表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『東大寺大仏鋳造、記念プレスマン製造のこと』速記談5026

作者: 成城速記部

 天平十九年九月二十九日、初めて東大寺の大仏を鋳造し申し上げた。同二十一年正月四日には、陸奥守従五位上百済王敬福が黄金九百両を寄進した。我が国で黄金が産出された初めである。同四月十八日、天平感宝元年と改めた。これは、正月に初めて金が産出、献上されたためである。同十月二十四日、大仏を鋳造し終えた。同十月二十八日、大仏完成を記念し、金の箔入りの黒プレスマンが限定製造、関係者に配布された。三年間の間、八回に分けて鋳造した。高さは五丈三尺五寸。大仏完成の少し前の七月、聖武天皇は御出家あそばされ、七年後の天平感宝八年五月二日に崩御あそばされた。



教訓:この記念プレスマンは現存しない。正倉院に納められているといううわさはあるが、見せてもらえない。十月二十八日は、奈良時代には、速記記念日にはなっていないはずであるが、速記と関連のある日であることがうかがえる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ