<第17話 狼と踊れば その2>
深夜の村外れは静まり返っていた。
ソリルは彼女の望みを叶えるために、秘密の場所へ案内することを思いついた。
松明を掲げ、茂みの中を進む。
「足元に気を付けろ。ここを降りる」
すると、枯れ木と腐葉土の中に、ぽっかりと人が一人分ほど入れる穴が現れる。
「洞窟……? いえ、違いますわね」
エルネスティーナは驚いた表情を浮かべた。
「こんな森の中に階段なんて……!」
「古老のネルグイ曰く古代遺跡の一部らしい」
二人は松明を手に地下へと降りていく。
入口が埋まっているだけで、中は思ったよりも広かった。
足元からは、錆びた鉄の音が聞こえる。
「鉄の階段とは珍しいですわ」
「もう動くことはないが、この階段は一人でに動いて自分の足を使わずとも昇り降りができたそうだ」
「面白い伝説ですわね。古代人は空も飛べたというのに、自分の足で階段も上れなかったり不思議な伝説が多いの。わたくしも詳しく調べようとしたことがあるのだけど……」
「あまり詳しく調べると教会から異端にされて良くて監獄、悪ければ火炙りなんだろう。森の外も物騒だな」
「……インテリアにするくらいは許可されていますわ。まだ生きている遺物を持つのが禁忌なだけで」
長い階段が終わり、その先は古代都市の遺跡のようだった。
多くは崩落し、かつての姿は想像できない。
朽ちずに遺る強化コンクリートの壁と支柱だけが苔を生やして静かにここが人工的に作られた空間であることを物語っていた。
その強化コンクリートの壁も、木々の根に侵入され、あちこちがひび割れている。
「高度な魔法文明を築きながらも、滅んでしまえば虚しいものですわね」
「そうか? オレはそうは思わないな」
「どうして?」
エルネスティーナは尋ねる。
「この遺跡のように、彼らはオレ達に何千年と語り継がれるものを遺したんだ。それは誇るべきことだと思う」
ソリルは暗闇の中で立ち止まり、振り返った。
いつの間にか、そこは地下とは思えない広いスペースに出ていた。
暗闇が広がり、エルネスティーナは少し不安に襲われた。
「エルネスは何を遺せるかな」
「何も遺せないかもしれませんわ……」
「死ぬ時に何を遺せたか考えるんだ。オレは――」
ソリルは松明を捨てる。
「結婚して遠くへ行ってしまおうと、エルネスのことを忘れないよ。それだって、遺したものだ」
そう告げて槍を構えた。
「さあ、手合わせ願おう」
その瞬間、辺りが昼間のように明るくなった。
エルネスティーナが驚いて天井を見上げる。
火が灯っているわけでもないのに明るい。
それは彼女の経験したことのない光だった。
「灯りが!? それに、ここ……」
「ここはかつて闘技場のようなものだったらしい」
そこは長方形の広い空間だった。
もはやあちこち崩落し、何のための施設だったのか判断はつかない。
しかし、長方形のスペースの周辺には、観客席のようなものが四方にあることから、何らかの催しを観覧するための場所であることは分かる。
「まだ、この遺跡で辛うじて生きている古代の発光魔法がこうして迎えてくれる。村でも一部の者しか知らない」
人狼族でも人間たちの教会のように、古代の遺跡や遺物は迂闊に触れてはならないものとされている。
それでも、秘密にしておけば大丈夫だと考えるのが若者である。
生真面目な戦士であるソリルにだって、そういう面はあった。
「部族の外の人間になんて、絶対教えないんだからな」
「ソリル……」
その場所を、異邦人である自分に教えてくれたことにエルネスティーナは胸が熱くなった。
「分かりましたわ」
彼女は腰から抜刀する。
「手合わせ願います!」
ソリルが嬉しそうに小さく笑みを見せた。
嘲笑ではない。エルネスティーナはそれが分かる。
辺境伯の娘が騎士の真似事をしているという笑いではない。
むしろ逆。
自分のことを、戦士と認めてくれる笑みだ。
「はぁああああああ!!」
エルネスティーナは駆けた。全力でソリルに向かって駆けた。
剣戟の音は地下のこの空間には気持ち良いくらいに良く響いた。
打ち合いが長引き、互いに汗が肌に浮かぶ。
魔法の光にそれが輝き、真夜中だというのにそれが刃を合わせる衝撃に飛び散ると、まるで小さな宝石のようにエルネスティーナには見えた。
夢のような一時だった。
勝負がついたのは全くの偶然。
ソリルが腕力に勝ったのが勝因だった。
「……参りましたわ」
首元に槍の穂先が突きつけられる。
「エルネスは魔法が使える。魔法まで交える戦場ではどうか分からない」
「いいえ、負けは負けですわ。ここは戦場ではないのですから」
手を引いて起こしてもらう。
エルネスティーナにはこれはあくまで試合。殺し合いの戦争ではない。
互いを剣先で分かり合う、ある種のコミュニケーションですらある。
男性的なやり方だが、それをやる自分をおかしいと言わないソリルのことが、彼女は大好きだった。
そして、この夢の時間が終わり、彼女の中にはある決心がついた。
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翌日、村での別れ際、エルネスティーナは馬に乗る前、小さく狼の親友に告げた。
「ソリル、わたくし、たぶん結婚すると思いますわ。お父様もそうして欲しいようだし、家のことを考えればそれが最善だから」
「……そうか」
ソリルは否定も肯定もしなかった。
親友が悩んだ末の答えに、口を挟むような性格ではない。
「人狼族はお貴族さまの結婚式には出席できないから、晴れ着を見れないのが残念だ」
「いいえ。王都に是非来て」
「いいのか?」
「ええ。もちろん。あなたが出席しないなら、結婚は承諾しませんから」
ソリルと彼女は最後にまた抱擁し合い、人狼族の交易品を荷駄に載せ、彼女は人狼族の村を去った。
――二人が互いを殺そうと決意したのは、それから二週間後のことだった。