<第35話 天使が来りて笛を吹く その1>
ゴブリンの襲来から二日が経過。
あの夜以来、姿を見せなくなった。
攻め落とせないと諦めて逃げたのか、機をうかがってまだ周辺に潜伏しているのかは分からない。
しかも、ここ二日は拠点周辺は濃い霧に覆われて見通しが悪くなっていた。
『クレーターの中という地形もあって定期的にこうして湿度が閉じ込められて霧が発生する条件になるのでしょう』
なるほどなあ。
とはいえ、準備するに越したことはない。
僕は城壁周辺の強化に乗り出すことにした。
「やっぱり城っていえばお堀だよね」
前回のゴブリンは梯子を掛けたり協力して乗り越えたりという知能や協調性がないからなんとかなったけど、単に壁があるだけじゃあ突破されそうな危うさがあった。
そこで僕は今度は外周沿いに門以外には人の背丈ほどはある掘を作ることにした。
マンパワーがなければ数週間かかる重労働の作業だけど、僕のチートがあれば2日でなんとかなった。
重力干渉能力で鋭い形をした岩を回転させ、掘削ドリルの代わりにして掘り進めた。
ドリル代わりの石はしょっちゅう摩耗したり割れたりするけど、所詮は石なんで交換すればいい。原価ゼロだし、別に精密な作業に使うわけじゃないからね。
「こんだけ準備すればもうゴブリンは恐れる必要はないでしょ」
我ながら結構立派になった感がある。
掘削して発生した土砂は壁の反対側に盛り土にすることで更に敵の動きを鈍らせるし、そこを乗り越えたら更にお堀が待っている。
高低差ができたことで城壁は更に高く感じられるようになった。
『ゴブリンに関してはそうですが』
「え? ゴブリン以外が来るわけ?」
『一応、レーダーや集音、空気密度の変化などで探知してはいますが、ただの野生動物か敵なのか分からない例は拠点周辺でいくつも発見しているんです』
「でかいか数が多い相手以外はそりゃあ分かんないか」
ウサギやキツネ相手にいちいち臨戦態勢取るわけにもいかない。
「でも、それがどうしたっていうの?」
『気がかりになる反応が昨日あったんです』
「気がかり?」
『はい。野生動物にしては、動きがおかしかったので』
「つまりどゆこと?」
『動きにある種の規則性があり――」
アシュラは懸念を示す。
「つまり、軍の斥候のような動きをしている小さな反応がありました』
「気にし過ぎじゃないの? こんな〝災いの大地〟の奥地までどうして人間が来るのさ」
『それはその通りですが、ソリル達と出会ったのもそもそもが王国軍が追撃戦をしていたからです。それに類する再度攻撃がないとは言い切れないのでは』
「う、それもそうか」
人間ならこの堀を埋めて梯子かけて攻撃してくるかもだし、そう考えると怖いな。
改めて、人間の怖さは「攻略方法を考えてくる」という点なんだな。
「でもまあ来たとしてもソリル達を襲った時みたいに騎兵が三十や四十ならまだ戦いようはあるよ。馬じゃこの堀も壁も乗り越えられないし門も破れない」
自分で作っただけあってそこは自信があった。実際、ゴブリン相手では鉄壁だったんだしさ。
霧の中でドヤ顔をする。別に誰も見てないけど。
トタン…トタン……
そんなことをアシュラと門の前で話していると、霧の中から聞き慣れない音が聞こえた。
この世界に来てからというもの、森にずっといるもんだから文明の音と自然の音の違いが妙に際立って分かるようになっていた。
「ん?」
耳を澄ます。
トタン トタン トタンタン タン
少しずつ鮮明に聞こえてくる。たぶん、近づいてきてる。
「太鼓の音?」
音楽や楽器に詳しくない僕だけど、それくらいは分かった。
でも、こんな〝災いの大地〟のど真ん中で楽器?
そう思った時、日が高くなってきたのもあるのか、次第に霧が薄れ始めた。
僕は晴れていく霧の向こうを目を凝らしてじっと観察する。
「あ……あ……」
そして、霧が晴れ、そこに現れた光景に絶句するしかない。
草原に現れたもの。
それは――
「ぐ、軍隊だっ!?」
戦旗を立て、隊列を組み、鼓笛隊の統率でゆっくりと接近してくる人馬の群れ。
ゴブリンの群れの比じゃない。組織化された軍勢の圧倒的な姿が目の前に広がっていた。
「あわわわ!?」
僕は腰を抜かしそうになりながら、開けっ放しだった門から中へ入る。
そして、重力干渉能力を使って門を締め、閂を掛けて蹴破られないようにする。
背中で門を抑えるように、はあはあと心臓をバクバクさせる。
こうしちゃいられない!
「み、みんな大変だぁー!」
◇
「全軍停止」
白馬の上でレアオンがさっと手を挙げて命じると、伝令が全軍へ伝わり前線が停止する。
「驚いたね。こんな森の中に砦と巨大機械遺跡とは」
彼は先行させていた斥候隊が持ち帰った情報に半信半疑でいたが、それが本当だったと知ってさすがに意外な様子だった。
斥候隊は当初、本来進む予定の方角ではない峻険な丘の向こうで発光現象を夜中に見たといい、不審に思いそちらへ進路を変更していた。
命令通りに動かなかった斥候隊の指揮官を当初は叱責したものの、結局は間違いではなかったようだ。
「まあいい。攻城戦の用意だ」
「御意」
部下に差し当たりの指示を飛ばすと、背後にいる辺境伯名代に声を掛ける。
「で、これをどう見る? エルネス」
「砦については人狼族の砦ではないように見えます。彼らはこの手の砦を作りません。狩猟採集民であるため拠点を防衛する感覚が薄く、彼らなら動きつつの奇襲戦法を取るかと思います」
エルネスティーナの分析は従来の人狼族の行動を考慮すれば別段的外れではなかった。
「ふむ……一瞬だけ見えた門を閉じた男も人狼族ではなかったようだしね」
レアオンは思案顔になった。
「では、誰がこんな砦をこんな場所に建設したのか……ここまでの砦、十人や二十人では作れまい」
壊滅状態にある人狼族、それも築城の文化がない彼らは選択肢から外れている。
砦の規模を見れば、内部には50から100名ほどはいると見るのが自然だった。それなりの組織力がなければこの城壁と土まで盛られた堀など作れない。
「それは邪教徒どもの仕業ではないでしょうか?」
「エヴリーヌ殿?」
レアオンが馬上で振り返る。
そこには、騎乗していないにも関わらず威圧感のある体躯の拳闘尼僧が恭しく控えていた。
「あの特級機械遺物を守るように作られているのがよい証拠です」
エヴリーヌの目には、砦の向こうにある泉に身を横たえる廃宇宙船が捉えられていた。
高い城壁の向こうにあるというのに、その巨大さゆえに船体の上半分は平原からでも見えている。
エヴリーヌの深紅の目に、暗い執念のようなものが宿っていた。
「滅するべき機械遺物を守り、しかも自身の利益のために利用せんとする背教者がいるに違いありません」
彼女の拳に力が入る。
今の彼女の手の中にクルミが握られていたなら、容易く粉々になっているだろう。
「何と不道徳な。何と恥知らずな。何という堕落か」
彼女の首筋と頬にまで、力が入るあまり血管が浮き出ている。
それほどまでに、あの廃宇宙船の姿は彼女に怒りを抱かせていた。
「神敵必罰……! 滅するべきでしょう」




