<第39話 盗んだ魔石で走り出す その2>
(あんた誰さいきなり人の脳に直接話しかけてきてさあ!)
僕の頭の中、いきなり直接話しかけてくるヤツ多すぎ問題である。
インターホンくらい押して欲しい。
『我が名はアメノマカ・コユミ。コユミと呼ぶがよいぞ』
聞き慣れない名前だけど、どこか和風な響きのする名を少女の声は名乗った。
『しかしお主、こういう時に即答できんとは駄目な奴じゃの。ここはビシっと〝欲しいに決まってる!〟と答えるのが男気というものじゃろうに』
女の子の声……コユミは呆れてる。
しかも少女のように若い声の癖に口調がなんだか年より臭い。
『ドラウプニル干渉端末の電波探知機能へ暗号化した電波を入れ込み、脳内で再生されるように細工しているようです』
アシュラが何やら小難しい理屈を説明するけど今大事なのはそんなこっちゃない。
『左様じゃ。だいぶ手こずったぞ』
『……つまり、相当に高度な技術でこちらの通話に割り込んでいるのです。危険なため、排除すべきでしょう』
『ほーう? ここでわらわの声を切ったところでこの状況を打破できるアテはあるのかえ?』
『では質問しますが、あなたがこの状況を打破して何のメリットがあるのです?』
アシュラが僕の代わりに質問してくれた。
そうだ、言われてみればこんな世界、この状況でタダで助けてくれる人がいるわきゃない。
『くふふ、あるのう。大ありじゃ』
コユミは意味深に笑った。
『なにせ、五千年ぶりにわらわの姿を見た者と出会えたのじゃから』
◇
「ぜぇ……ぜぇ……」
吐血して戦闘能力を喪失しているソリルに、拳闘尼僧の手がぬっと伸びた。
「あが……」
銀色の髪の毛を掴み、そのまま持ち上げる。
「質問に答えればあそこの仲間の命は助けましょう」
ソリルの顔を自分の目線まで持ち上げ、血のように赤い瞳の尼僧は尋ねた。
「他の人狼族の残党の有無、いるなら何人いてどこへ逃げた?」
そんな希望のある生き残りなど心当たりはなかった。
それに、もし知っていたとしても教えるはずがない。
この尼僧の提案なぞそもそも最初から嘘に違いない。素直に答えたところでツァス達も助からないだろう。
「ぺっ!」
ソリルは答えとして地反吐を彼女の顔へ吐いた。
「誇り高いのは結構。その誇りと共に死ぬと良い」
エヴリーヌは激昂した様子もなく、表情を変えずにそう宣告した。
その時だった。
「っぱぁああああああああ!!」
男の気が触れたような声が響き渡る。
「何事」
さすがのエヴリーヌもそちらを見やった。
すると、灰色の奇妙な服を着た不健康そうな青白い肌をした男が脱兎のごとく走っていくのが見える。
人狼族の中に人間がいたので奇妙に思ってはいた。
石を持ち上げて投げてくるという奇妙な魔法を使うので注意はしていたが、脅威に感じなかったのはこの人狼族の女戦士のような殺気を一切放っていなかったからだ。戦意喪失した敵兵は戦場では後回しだ。
「逃げたようだな、貴様の仲間」
女戦士にそう言うと、初めて彼女が落胆したような表情を見せた。
「……ウメタロー」
ソリルはツァス達を置いて、彼が一人で逃げたことに失望していた。
しかし、それを責めることはできない。
元はといえばウメタローは部外者だ。
こんな土壇場で、人狼族のために戦えというのが酷な話なのだ。
「ウメタロー、あ、あいつ〝魔石〟まで持って逃げてるじゃないか!」
呆然としていたツァスが更に非難の声を上げている。
梅太郎は破壊された家屋へ一目散へ走ると、そこからウッドドラゴン三匹分の〝魔石〟を探し出すとそれを抱えて逃走していた。
魔石は商人に売れば金になるという話をしたためだろう。
一人で逃げるなら、金目のものがあった方が良いに決まっている。
ソリルは覚悟していたとはいえ、梅太郎の最後の身勝手な様子を見て落胆するしかない。
「神に背いた者の末路とは哀れなもの」
エヴリーヌはもはや終焉を迎えた者達を見るように言った。
「その通りだ。哀れさは良い宣伝になる。殺してもらっては困るな」
彼女が面倒そうに声がした後ろを振り返る。
そこには、エヴリーヌが破壊した門をまるで自分が打ち破ったかのように堂々と入場してくる、白馬に乗った王子がいた。
「レアオン殿下……」
エヴリーヌに払われて落馬していたエルネスティーナが、これまで内心では疎んじていた彼を、救世主のように見上げる。
「戦利品が要るのだ。遠征軍は人狼族を見事打ち破り、その頭領たる戦士を生け捕りにした、とね。彼らは城へ持ち帰って民の前に晒す必要がある」
「……それは素晴らしい。深謀遠慮、感服いたします」
横やりを入れられ、エヴリーヌは何か言いたげだったが、ここは引き下がることにしたようだった。
王子の背後に控える、王都騎士団と魔法騎士団という最精鋭部隊の武力に盾突こうとは、さすがの彼女も思わなかったらしい。
事実上、手柄の全てをレアオンが横取りしたようなこの振る舞いも気に入らない様子だったが、彼女は掴み上げていたソリルから手を放した。
「がはっ……」
力なく地面に倒れ伏すソリルに、落馬して泥だらけのエルネスティーナが駆け寄る。
「ソリル! ソリル、しっかり!」
エルネスティーナはそっと彼女の傷ついた腹部に両手を当てると、静かに呪文を詠唱した。
「我が身に宿りし、光の欠片、其れは我が唯一の命の煌きなり、幾億の命救いし慈悲をもち、この者の傷を癒したまえーー」
ぽうっと彼女の両手から淡い緑色の光が漏れ出た。
それは治癒魔法の光だった。
瀕死のソリルを助命すべく、エルネスティーナは額に汗を滲ませながら必死に詠唱を続ける。
「いい……エルネス……」
そんなエルネスティーナの努力を、ソリルは止めようとする。
「死なせてくれ……このまま生き恥を晒すくらいなら……」
「何を言ってるの!? 生き恥でも生きていることに勝る勝利なんてありませんわ!」
そんな二人のやりとりを、興味なさそうに冷ややかにエヴリーヌが見つめている。
「青春ごっこに付き合っている暇はありません」
そして彼女が見つめた先。
そこには湖に横たわる廃宇宙船があった。
「エヴリーヌ様」
彼女の周囲に、部下の尼僧らが集結する。
「よろしい。本懐を遂げる時です」
背後ではツァスたちが王国兵に捕らえられていた。
そんな喧噪には目もくれず、エヴリーヌは廃宇宙船へ向かおうとする。
「ん……?」
しかし、エヴリーヌが初めて動揺を見せた。
廃宇宙船の側面。
さっき見た時は閉じていたはずの扉が開き、折り畳み式の舷梯が湖面へと降りていたのだ。
「誰か乗り込んだのか……?」
そう疑念を呟いた時だった。
ごぼごぼごぼ、と湖面に気泡が浮かび始める。
そして、それは最後に凄まじい水柱を上げて日光を反射させ、戦場に似つかわしくない虹を形作った。
次いで、水柱の中から何か奇妙な物体が空高く舞い上がる。
「な、なんだっ!?」
その爆音に、エヴリーヌ達だけでなく、レアオンや王国兵までもが異変に気付く。
はっとしたのは、治癒魔法中のエルネスティーナと、ソリルもそうだ。
空は誰もが見上げられる。
空へ飛び上がった物体は、そこまでは良かったものの、まるでハエが慌てふためいているような、変な軌跡を描いてぶんぶんと空を激しく飛び回ったかと思うと、エヴリーヌ達の眼前へと墜落した。
「のわぁっ!?」
墜落の衝撃と土埃が辺りを覆い、尼僧達も兵士らも思わず後退った。
ぷしゅー
墜落した物体は、頭から地面に突き刺さっていた。
頭から、というように、それは人型をしている。
だが、単なる人型ではない。
ずぼっ!
じたばたしながら地面から脱出し、立ち上がった人型の物体。
「きょ、巨人……巨人だっ!?」
「古代遺跡の魔物か!?」
兵士らが騒ぎだす。
目の前に現れたその物体は、身の丈4mは超える、まるで巨人のような姿をしていた。
体表は金属の鎧で固められ、目はヘルムバイザーの奥に複数あるように赤く蠢いている。
明らかに尋常の存在ではない。
彼らにはそれをゴーレム、巨人といった形容をするかしかない。
だが、科学文明を知る者から見れば、もう一つ形容する言葉があった。
〝パワード・スーツ〟と。




