<第45話 めでたしに近い何か その1>
「て、鉄鱗の奴らみんな逃げてった!」
ツァスが飛び跳ねて喜び、ソリルに振り返って叫んだ。
「勝ったんだ! 勝ったんだよソリル!」
「ああ、そのようだ、な……」
尻尾が狼なのに犬みたいにばっさばっさと左右に振れている。感極まると狼でも尻尾は振るんだね。
(あれ? なんでツァス達は催涙ガスの影響受けてないんだろ?)
『ネルグイが風の魔法を使ってガスを遠ざけていたようです』
(ああ、なるほど)
ツァスは僕が傀儡鬼でずしんずしんやってくるのを迎えてくれる。
「ウメタロー! 凄いや何だそのゴーレム! どうやって手に入れたんだ!?」
ここだけ見ると、やっぱり子供らしい素直で元気な男の娘……いや男の子なんだなあ。
「あー、これは話すとちょっと長くて……」
目を輝かせてこちらを見上げるツァスに、どう説明したもんかと思っていたその時だった。
がくん!
傀儡鬼が地面にいきなり両膝を突き、両腕もだらんと脱力してしまった。
「うおお!? なんだなんだ?」
『マナエネルギー切れじゃな』
コユミの声が脳内に響く。
同時に、緊急脱出なのか、背中が開くと僕は機外へと排出された。
よたよたと傀儡鬼の背中から這い降りる。
「うえ、なんかウメタロー、ぬるぬるしてるぞ……」
ツァスは出てきた僕の姿に、さっきまでの歓喜が嘘みたいに引いている。
『本来は専用のパイロットスーツを着るもんじゃからな』
(だ、だろうね……)
得体のしれない粘液まみれのスウェット上下は洗濯が面倒そうだった。
「っ! そいつ」
が、そんな僕の姿にはすぐに関心を失い、ツァスの目が鋭くなった。
その視線の先には、傀儡鬼が首根っこ掴んで引きずってきたもの。
そう、ビンタ食らって失神しているレアオン王子が地面に転がっていた。
あ、どうしよう。騒がれないようにしたら結果的に連れてきちゃったんだよな。
そんなことを考え終わりもしない内に、ツァスは黒いナイフを抜くとレアオン王子にずんずん近寄り、金掛けてそうな綺麗な髪を無遠慮に鷲掴みにした。
こりゃまずいと僕が慌てた時には、ツァスは刃をレアオンの首に当て、搔っ切ろうとしている。
「ツァス、止せ!」
僕より先に彼を止めたのはソリルだった。
鋭い声が矢のようにツァスの刃を弾いた。
ソリルはぐっと辛そうに身を起こし、立ち上がりながら言う。
「そいつは貴重な捕虜だ。生かしておいた方が得だ」
「でもっ……! こいつのせいで、みんなっ!」
村を焼かれたツァスからすれば、許し難い相手なようだった。
「ツァス、オレたちは一族を再興するんだ」
よろよろと歩き、落ちていた自分の槍を拾うソリル。
「奴らに捕まったり売り飛ばされた同胞がいるかもしれない。散り散りになった仲間もいるかもしれない。彼らの居場所を作ってやるために、ここで村を作るんだ」
ソリルは槍の穂先を敵陣に向けた。
「そのためには安全と金が要る。鉄鱗にとってそいつは大事な存在だ。生かしておけばどちらも手に入るんだ。一時の感情で命を奪ってはいけない」
「くっ……」
ツァスはようやくレアオンの髪を手放した。
「分かったよ……ソリルが、そこまで言うなら」
それを見て改めて僕はソリルに感激した。
「さ、さすがソリルだよ! そうだよ、復讐は何も生まないよね!」
「は?」
ソリルはきょとんとした顔でこちらを見た。
「誰が復讐しないなんて言った?」
「え?」
どうも様子がおかしい。
ソリルは少し思案すると、レアオンの使い道を冷静に提案した。
「手始めに耳を削いで矢であいつらに打ち込もう。退かねば次は鼻だ。最後は心臓を送るぞといえば有利な交渉ができるはずだ」
ぶっ飛び過ぎてる上に、しれっと言ったのがまた怖い内容だった。
僕は顔面蒼白になる。
「指を一本ずつ切り落としてもええんではないかのう?」
「名案だ。こちらの要求を聞かない毎に一本ずつ切って送ろう」
ネルグイも付け加え、ソリルも賛同している。
誰も冗談で言っている様子はない。
『価値観や交戦規定を同じくしていない勢力同士の戦争は概してこういうものです。交渉に必須なのは誰にでも伝わる〝恐怖〟となるためです』
(いやいやいや! レアオン王子、このままじゃホラー映画どころじゃないことになっちゃうよ!?)
僕が連れてきちゃっただけに、そのせいでどえらいことになったら最悪だ。
「あ、あ、そうだ! エルネスティーネ、彼女にも同じことするっての!?」
焦った僕は、事の成り行きを見守っている騎士の美少女を指さす。
味方が敗走したことや、何よりソリルに治癒魔法を付きっ切りでかけたせいか、少しぐったりした様子だった。
「ソリルのこと助けてくれたじゃないか!?」
「敵であることに変わりない」
「ソリル……」
エルネスティーネが悲しそうな目をした。
その目を、ソリルもじっと見つめる。
「一つ、聞かせてくれ、エルネス」
「何をですの?」
「父上を殺したのはお前か?」
村を焼かれた時、エルネスティーネはソリルのお父さんの死体の前にいたんだっけ。
それがどうしてなのか、知りたいみたいだった。
「私じゃありませんわ……あの天幕に、私が投降の説得に駆け込んだ時にはもうああなっていましたの。私が知っているのは、それだけ。後で王国軍の中に犯人がいないか探したけれど、誰もやっていないと口を揃えていましたわ」
「う、嘘だよソリル! 死にたくないから苦し紛れに嘘ついてるんだ!」
「……いや」
ソリルは首を横に振った。
「エルネスはオレ達に嘘を暴く秘術である〝精霊の審判〟があることを知っている。嘘はつかないだろう」
確かそれって、僕が人狼族の言葉がしゃべれるようになった時に尋問に使おうとした術だっけ。
あれのことを知ってるなら、どの道白状させられるし嘘はつかないってことか。
「で、答えを聞いたところでどうしますの? 辺境伯の娘は王太子殿下より、人質としては価値が低いですけど」
「随分と殊勝だな」
ソリルの言う通り、エルネスティーネは疲労以外にも、どこか諦めきっているように見えた。
「ええ……私の力では、何も変えられませんでしたわ。そこの英雄のようにはいかなかった」
エルネスティーネは僕を見た。
男装の美少女に見つめられて、なんだかどきっとしてしまう。
「何者かは知らないけれど」
「あ、僕、梅太郎っていいます。初めまして」
英雄とは思えない素な自己紹介をする。
「オレも、自分の力では何も変えられなかった。誰も守れず、ウメタローがいなければここまで来る事もできなかったろう」
え、嘘、そんなに僕のこと信頼してくれてたの。
照れちゃうなあ。
そう言いたいけど、真剣な目をしているソリルにそんな調子で言ったら槍でどつかれそうなので堪える。
ややあって、ソリルは結論を出した。
「……エルネス。お前は奴隷にする」
「ど、奴隷っ!?」
僕はまたひっくり返りそうになる。
奴隷って、たとえ話じゃなくて本当の意味で聞くことになるとは思わなかった。
「そうだ。自らを買い戻せるまで部族のためにお前は働く。それなら……」
ソリルはエルネスティーネに手を差し出した。
「それなら、好きでもない男と結婚することもないだろう」
「あ……」
エルネスがはっとした顔をした。
そして、差し出された手をそっと握る。
「そうですわね……そういうことになりますわ」
「ああ。これからがんばってもらうぞ。奴隷騎士エルネスティーネ」
二人の間に、静かな絆が見て取れた。
ああ、なんて美しい二人なんだろう。合間に挟まりたくなっちゃうよ。
「う、うぅ……」
「あ、王子さま目が覚めた?」
すっかり蚊帳の外だった王子様が呻くと、頭を振って起き上がった。




