<第29話 色んな覗き見>
ちゃぷん、と音がするのが聞こえる。
一糸まとわぬ姿となったソリルが湯に足を入れた音だ。
「あふう……」
熱い吐息と共に、湯舟がじゃぶっと揺れた。
あのスーパーモデル級の身長に、鍛えられ無駄のない見事なプロポーションが今まさに、熱い湯の中で瑞々しく褐色の肌と銀色の髪を輝かせているはずだった。
「ほう、確かになんだか、湯に全身を入れると不思議な感じがする」
「それは良かった」
でも、ちょっと生返事な僕。
「はぁ〜 これは、良い、かも……」
頬を上気させて目をとろんとさせている……かもしれないソリル。
「ところでさ、ソリル」
「なんだ?」
僕はダメ元で聞いてみる。
「目隠し、外していい?」
「駄目だ」
即答された。
「人狼族の女は自分が見せても良いと信頼した男にしか肌は見せない」
「うう……僕は信頼してないんだ」
「ウメタローの目には煩悩が見えた」
野生の勘でお見通しのようだった。
「煩悩があるならあるで正直に言えば目隠しはなかったのにな。オレは嘘は嫌いだ」
「くうう……ち、ちくしょう……ちくしょう……」
目隠しの下で血の涙を流しそうなほどに悔しがる。
『嘘つくの下手なのに、やましいことはないなんて嘘つくから見破られるんですよ』
アシュラは冷静に呆れていた。
(いいやまだだ。まだ終わっていない)
この時ばかりは僕は諦めが悪かった。
(アシュラ、音波探知とかレーダー探知、熱源探知などを駆使してなんとか彼女の姿を投影できないかな?)
『その根性をどうして勉強や就職に向けられなかったんでしょうね』
(できるかできないのかを聞いてるんだ! イエスかノーか!?)
『……やってみましょう』
アシュラは、こんなしょうもない利用方法のために搭載されている機能じゃないんだぞと言わんばかりに不承不承の様子だった。
ややあって、ソナーによって彼女の輪郭が浮かびあがり、レーダーによって細かい凹凸が細分化される。
赤外線探知で、彼女の体のどこが熱を持っているのかも見えてきた。
が、それはあくまでデータを重ねた上で組み上がった色気も何もないCG素体みたいな姿だった。
なんていうか、昔見た映画でエイリアンがジャングルで襲う獲物を観察している時の赤外線映像みたいだ。
1mmもセクシーじゃない。
(CG人形じゃなくてもうちょいリアルな映像っぽくできんのかね!?)
『まあ、AI着色や補完をして現実に寄せて再現することもできますが、やりますか?』
(オフコース!)
そんなやりとりを脳内でしていると、ソリルが訝しんできた。
「……何を企んでいるのか知らんが、不純な心を感じるぞ」
「え!? は、はは、やだな、そんなわけないじゃない」
そんなわけあった。
「こっちじゃなくて湖の方を向け」
「ええ!? 目隠ししてるしいいじゃない!」
「駄目だ。なんで見えないのにそこまでこだわる?」
ソリルの声が低く警戒するような感じになった。
頭の中で「警戒度99.9%」というアラームが鳴り響く。
「あ、あっち向いてます……」
しぶしぶ、湖の方、つまり廃宇宙船を見上げるはめになった。
『AI着色と補完が完了しました。レーダー・赤外線探知映像もかなり高精度な映像にできたと思います』
(そーだねー、さっきまで実際に見てた湖とか廃宇宙船はすっげえリアルになってるよ)
そんなものを見るためにエフェクトかけたわけじゃないよ。
何が楽しいんだ、こんな朽ち果てた廃船見上げて……
と、そう思った時だった。
「あれ……?」
クリアになった視界内。本来は人間の目には見えていないはずの映像。
そこに、違和感があった。
思わず、二度見する。
(誰かいる……!?)
間違いない。
星灯りに照らされる廃宇宙船の上、荷電粒子砲の高い方の砲塔の砲身。
そこに、誰かが腰かけていた。
ツァスでもネルグイでもない。
(女の子だ……)
そんなわけなかった。
こんな〝災いの大地〟のど真ん中に、女の子がいるわけない。
でも、映像の中には確かにいた。
荷電粒子砲の砲身の上に腰掛け、こちらを頬杖しながら見下ろしている。
両脚をぷらぷらとさせ、まるで楽しい遊びの輪の中に入れてもらえないことが不満そうな小さな女の子。
歳の頃は10歳前後か、もっと幼いかもしれない。
淡い紫色の長いツインテール、灰色の瞳、透き通るような白い肌。
肩を出した着物風の白い服を纏い、足袋と雪駄のようなものを履いている。
和風に見えるけど、和風とも少し違う。どこかデジタルな紋様が入っていて、デザインもどこか無機質なサイバーパンクを思わせる。
星灯りに照らされ、まるで夜空に透けて溶け込んでしまうかのように、存在そのものに現実感がない。
そんな少女が砲の上にいた。
(こ、これ赤外線とかレーダーの情報をAIで補正したもんだし、何かのバグかな?)
最初はそう思った。
しかし
「ーーー!」
僕が見ていることに、彼女が気付いた。
彼女も目を丸くして驚いた表情を浮かべる。
まるで、人間には見えるはずがないと思っていたかのように。
「ウメタロー、君が言う通り確かにこれは心の回復に繋がりそうだな。これがいつでも入れるなら他の皆にも――」
「そ、ソリルっ! あそこに誰かいる!」
ばしゃあっとお湯を波打たせて後退る。
なんだか、幽霊を目撃したみたいな気分だった。
「おい、目隠ししてるのに見えるなんて何の冗談だ?」
「ち、違うんだ! 見えてないんだけど見えてて……ほらあそこ! 廃宇宙船の上!」
僕は必死に指出す。
「は、はあ? 誰もいないじゃないか?」
「え!? 嘘!? マジで!?」
いよいよ幽霊じみてきた。
僕は慌てて目隠しを外して宇宙船の上を見る。
確かにいない。
「まさか肉眼じゃ見えないのか……!?」
「おい、ウメタロー」
ソリルが低い声で僕の名を呼ぶ。
僕はその声の意味よりも、分かって欲しくて思わず振り返った。
「う、嘘じゃないって! ほんとにいたんだ!」
「あ」
ソリルの気の抜けた声。
そして、沈黙。
「わ、やっぱりすごいナイスバデー」
ややあって僕はとりあえず、欲求に忠実にそんなことを口走った。
「誰が目隠しを取って良いと言ったっ!」
かこぉん、と今日作ったばかりの風呂桶が鼻っ柱に直撃。
色んな意味の鼻血を流しながら僕は湯舟にひっくり返った。




