<第1話 目覚めたら何故か異世界>
「あれ? どこ、ここ……?」
目を覚ますと、妙に寒かった。
上半身を起こすと、ぺきぺきと変な音がする。
「な、なんじゃこりゃ……氷?」
僕は何故か草地のど真ん中に座っていた。
そして、半径二メートルくらいの円周上が、これまたどういうわけか凍り付いて冷気の白い煙を上げている。
それが一体何なのか、何を意味するのか、全く分からない。
「は……? どういう状況、これ?」
立ち上がり、呆然として辺りを見渡す。
どうやらここは森に囲まれた広場の真ん中のようだ。
日は高いから、正午くらいだろうか。
こんな場所で目を覚ます理由が思いつかない。
自分でこんなところまで歩いてきた覚えなんて、もちろんなかった。
頭を抱える。
「ええぇ……酔っぱらって寝ちゃったとしてもこんなとこ来ないよな」
最後の記憶をたどってみる。
「なんだこれ……頭に靄がかかったみたいだ……」
よく思い出せない。
何でだ? 二日酔いとも違う感覚だ。
「僕の名前は染井梅太郎……28歳、職業は無職でいわゆるニート……これは思い出せる」
一番忘れたい記憶だけはしっかり残っていた。
自分の体をあらためると、上下の灰色のスウェットと、足に履いたサンダルは見慣れたものだった。
そして――
「うげ!? な、なんだこれ!?」
両の手首を見て仰天した。
奇妙なデザインの金属製のリストバンドみたいなものがはまっている。
金属のようだけど、今気づいたくらいに軽い。
その上には小さな蒼い宝石のようなものが一つずつ埋め込まれていた。
宝石のようとはいっても、このリストバンドは見たところ宝飾品ではないようだ。
「ってしかも外れないし!?」
よく見ると継ぎ目もないじゃないか!
どうやってはめたんだこれ!?
そうして悪戦苦闘して外そうとしていたら――
『残念ながらその手首のドラウプニル干渉端末は外れません』
突然声がした。
「うわあっ!?」
驚いて咄嗟に背後を振り返るけど誰もいない。
『初めまして。私はあなたのサポートAI〝ASHURA〟です。繰り返しますが、残念ながらその手首の端末は外せません』
再び声がする。
頭の中に直接響いているような、そんな声だった。
しかも中性的な声で、男性か女性か分からない。
「だ、誰だあんた!?」
『便宜上、ASHURAとでも呼んでください』
「ア、 アシュラ……?」
『はい。シナプス共有型統合サポートAIです。あなたが手に入れた能力の使い方の説明、情報分析、その他の判断支援まで、多岐にわたる用途に利用できます』
丁寧な説明らしきものを受けて、僕は唖然とする。
そしていったいこいつは何なんだと考えた。
(AIって言ったけど、脳内に話しかけてくるAIなんて聞いたことないぞ)
『説明がまだでしたが、脳内で呟く言葉は私にも読み取れます』
「うえっ!? マジで!?」
『もちろんプライバシーがありますので、指示があれば私の干渉を切ることも可能です』
「そ、そうなんだ」
思わずほっとする。頭の中全部見られるなんて冗談じゃない。
でも、ちょっと話した感じ、悪い奴じゃないのかな……?
奴って言っても、人間じゃないのか。凄いな最近のAI。
『私はあなたの望みを全面的にサポートします。どうかご安心して利用してください』
ふうん……じゃあ、僕をサポートするって言ってるなら、今のこの状況を説明して欲しいな。
「え、えと……じゃあ、アシュラ、僕は何でこんなとこにいるの?」
『あなたが望んだため、ここにいます』
「は、はあ……? 僕が望んだ?」
『はい。あなたが望んだため、ここにいます』
全然そんなこと言った覚えないんだけど。
それにこんな森の中に放り出してくれなんて僕が頼むわけないじゃないか。
ニートでアウトドアと世界一無縁な男だぞ僕は。
「記憶がないんだけど、そんな話したっけ僕?」
『〝転生〟した後遺症かもしれません』
「転生? 移動じゃなくて?」
首を傾げると、アシュラはしれっとこう言った。
『はい。ここは〝異世界〟ですので』
「………」
しばらく絶句する。
そして、思う。
やっぱAIってまだまだ発達途上な技術なんだな。
ここが〝異世界〟だって?
またまたそんな。
そういう雑なドッキリでもニートなら引っかかると思ってんの?
『聞こえてますよ』
「ああごめん。で、帰り道はどこなの? 最寄りのバス停か駅の情報出して」
僕は取り合わずに周囲をきょろきょろ見渡す。
道があったらそこ伝いに帰ろうと思った。日本ならよっぽど山奥じゃなきゃ道が通ってるし。
バス代くらい持ってたかな……と懐を探る。
「あれ……財布もスマホもないじゃん!?」
と言いながらもそんなに驚かなかった。
ニートだから財布がなくなったとこで数千円しか入ってないし、電話する相手もいないから。
『問題はないと判断します。おそらくですがこの世界で元の世界の通貨は通用しませんし、スマホが利用できる基地局もありません』
「ははは、じゃあモンスター倒して報酬もらわなきゃな」
僕が冗談を言うのを無視して、アシュラが言う。
『現在地点はマッピングシステムで半径100mほどを把握していますが、それ以外の情報はなく、探査が必要と思われます。こちらをご覧ください』
「うわ」
目の前にマップアプリの画面みたいなのが現れた。
『脳の視覚野に直接投影してますので、あなたにしか見えていません。探索した地形は自動で記録されるので、地図がないため迷う心配は少ないでしょう』
「すげー……こんなことできるんだ」
そして改めて疑問に思う。
「誰がこんなものを僕に装着したんだ……? アシュラは知ってるんだろ?」
『あなたにはまだ記憶の混乱が見られますので、それよりまずは今日の野宿に適した場所を探すのを提案いたします』
「ああはいはい。確かにまずは帰り道探さんとね。野宿なんて冗談じゃない」
僕は記憶がたどれない苛立ちに任せて歩き始めた。
移動しているとゲームでフィールドの未踏破エリアを進むようにマップが鮮明になっていく。
全方位が森に囲まれていたから、僕は森に足を踏み入れた。
「あ、川の音だ」
なんだっけ、山で道に迷ったら川沿いで下れば人里に着くんだっけ?
『それは誤った知識です。遭難に関してならまずは高台でルート確認をした方が……』
「わ、分かってるよ! ちょっと川で顔洗いたいって思ったんだよ!」
間違いを指摘されると反射的に言い訳する癖があるのは駄目人間の特徴だ。
半ばムキになって川辺に出て……固まった。
「は……?」
目の前に広がっていた光景に立ち尽くしたからだ。
それは、そう、なんていうか、非日常の光景。
こういうの、なんていうんだっけ。
「せ、戦場……?」
ややあって、その形容の仕方がようやく見つかり、口からこぼれた。




