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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編まとめ

Eliminator

 日本国東京都近郊、某所。

 天候は薄曇り。周りを見渡すと、立ち並ぶのは背の高い建造物。

 行き交う人々はまばらで、自動車が列をなすのも赤い信号の前だけ。


 現代の日本における、至って普通な日常光景。

 そんな風景の一つである歩道を、彼はただただ無言で歩いていた。


 若くて見積もって二十代前半の男性は、一言でいえば黒い大型犬。

 その容姿はフラットコーテッド・レトリーバーを思わせ、背丈は少なくとも百八十超え。

 ストレートの黒髪はわずかに青を含み、先を見る目は鋭い黒。


 服装もシンプルにモダンな配色で揃え、装飾の少ないジャケットとスラックスは、より落ち着いた大人さを演出している。

 恵まれた体格から来る威圧感、しかし外の影響を受けない黒は無関心の表れ。


 迂闊に触れなければ何もない。

 白と黒を明確にした彼は、ただ進んでいるだけだというのに、人の流れを割っていく。


「よう、ユーセイ。今からどこ行くんだ? メシか? 買い物か? なあ、オレ暇だから着いていっていいかな、いいよな」


 しかし、一人だけいた。


 突如として背後から出現した、身長百七十はある男性。

 格好は黒の男性とは対称的で、言動と同じくファンキーで動きやすさに重点を置いた物。


 そんな彼は騒々しく声を上げつつ、不用心に彼の周りをうろつきはじめる。


 だがユーセイと呼ばれた黒の男性は、騒ぐ相手に口を開くどころか、目も向けず。

 断固として無視の姿勢をとっていくも、構わないとばかりに現れた彼は、言葉を並べ続けた。


「しっかしまだ春なのに暑いよな。ニホンって四季があるんじゃなかったっけ。これじゃあ夏と冬の二季だよ。もうアイスとか食いたくなっちゃってさあ。どうせなら、冷たいもん売ってるところ行こうぜ」


 当然、ユーセイからの反応はない。

 それでも話を続けながら、彼の周りを男性は子犬のように回っていく。


 拒絶と接近。この二つによる平行線は、さながら惑星と衛星の関係性。

 離しても追いかけてくる男性に、ユーセイの表情も、段々と鉄面皮から別の物へと変わっていく。


「スンっ……。あっ、もしかして女の所行ってた? 香水の匂い移ってるよー。花の匂いっぽいけど、何か聞いた? ブランドとか、踏み込んで値段とかさ。いやあ、結構いい感じだから、値段も相当──」

「おい、凛久(りく)


 刹那に飛び出した、右アッパー。

 ユーセイの拳は、凛久(りく)と呼ばれた男性の腹部へ直進する。


 防ぐどころか受け身すらなくめり込んだ攻撃は、彼の持続的な会話を支えていた酸素を全て吐きだし、見事に沈黙させることに成功した。


「ウゼェ……」


 足を止めることなく、一瞥だけで済まされたユーセイの敵意。

 それは腹を抱えてうずくまる凛久(りく)への、明確な蔑みが視線に込められていた。


 だがそれでも諦めない凛久(りく)は、暗い緑の瞳で去ろうとするユーセイの背中を追いかける。


「ゴホッ、ゴホッ! まあ、待てってユーセイ。マジのプライベートだったら、オレが悪かったからさ」

「今すぐ車道に飛び出して死ね」

「取りつく島もねえ。あれ、もしかして珍しくフラれたとか?」


 二度目の衝撃。

 しかし咄嗟に身の守りを固めた凛久(りく)に、痛みが走ることはなく。


 代わりとなって悲鳴を上げたのは、たまたま視界に入ったガードレール。

 加減が一切ないユーセイの蹴り。それによって起きた揺れは、彼の機嫌の悪さを物語っていた。


「迷惑なやつだな」

「迷惑なのはテメェの騒音だ、クソが」


 躊躇いもなく、サムズダウンを向けられる凛久(りく)

 ユーセイの表情に笑みはなく、青筋が立てられるばかりで、一人でいた時のクールさは失われていた。


 足は止まったものの、無視に代わって凛久(りく)を襲うのは、切れるナイフによる敵意の投擲。

 何をしても平行線のままだと悟った彼は、両手を上げることでもうしないと告げ、ため息をつきながら話を変えていく。


「はあ……仕事しに来たんだよ、仕事。これでいいだろ?」

「チッ!」


 なら早くそう言え。

 舌打ちに込められた文句は凛久(りく)の胸へ突き刺さり、再び歩き出したユーセイの背中を追うのに、彼は一歩遅れてしまう。


 横には並ばず、真後ろにつかず。距離が置かれた斜めは、彼らの関係性そのもの。

 他人に程近い立ち位置を維持する二人は、それでも歩く方向は同じく前。


 そこにいる分にはユーセイもとやかく言わず、凛久(りく)もまた詰め寄ることもしない。

 そのまま無言が続くかと思いきや、相手の出方を待っている凛久(りく)に、ユーセイはズボンのポケットから何かを取り出すと、無造作に後ろへ放り投げた。


「ほらよ」

「ちょっ、うわっ! いきなり投げんな、落としたらどうすんだ」

「そしたらテメェが悪い」

「無茶苦茶だなあ」


 宙で弧を描き、どうにか凛久(りく)の手元に収まったのは、小さなUSB。

 ポートが合えば携帯電話でも差しこめるタイプで、二人がよく使っている情報媒体だ。


 それを受け取った凛久(りく)は、流れのままに同じくポケットへしまうと、中身が気になるのか塞いでいた口を開いていく。


「んで、今回会ってきた女性から、貰って来たやつなんだろうけど。どうやった?」

「満足させて寝かしときゃ、何でもできる。いつもの手だろうが」

「……ホント、悪い男だよな」


 同衾した女性が寝ている間に、携帯電話から情報を抜き出す。

 手口も含めて、手錠が涎を垂らすぐらいに黒一色のユーセイの行動だが、凛久(りく)は咎めずにえげつないと心の中で思うだけ。


 極めて悪質な犯罪行為。

 そういえる事を平然と会話に交える二人だが、突然、弾かれるように全く別の方向へと走りだした。


 歩道を起点に左右へ。ユーセイは建物同士の間にできた細道に、凛久(りく)は車の行き交いがある車道に。

 意図も分からず、凛久(りく)に至っては身投げに近い行動だが、そんな二人を見て声を上げる人物たちがいた。


「なっ、あいつら! 俺らに気づいてやがった」

「おい、どうする。どっちを追う」

「バカが、考えるまでもないだろ。あの黒いデカブツに決まってる」


 ユーセイたちから数メートルは離れた位置。

 そこで無関係を装いながら二人を追っていた男性が、三人ほど。


 無線のイヤホンに、骨伝導のマイク。

 それらをつけた彼らは、目を点にしながらも意見を交換していく。


 結論として、走りで追いかけることにしたのは、常識的な動きをしているユーセイの方。

 茶髪を追うのは無理だと、彼らが首を振る凛久(りく)の軌道は、狂気に似た何かがあった。


 それは飛び出した車道で、走る車をそのまま避けつつ反対の歩道まで行く、派手過ぎる初動。

 クラクションなんて意に介さず、驚く歩行者は押し退けて、今この街で最も存在感を示しながら、凛久(りく)は駆け抜けていった。


 彼を無理に追おうとすれば、自分たちもパフォーマンスに巻き込まれる。

 なるべく知られないことが重要だと、互いに言い聞かせながら、彼らはユーセイの背中を逃さないために走りだす。


「人が少ない方へ行ってるな。わざとか、それともただのバカか」

「まあ、良いじゃないか。仕事がしやすくなる」


 大通りは避け、人気の少ない道々を右往左往。


 この状況は好都合か、それとも罠か。

 警戒するに越したことはないが、自分たちに利点がなくなった訳じゃないと、心に余裕を作っていく。


 そうして辿り着いたのは、完全に人の気配が断たれた路地裏。

 大通りと比べたら、異世界に等しいこの場所に着くと、ユーセイは足を止めてゆっくりと振り返った。


「たった三人か」

「強がりなら止せ、ボウズ。大人しく捕まってくれるなら、悪いようにはしねえ」

「なんならどっか行っちまった、もう一人も呼んでくれていいぞ。手間が省ける」

「お前たち、無駄口叩いてんじゃねえよ。コイツはやる気だ」


 ユーセイと比べたら、野暮ったい格好をした男性たち。

 締まりの悪さが多少滲んでいる体型と顔つきから、歳は彼に対して、大きく上と見ていい。


 中年に分類される男が三人。

 こちらが優勢だとばかりに若者へ警告をするも、返されたのは呆れに満ちた言葉だった。


「んで。お前ら、どこの国だ。メリケン野郎……な訳ねえか。大方、日本海の向こうの奴らだな」

「何のことだ。いいから大人しく──」


 追っての男性たちの中で一人、真っ先に食ってかかろうとした人物。

 両腕を大きく広げ、拘束を試みようと彼はするも、叫んだ声は強制的に断絶されてしまう。


 左手によるジャブを、顔面のど真ん中に。

 続けて引き戻された左でフックを放ち、目を塞いだままの顔へ。


 当たったのはわずかに下。掠ったようにもみえるフックは、的確に顎へ効果をもたらしていく。

 一拍。それだけの間隔で次の攻撃へ移ったユーセイは、またも左手を使い、トップスの襟元を掴んで引き寄せた。


 とどめの右ストレート。加減のない一撃が顎に二度目の衝撃を与え、意識を狩る。


 それだけでは足りないと踏んだのか。

 彼は追い打ちとして膝で男性の股間を狙い、声にならない悲鳴を聞いてから、男性を手放した。


「お前らが諜報員だってのはバレバレなんだよ。知らねえのは、お前らの所属だけ。それ踏まえてもう一度聞くぞ。どこの国だ」

「野郎! よくもやりやがったな!」


 続く二人。

 大振りの右ストレートがユーセイの顔に直進するも、頬を掠めるだけに留まってしまう。


 対してユーセイの小振り右は腹へ入り、一瞬の呼吸の停止が隙となって、二激目の左が頬に打ち込まれる。

 よろけて後退。しかし休息など許されるはずもなく、続けて叩き込まれるのは、渾身の力で振られた回し蹴り。


 避ける選択肢を奪われたままの二人目は、抵抗する間もなく頭部に蹴りが入り、ゴンと鈍い音を立てながら地面へと倒れ伏した。


「……大したものだな。どこで習った」

「おい、揃いも揃って病人ばっかかよ。それとも顔の横についてんのは、ただのアクセか?」


 ユーセイが一歩踏み出せば、三人目は一歩下がる。

 距離を保ち、動きを見極めようとする中年だったが、ユーセイの癪に障るのは別のこと。


「質問してんのは俺だ、お前じゃねえ」


 その言葉を皮切りに、両者はそれぞれの行動に移っていく。


 中年は懐に隠した折り畳み式のナイフを取り出し、ユーセイは構わず地面を駆ける。

 威嚇か牽制か。ナイフの先端をユーセイに向けて中年は構えると、いつでも来いとばかりに待ち構えた。


 しかし一度の瞬きが済まされた後、中年の手からナイフが弾き飛ばされてしまう。


「ナイフってのは振るか刺すだろ。ただ向けても、相手は刺さりに来ねえぞ、馬鹿が!」

「くっ……」


 凶器を弾いた勢いで、ユーセイはさらに前進しようとした。

 しかし最後の一人は怯むのも束の間。蹴りを食らって痺れた右手を後ろに回し、左半身を前面に押し出した体勢で、彼を迎え撃つ。


 防御に徹した後ろ向きな構えだが、同時にカウンターを意識した姿勢でもあった。

 迂闊に間合いを詰め過ぎれば、待っているのは体重を乗せた体当たり。


 攻撃の後にできた隙へ打ち込めば、致命的にもなる攻撃であり、ただそれを目的としてるのならば、威力は計り知れない。


 ここは大人しく様子見に回り、相手の時間稼ぎに付き合うか。

 ──という考えは、ユーセイの脳裏によぎるも砕かれてしまう。


「上等だ。捻じ伏せてやる」


 彼が取った選択肢は、片腕だけで守りを固めた上半身への乱打。

 左右のジャブを不規則に、かつ打ち込む個所を広く取ることで、中年の意識を分散しにかかる。


 全体に蓄積していくダメージ。

 捌くにしても片腕だけでは足りず、しびれを切らして体当たりを敢行しても、ユーセイは牽制を重ねているだけなので、躱される可能性の方が高い。


 だが、右手も動くようになってきた。

 一方的に殴られる立場も、これで終わりだ。


 そんな思いから不敵な笑みをこぼす中年は、右のジャブが放たれた瞬間に合わせて左腕を動かし、両者の腕ごと大きく外側へと逸らす。


「──……んなぁ!」

「足、ガラ空きだぞ」


 渾身の力を込めた右の一撃。

 それは加速の半ばで妨害され、殴る勢いのまま、中年は前のめりに倒れ込んでしまう。


 原因はユーセイが密かに仕掛けた、足の小技。

 やったことは何てこともない。ただ動き出した相手の足を、転ぶように蹴っただけ。


 しかし連続のジャブにより、上半身にばかり注目していた中年は、下を守ることに意識が向かなかった。


「最後だ。どこの国だ、テメェ」

「くっ、もう勝った気でいるのか。調子に乗るなよ」


 うつ伏せで地面へと転げた中年。

 そんな相手の背中に、再三の問いかけをユーセイが投げるも、返ってくるのは同じ言語だけ。


 その上、中年の視線の先には飛んでいったナイフがあり、這ってでもそれを拾おうとする彼に、ユーセイは絶句する。

 まだやるのかよと疲れを見せながらも、意識を落とすべく一歩を踏み出したユーセイだったが、違う男性の足が手を伸ばす中年の手を踏みつけた。


「……ぐぅっ!」

「おつかれー、ユーセイ。女の方は確保したってさ。後はコイツらだけ」


 場違いな程に明るい声を上げ、中年の苦痛の叫びすら踏んだのは、まったく別の方向へ駆けていったはずの凛久(りく)

 彼の言葉は空気よりも軽いのか、他の誰も聞いていないからと、ツラツラとポップソングの歌詞のように奏でられていく。


「しかし、あっさりと罠にかかったよね。まあ下っ端ならこんなもんか。美人局から始まる情報流出。有名企業の社員を釣って、情報と資金を本国へ。それがアンタらの仕事だったんだろうけど……」


 喋る合間も足の力は緩めず、むしろ語り口は罪人に向けた罪状読み上げのそれ。


 これまで、お前たちはこんなことをしてきたんだよな。

 それに対して弁明も釈明も聞く耳はあるが、ただそれだけだ。


 既にお前たちの処罰は決まっている。

 そんな含みが影を作る凛久(りく)の言葉は、断頭台のような刃となって、中年の首に落ちていった。


「調子に乗りすぎたね。自分たちの小遣い稼ぎまで始めちゃ、目立つに決まってる。だから逆に釣られるんだよ、オレたちみたいなのに」


 凛久(りく)が奏でた旋律が終わるとほぼ同時に、彼が来た道と同じ方向から、作業服を着た複数の人物が、中年たちを取り囲む。

 彼らは言葉少なく、そして瞬く間に制圧された三人の捕縛を進めていった。


 一人につき三人以上。

 確実に逃がさない意思を見せつける彼らの横で、ユーセイはやっと終わったと深い息を吐いていく。


 そんな彼に近づくのは、やはり口が閉じない凛久(りく)だった。


「いやあ、やっぱり罠側はキツイね、ユーセイ。てか、こうなるなら携帯からデータ抜く必要あった? あっ、尋問用か。ユーセイと別れた後に消してるかもしれないから、バックアップにも──」

「くたばれッ!」


 凛久(りく)の声に終わりはなく、一度始まったら止まらない。

 そう思えた彼の口は、明確な敵意が乗せられたユーセイのハイキックによって、無理矢理閉じられた。


「ちょっ、もう殴る相手いないだろ!」

「まだいるじゃねえか、テメェがよぉ。ここで会ったが百年目だ。あそこで伸びてる奴らにやられた体で、病院に送ってやる」

「まてまてまて。……ああ、もう。みんな、助けてくれぇ!」


 ユーセイの動きに慣れているのか、寸でのところで躱しいなす凛久(りく)は、そのまま周りで作業している人たちへ助けを求めていく。


 しかし彼らの反応は十人十色。

 どうすると顔を見合わせる人もいれば、合掌と手を合わせる人もいる。

 しまいには、またやってるよとため息をつく者もいて、張り詰めていた緊張の糸の中に、緩んだ笑みが混ざっていく。


 彼らが属するのは、日本警察庁非公式諜報員対策課。

 ──通称、ヤライ。


 神話における神逐(かんやらい)を名札につづった、非公式かつ非合法な組織が行う仕事は、国中に潜む諜報員(スパイ)狩り。


 国を害する者は追放を。

 そんな御旗を掲げる組織で、佐藤(さとう)結生(ゆうせい)睦月(むつき)凛久(りく)は今日も好きに生きているのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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お手数おかけしますが、よろしくお願いします。

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流れるような戦闘描写(*ノ・ω・)ノワクワク♫
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