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<第15話 辺境伯の娘 その2>

「君の頼みなら無下にはしないよ。魔法学園の可愛い後輩のエルネスの、ね」


 エルネスと呼ぶのは親しい者だけだ。

 王子とは別に親しいつもりはない。あまりその名で呼ばれたくはなかった。

 無論、王子相手にそれを口には出せない。

 今の自分は病に臥せった辺境伯である父の名代に過ぎない。立場を考えるならこうして王子と直接話せること自体が異例だ。


「〝災いの大地〟に人狼族討伐へ向かった王都騎士団の生還者が現れましてございます」

「それは本当かい?」


 自身の直属の部下のことだというのに、彼はどこか他人事だった。


「左様です。現在は兵舎にて治療中ですわ」

「世話をかけたね。礼を言うよエルネス」

「とんでもございませんわ。それで、つきましては――」


 駄目だと分かっていても、願い出る。


「今後の方針について会議を開きます。殿下にはそちらへ出席していただきたいのです」


 しかし、案の定、王子は興味なさげに答えた。


「軍議なら結論だけ持ってきてくれればいいさ」

「ですが……出席だけでもしていただかねば、わたくし達だけが独断専行しているように受け取られますわ」


 彼女は領地の人々のことを思い、必死に説得する。


「領地の民も村が人狼族に襲われるのではと不安に感じておりますわ。王子殿下が指揮を執っていると知れば皆が安心します」

「分かっているとも。あの蛮族共、君が慈悲の心をもって平和を望んだというのに、あろうことかそれを仇で返したんだ」


 王子は理解を示したつもりかもしれなかったが、それは彼女にとっては無理解そのものだった。


「お言葉ですが、殿下……」


 堪えるべきだったが、思わず反論に走ってしまう。


「人狼族は勇敢ですが好戦的ではありませんわ。理由もなく村を襲うとは考えにくいと思っておりますの」


 王子の機嫌を損ねまいかと案じたが、彼は軽薄に笑って言った。


「それは君が純粋過ぎるのさ、エルネス」


 彼はソファから立ち上がり、彼女の肩をそっと触れた。

 振り払うわけにもいかない彼女はぐっと耐える。


「後のことは将軍にでも任せて、君はお家のことを考えれば良い。私はいつだって待っているのだからね」

「いえ、人狼族の件は辺境領の問題。わたくし達アヴレイル家が対すべきですわ。失礼いたします」


 説得は失敗だった。

 この王子は、名目上は辺境領での蛮族討伐の指揮のためにここにいる。

 でも実際はそうではない。


(王子の目的は、わたくし自身……)


 だから、人狼族との戦いにも、ここでの暮らしにも興味はない。

 こちらが折れて、王子の手を取るのを待っているだけなのだ。

 これまで、女がそれで折れなかったことがないように。

 彼女の背を見送りながら、王子は言った。


「……本当に君が言うように何か理由があって人狼族が戦争に踏み切ったとして、それの何が不都合なんだい?」


 彼女ははっとして振り返った。


「蛮族どもを根絶やしにできればこの辺境の地にも開拓地ができる。領土が増えれば我が国も栄える。誰も困らないだろう」


 絶句して王子の顔を凝視する。


「違うかい?」


 ・

 ・・

 ・・・


「げほっ げほっ けむいなあ」


 即席でソリルたちが掘っ建てた小屋から出てきた僕は思い切り咳き込んだ。

 小屋の中からはもくもくと白い煙が立ち込める。

 といっても、小屋が火事になっているわけじゃない。

 小屋は簡単に木で円錐型に形を作り、その周りをまだ水気のある葉っぱのたくさんついた枝で覆ってある。


「ほら、魚追加だぞ。燻し火も絶やすな」


 ツァスが紐で吊るせるようにした魚をいっぱい持って来た。


「うへえ」


 そう、これは燻製(くんせい)小屋だ。

 中には今日ガチンコ漁で漁獲した魚が大量に吊るされている。

 ワタは綺麗に除去され、塩水に漬けた上で臭み消しにハーブを刻んである。それを燻す作業の真っ最中だ。


『生魚は日持ちしません。燻製にして長期保存可能にしなければ、いくら大漁でも明日には食糧不足に逆戻りです』

(冷蔵庫がないってキツいなあ)


 冷蔵庫どころか保冷バッグも氷もない。

 食べ物を日持ちさせる道具は全くないんだった。

 そんな時に作るのが燻製だという。


『木材を燃やした際の煙にはフェノール類やアルデヒドが含まれています。これが魚の表面に付着すると反応を起こして非常に薄い樹脂膜を形成して腐敗菌の繁殖を抑制する効果が出ます。他にも燻せば燻しただけ魚の身から水分が抜けるので雑菌の繁殖が遅れます』

(昔の人の知恵って凄いね)


 その分、手間だけど。


「皆の衆、ちょっと休憩にせんかの」


 魚が痛み出す前にとずっと作業してきたので、もうくたくただ。

 シャーマンのネルグイおじいちゃんが夕飯を用意してくれていた。

 燻製にするには小さくて効率が悪い魚は、新鮮な内に焼き魚にして食べてしまう。

 それがちょうど焼けたようだった。


「ほれ、ウメタローも」

「ありがとうお師匠さん」

「ほっほ、ネルグイ爺でええぞい。ウメタローは弟子ではないからのう」


 ネルグイ爺から串刺しにした川魚をいただく。

 (あゆ)の一種のようだった。

 香ばしい焼き魚の匂いが空腹に効いた。


「おいひいい!」


 齧り付いた瞬間、そんな声が漏れる。


「ほっほっほ、良かったのう。それ、もう一本どうじゃ」

「ほんとに美味しいよ! やっぱ炭火で焼いてるからかな」


 ニート生活だとフライパンにIHコンロで適当に焼いてたもんな。

 僕の料理スキルじゃなんかパッサパサの焼き魚しかできなかった。


『炭火は遠赤外線を発しているため、食材の内部が適度に加熱され、表面は火であぶられかりっとしつつも中身はジューシーな仕上がりになります。それが美味に繋がる要因です』


 そうそうなんかそんな話聞いたことある。

 と、笑い声がした。


「はは、変なこと言う奴だな」


 ソリルが苦笑していた。


「炭火以外に何で焼くんだよ。寝言言ってるのか?」


 ツァスにはバカにされた。


「そ、そうだよな。僕ってば何言ってんだろ」


 記憶喪失ということにしてる手前、それ以上は言わない方がよさそうだ。

 話を変えることにする。

 あ、そういえばこの二日間、バタバタし過ぎで、まだ聞いてなかったことある。


「あ、そういえば」

「なんだウメタロー、聞きたいことでもあるのか?」


 ソリルが焚火に薪をくべながら優しく言ってくれた。

 今日の食事は全部僕のおかげということもあって、ツァスですらちょっと僕に優しい感じだった。


「うん。みんな〝鉄鱗〟って言ってる人達ってさ、どうして戦争になっちゃったの?」


 その瞬間、人狼族の三人の食事の手が止まった。

 ピリ、と肌に何かひりつくような、そんな空気がその場に走った。

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