<第20話 灰から新天地へ>
そこまで話し終えた頃には、もう辺りは暗くなり、焚火の淡い光がソリルの頬を静かに撫でていた。
――と、ソリルが突然、押し黙る。
「ソ、ソリル? いいんだよ、辛いならもう……」
辛い話のピークといった様子だっただけに、僕は慌てて彼女に声を掛けたが、彼女はそんな繊細な理由で黙ったわけではなかった。
「シッ! 静かに……」
彼女はさっと立ち上がり、焚火に砂を掛けて火を消す。
一度消すと火つけには手間がかかるので、これはただごとじゃないのは僕にも分かった。
「食糧と荷物を持ってここを離れる。急げ」
「ど、どうしたの突然?」
わけが分からないでいると、アシュラが補足してくれた。
『微かにですが収音に異変を感知しました。赤外線を相手が感知できると危険なのでパッシヴで更に探知しましたが、初日に遭遇したあのドラゴンに似た危険生物がこちらへ接近しつつあります。距離1000m。崖から現れたので探知が遅れました』
「えっ!? あのドラゴンまた来たの!?」
僕が岩でシバいて追い払ったバケモンだ。
ソリルの部族も王国の騎士団を見境なく殺戮するやべえヤツ。
まだ諦めてなかったんだ。
「……どうして分かる、ウメタロー? オレも微かな気配だけで姿までは分からないのに」
ソリルが荷物を纏めながら感心してくれた。
アシュラに教えてもらっただけとは言えないので誤魔化す。
「え、えーと、あいつの気配っていうのかな、そういうのがちらっとしたんだよね、今」
「ほう、記憶を失う前は意外と猟師か戦士だったのかもしれないな、ウメタローは」
しかしツァスがいまいち納得していない様子で僕を見る。
「ホントかよ、適当言ってるんじゃあ……」
その時だった。
ギュオオオオウ……
あの怪物の唸り声が聞こえた。
恨みみたいなものを含んだ、なんともいえない不気味な声だ。
「ホントだった……」
ツァスが顔面蒼白になる。
「急げ、ヤツの方は風上だ。まだヤツもこちらをハッキリとは気付けてない」
僕は荷造りした大荷物を重力干渉能力で重さを軽減して背負った。
今回は食糧も一緒だった。
「夜通し歩くぞ」
「うへえ」
「ウメタロー、死にたくなければ、オレのケツを見失うな。男はそういうのが好きなんだろう?」
好きだけど、あけっぴろげに言われるとコメントに困る。
豪快な女戦士だけど、あんな悲惨な経験をしても諦めない彼女なら、確かについていけば生き残れそうな気がした。
・
・・
・・・
夜通しの行軍は無言で続いた。
いつまたあのドラゴンが顔を出すか分からないし、下手すりゃ前回のオークみたいな奴らの縄張りに迷い込むかもしれない。
そんな不安の中で無言でいるのは結構怖い。
「ね、ねえソリル、一つだけ聞いていい?」
「なんだ、しゃべるなと言っただろう、一つだけだぞ」
「これってさ、そもそもどこへ向かって旅してるわけ? あてが何かあるの?」
「そんなものはない」
ニートの僕ですら、その無計画さに呆然とした。
脚を止めた僕を疲れたと思ったのか、ソリルもいったん小休止しようと足を止めた。
そこは森が途切れた険しい丘陵の一角だった。その岩場の上に立ち、眼下に広がる景色を見る。
僕らが燻製作りをしていた川辺は、もう遥か彼方だった。ずいぶんと登ってきたものだった。
「ウメタロー、聞いてくれ」
彼女が振り返る。
月明りに照らされた狼の目を光らせて僕に言う。
「村を焼かれ故郷の縄張りを失ったオレ達に行くあてはない。あるとすれば、前人未踏の〝災いの大地〟の更なる奥地だ」
前人未踏。
長くこの〝災いの大地〟で暮らしてきた人狼族ですら足を踏み入れたことのないところってことか。
「つまり……〝新天地〟を探してるってこと?」
「そうだ。新たな拠点を作るのに理想的な土地を見つけたら、そこで部族を建て直す」
正直、無謀としか言いようがない計画だった。
ソリルが言うんでなければ、放って逃げてしまいたくなるような話だ。
「苦しい戦いになる。ウメタローは記憶を探さないといけないのに、巻き込んでしまったな。すまない」
「い、いいんだよ、そんなの。僕だって行くあてなかったしさ」
こんな時でも謝るべきところは謝る彼女を、話に出てきたエルネスティーネという人も好きだったんだろうな。
もちろん、僕もそんな彼女が人間的に好きになってきていた。
(なあ、アシュラ)
僕は少し思案してから、アシュラに尋ねた。
『なんですか?』
(僕が力になれば、彼らを再興させてやることはできるかな?)
『悪くない可能性です。そうすれば梅太郎の生存性も向上する』
(そんな打算でやるわけじゃないよ。僕を必要としてくれる人達の最たるものじゃん、あの人達)
『……そうですね。あなたがオーディションで言ったとされる〝誰かの必要とされたい〟にも合致します』
(オーディションを受けてから先の記憶がないのも、戻るのかな)
『異世界転生の後遺症は長引きます。記憶障害も時間が経ったり、フラッシュバックするように取り戻していけるでしょう』
流れに任せてここまで来てしまったけど、僕はようやくこの世界で何をするか決められたような気がする。
(ソリル……)
月明りに照らされた気高き銀髪の狼を見上げる。
(親友と殺し合いになるって、どんな気持ちか想像もつかないな)
こういう時に、人生経験が不足していてかける言葉が見つからない。
でも、だからこそ彼女の助けに自分がなれれば嬉しいんじゃないかと思った。
『梅太郎も元の世界に親友を残してきたのは寂しいですか?』
(友達いないからその心配はない)
『……それはそれで申し訳ありませんでした』
(やめてよ余計に惨めになるから)
アシュラは相変わらず、デリカシーはなさげな調子だった。
そして、夜が明けた。
僕らはどうやら、あのドラゴンの追跡は振り切れたようだった。
「ひいい、ねみぃ、もうだめだあ」
「情けないやつだな、ほら歩け歩け」
ツァスに背負った荷物を押し上げられながら更に丘の上を目指して登り続けていた。
そんな感じで前方不注意だったもので、前を這い上っていたソリルが止まったことに気付かなかった。
むにゅ、とその形の良いお尻に顔を埋めてしまう。
「わわわ!? ご、ごめん! 眠すぎて前見えてなくて……」
さすがにゲンコツ食らうか、と頭を抑えるが、ソリルは固まったまま前を凝視している。
「ソリル……?」
僕は不思議に思い、彼女の横に登る。
そこは、丘を登り切った頂上だった。
目の前には、朝日に照らされた広大な〝クレーター〟が見えた。
僕らが登ってきた丘は、クレーターの外縁だったのだとようやく気付く。
そして、クレーターの中心。
巨大な〝何か〟が横たわっているのが見えた。
「何だ……あれは?」
「お師匠さま、一体あの物体は!?」
「分からぬ……ワシもあんなもの初めて見るわい」
ソリルもツァスも、古老のネルグイさえ。
クレーターの中心に横たわる〝何か〟を理解できない。
あれは、おそらく残骸だ。
木々と苔に侵食され、もはやさび付いて動くことはない残骸。
僕は信じられない思いで、その言葉を口走った。
「あれって……まさか宇宙船じゃ……!?」




