼女からもらったんだ」


「...逆プロポーズか、羨ましい」


「彼女は?今までいたことないのか?」


「愛を知らないから、無い」


「親がいなかったのか?」


「ああ、母が父を殺したんだ」


「...そうか、なんか悪いこと言ったな」


「イヤイヤ、いいんだ」


「...じゃあ、なんでそうなったのか聞いてもいいか?」


「...私が原因なんだ。私が生まれたから、両親の中が悪くなったんだ。私が邪魔で、母は父の左の脇腹を刺して殺した...そう、私は聞いてるよ」


「...」


「私の住んでるマンションは、元は違うマンションで。建て替えられたんだ。両親が住んでいた元の部屋と、同じ部屋に私は今住んでいるんだ」少年が黙ってしまったのも気づかず話してしまう。


「両親の事件がきっかけで、元のマンションは幽霊が出るとされたからね。あと、単純な老朽化が原因で、建て替えられた...」


「私はもう赤ん坊の頃から孤児院に入っていたんだ、ただ親のことを知ってるのは、事件の話と母親の顔だけ」


「私の幼い頃を証明するものは、事件の起きた部屋で見つかった、母親が私を抱いている写真だけ」


一体私は何を言っているのだろうか。


「実際、私が生まれていなければ、両親は、もっと幸せに生きられていただろうに」


「結局生を授かって、このように死にたくなっているのなら、いっそのこと、私は生まれてこなければよかったのに」


「違う」


少年が急に口を開いた。


「そうじゃないんだ」


「何がだい?」


突然立ち上がり、右手は頭を抑え、左手は脇腹を押さえてふらふらと歩き回った。


「い、いったいどうしたんだ...?」


「違う...俺達は〜...」


「え?なんだって?聞こえなかった、もう一度」


街頭の下へ立って、抑えていた手も下ろした。少年の左の脇腹の服の布が、裂けていた。


「違うんだ...」


「だから何が!?」


「俺が悪いんだ...だからそんな事言わないでくれ...」


「少年...さっきから何を...」


「生きてくれ...」


その言葉を少年が口にした途端、街頭が点滅し始め、消えてしまった。


再び街頭がついたときには、少年はもういなかった。


彼のいた形跡に、彼の着けていた指輪が落ちていた。


私は何かを思い出したように、あの写真を見る。


母親と、まだ赤ん坊の私の写っている写真を。


母親の指には、少年の着けていた指輪と同じ物が着いていた。


私は絶句した。言葉など出なかった。ただしそこに確信はなかった。彼は私の父親だったのだろうか。


私はその日、すぐに寝た。次の日、会社をやめた。届いた薬も蕊て捨てた。


拾った少年の指輪を、今は私がはめている。あの煙草も、保管している。


真意などわからない。知ってしまっては立ち直れない。


とにかく生きなければ、父親のようなあの少年に何も言えなくなってしまうから。

 私がこれを書こうと思ったのは、「不良少年」を物語に登場させたいなと思ったからです。不良少年のガラの悪さの中に潜んだ優しさを書こうと、はじめは思ったのですが、書いてみると結構ラフな人物になってしまいました。ですが、これもまた一興でしょう。


 え?「NOVA」は一ヶ月以上新しい話書かないのに短編は出すのって?


はあ?

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