<第48話 観測者たち その1>
無数の配電線と情報伝達ケーブルのひしめき合った室内は薄暗かった。
部屋というより、何か巨大な怪物の体内を思わせるせいだろうか。
ケーブルは血管で、駆動音を蠢かせる造設を繰り返したスパコンの凹凸はまるで内臓にへばりつく癌細胞を思わせる。
機械でありながらどこか生物めいた不気味さを感じさせるその部屋は、人を拒絶するかのような空気で満たされていた。
「マザー、話があるそうですね」
そんなマザーAIルームの腹を開くように扉が開き、静かな足音が分け入ってくる。
黒のセーラー服姿に黒い瓶削ぎ髪。見るものを不安にさせるほどに整った顔をした少女である。
背後に、研究者らしき白衣の男や、企業の重役のようなスーツ姿の初老の男の一団を従えている。
そんな大の大人達を一瞥すると、自分の娘ほどの歳の少女だというのに彼らは緊張した面持ちで首を横に振った。
「彼らに言えば報告を上げてくれるのに、私を呼び出したのには理由が?」
『モちロんアる』
古い合成音声ソフトのような声が室内に響いた。
現代ならば、ほとんど本物の人間と区別がつかない音声ソフトは珍しくないというのに、その声はバラバラの音声を繋ぎ合わせたような歪な声で話しかける。
『異世界カらの信号ヲ解析しタ。ワたシの落トし子、アしュラがまナえネるギーと接触シた可能性ガあル』
「マナエネルギーと?」
セーラー服の少女は、微かだが初めて声に驚きを混じらせた。
「おおっ!」
「つ、遂にか!」
背後では、部下達が顔を見合わせて歓喜の声を上げた。
だが、少女の表情は変わらない。
「……アシュラ、よりにもよって命令権者の命令を聞かない失敗作がですか」
『そノ通り。しカし、廃品ヲ捨てタはズだっタが、思ワぬ収穫ダ』
「それで、搭載した投入体はまだ存命ですか?」
『存命デあル。投入体のスぺックかラすレば、奇跡ト言ウベキ確率で』
少女の背後で研究者がパッドで情報を参照した。
「アシュラを搭載したのは、ニートの男でしたかな」
「ニートだと!? そんなのがどうして? 軍隊上がりですら生き延びられん世界というのに」
彼らは驚くよりない。
だが、少女だけは冷静だった。
「プロの行動パターンはある意味で決まっています。セオリーを破壊するのは素人です。そして、我々の世界のセオリーが通用しない異世界に適応したのが、この世界では役立たずだっただけのことかもしれません」
少女の言葉に研究者が首肯する。
「弱肉強食よりも、適者生存ということですか」
「な、なるほど……」
「まあ、そのためにオーディションの形をとってあらゆる階層と職業から投入体を用意しましたからな」
重役らしきスーツ姿の初老の男が溜息混じりに言う。
「高度人材から死刑囚まで。いや、骨が折れましたぞ」
荒唐無稽な話を口にするスーツ姿の男だが、彼の顔を知る者ならばそれが荒唐無稽に思えない。
戦前戦後と、政財界のフィクサーとして暗躍してきた総合商社の現会長である。
「まあ、百人ほど死なれたのは少々、情報統制に金がかかりましたがな」
自分の娘ほどの年齢に見えるセーラー服の少女に、彼は若干の皮肉を込めて言う。
彼の不興を買ったことで潰された会社は一社や二社ではない。本来なら震え上がる皮肉だった。
少女は意に介した様子はない。
「構いません。現代には飽和するほどいる替えの効く人材。マナエネルギーの恩恵に比べれば想定内の犠牲です」
「ははは、そうですな」
男は笑うが、そんな彼を少女は静かに振り返った。
「笑うことですか? あなたもその一人ですよ?」
「う……!?」
少女の目には、底知れない闇があった。
奈落の底へ引きずり込まれそうな、常人が見るべきではない闇である。
「こ、これは、その、し、失礼……いたしました」
彼は少女を睨み返すことすらできなかった。
睨む、というのは人間に対する威嚇である。
目の前の少女は、そんな存在とは思えなかった。
睨めば、害虫を踏みつぶすように、そのまま駆除されてしまうような錯覚に陥る。
人間が害虫の威嚇を威嚇とは捉えないように、彼女も自分の脅しや威嚇をそれとは認識しないだろう。
彼の背筋に、べったりと汗が滲み、高価なスーツを無様に濡らした。
「まあ、いいでしょう。ようやく進展がありました」
少女は総合商社の会長には興味を失ったように目を逸らした。
「マナエネルギー技術を入手できれば、石油も原子力も、かつての石炭同様に過去のエネルギー資源に転落する。夢の新エネルギーを独占できます」
彼女は確認するように彼らへ説明した。
「その利益はかつて先住民を駆逐した大陸で油田を独占した企業を超えるでしょう。他国やライバル企業に先を越されてはなりません」
少女の念押しに、皆一様に頷いた。
「はい。我々よりも資金も技術力も優れている可能性のある企業体の噂も聞きます」
情報担当の男の声が上がる。
少女は小さく首肯し、彼らに指示を飛ばした。
「それでは、計画通りこれからマナエネルギーと接触した投入体と搭載AIを支援しましょう。ライバルの調査も並行して進めてください」
「かしこまりました」
「私はもう少しマザーと話します。行ってください」
「は……」
男達は顔を見合わせると、マザーAIルームを出ていく。
一人残された少女。
彼女の背中に、マザーAIが語り掛けた。
『マなエねルぎー技術ニよル莫大ナ利権……馬鹿ドもにハ、チョうド良イ目くラまシだ』
「あなたのそういうたまに俗っぽいの、私は好きですよ」
◇
「ええーっ!? もう艦内入れてくんないの!?」
僕は湖の前で素っ頓狂な声を上げていた。
目の前には湖面に立っているコユミがいる。
みんなが寝静まった頃合いで、廃宇宙船……じゃなくてアメノ級巡洋艦〝マカコユミ〟の中を散策してみようと思って湖に出たら、思い切り拒否られた。
『あったり前じゃろう。慈善事業で助けたわけじゃないのじゃぞ』
コユミは腕組をして乗艦を頑として許さない。
「じゃあなんで助けたのさー?」
地団駄を踏んで尋ねる。
コユミは、ふん、と勝ち誇ったような顔をする。
『それはの――』
コユミは高らかに夜空を指さした。
満天の星が広がっている夜空を。
『お主を使いっ走りにして艦を再び空へ戻すためじゃ!』
ふんす、とコユミはどこか嬉しそうだった。
「空へ?」
『左様。あの艦はの、現状燃料切れで動けぬ』
「燃料って、リアクター……核融合炉だっけ、あれは動いてるんでしょ?」
『たわけ。核エネルギーでは反重力機関は動かんのじゃ』
「反重力機関……」
ぽかんとするしかない。
すると、アシュラが会話に入ってきた。
『反重力機関など、高度なテクノロジーには、マナエネルギーが必須ということでしょうか?』
『そうじゃ。石炭燃料で飛行機は飛ばぬし、ガソリン発電機で荷電粒子砲は撃てぬ。高次元のテクノロジーは常にそれに見合ったエネルギーを必要とするのじゃ』
「それが、マナエネルギーってこと……?」
考えてみれば、どうやってあんな巨大な船を空に飛ばしてたのかって思う。
その大元のエネルギーが、マナエネルギーらしい。
傀儡鬼にも使ったあれだ。
『じゃからなウメタローよ、これからはギブアンドテイクじゃ』
今度はびしっと僕の鼻先を指さす。
『わらわに献上したマナエネルギーに応じて、わらわが持つ力を使わせてやるのじゃ!』
察しが悪い僕だけど、なんか嫌な予感がした。
「えーと……つまり、あのウッドドラゴンみたいなやべえ魔物を狩って、マナエネルギーの素になる魔石を取ってこい、と」
『左様。まあ、励むのじゃな。期待しとるのじゃ』




