<第13話 お魚地獄>
ぐうう〜〜〜……
言われてみたら猛烈に腹が減ってきた。
水に濡れて体力消耗したし、能力だって使ってきたわけだからそらそうだ。
「昨日のペミカンってもうないの?」
「少しはあったよ! ……でも、その」
男の娘シャーマン……ツァスが言い難そうに目を逸らした。
「食糧はオレとツァスが背負ってる荷物に全部入れていた」
ああ、そういうことか。
『食糧をあなたの荷物にも入れたら逃走しやすくなりますしね』
(それが裏目に出ちゃったのか)
僕が背負ってきて無事な荷物に食えるものはないらしい。
「だから、これから食糧探しだ」
ソリルは僕の背負ってきた荷物から、弓矢を取り出す。
弓矢といっても、ソリルみたいな長身の戦士が持つにはなんだか小さい。
『ショートボウに類する弓ですね。矢も鏃は黒曜石製のようです。あれで大型獣を狩るのは難しいでしょうから、小動物と鳥撃ち用でしょう』
弦を張りながら、彼女は呟く。
「貧弱な弓と、矢も数本。心もとないが仕方ない」
「でもソリル。見たところ、この周辺に4人が食えるほどの大型の獲物はいないみたいですが……」
「湿原になってる辺りに川鳥の巣がないか探そう。あまり気配はないが」
どうも雲行きは怪しいようだ。
僕はすぐそこの川を見て、あっと思う。
「はいはいはい! すぐそこ川じゃない? お魚獲ればいいんじゃ?」
名案とばかりに手を挙げた。
ソリルたち三人が顔を見合わせる。
「バカかお前は」
そしてツァスが心底呆れた顔で言った。
「網もなければ釣り具もないんだぞ。どうやって獲る気だ?」
「石を組んだ罠も作れないわけではないが、時間と効率、かかる獲物は運次第なことを考えるとな……」
「そ、そうなんだ」
思えば素人の考えつくことをプロが考えないわけないか。
『いえ、名案だと思いますよ、梅太郎』
(慰めなんていいってアシュラ……)
『慰めではありません。ドラウプニル干渉端末をそこの川のできるだけ開けて深いところへ入れてみてください。そうですね、まずはあの辺へ』
川の流れが比較的緩くて、かつ広い川幅のある部分にマークが出る。
(え? 結構深そうだけど)
『ちょっと潜りますが大丈夫です』
(人使い荒いなあ)
僕はしょうがないので川の中へざぶざぶと入って行った。
「お、おい! 手掴みで獲れる魚なんてたかが知れてるぞ!」
「ウメタロー、気を悪くするな。ツァスの言う通りだ」
アシュラの存在を知られてないみんなからすれば、僕の行動は拗ねたように見えたらしい。
「ちょっと待ってて!」
僕は手を振って答え、ざぶんと川の中へ潜った。
「あばばばば」
でも元より泳ぎはそんな上手くもない。
25mプールをなんとか足をつかずに泳げる程度だ。
両脚を水面に出して干渉端末のある両腕だけ水底につけた八つ墓村みたいなポーズを晒す。
『十分です。ソナーを使って魚の位置を把握します』
すると、手首から「カチッカチッ」という変な音が聞こえる。
『クリック音です。イルカが仲間との交信や魚群探知に使用するエコーロケーション能力で発するものです』
(おお、なんか魚がいるとこが分かる!)
結構大きな魚群がどこにいるのか、マップ機能に表示される。
『精度を高めるためにあと二か所くらいやりましょう』
(お、おけ)
ざぶんと顔を出して息継ぎすると、また別の場所で同じ動作。
それを眺めている人狼族の面々は一様に唖然としている。
「何やってんだあいつ……」
「もしかして腹が減って気が触れたか?」
「呪いなんじゃなかろうかね?」
それでも見守っていてくれるのは、あの人達の律儀なところだ。
『それでは仕上げです。一番大物と魚群が大きいとこを狙いましょう』
(おうさ! ……って、どうやって釣るの?)
男の娘のツァスが言ったように、釣り竿もないし網もない。
手掴みなんてのろまな僕にできるわけないし。
『また岩を利用します。そこの、中くらいの岩を重力干渉能力で持ち上げてください』
「こ、こうか?」
ぐん、と人がギリギリ持ち上げられそうな大きさの岩を宙に浮かせる。
「あお!?」
「あいつ何する気だ?」
後ろで見守るみんなはちょっとびっくりしていた。
『それを、あの魚群の近くにある岩に全力で投擲してください』
「え? 魚を狙うんじゃないの?」
『そうです。狙うのはあの岩です』
岩と岩をぶつけるなんて、川遊びじゃないんだから。
そう思いながらも、言われた通りにやってみる。
「えいやあ!」
ぶおん、とスリングショットで投げるような感じで宙に浮いた岩を加速させる。
バキィッ!!
それが狙った岩に衝突すると、砕け散って凄い音が鳴った。
衝撃波が川面を伝い、爆弾でも着弾したかのような波紋を見せた。
「うわあ!? いきなり何してんだ!?」
ツァスが腰を抜かしている。
が、その彼が次の瞬間、目を丸くして叫んだ。
「あっ!? 見てソリル」
「魚が……!?」
白い物体が次第に水面に姿を現しはじめる。
それは魚の白いお腹だった。
『かなり大きいマスの一種のようですね。これだけ量があれば四人でもしばらくもつでしょう』
「えっ!? えっ!? なんで!?」
やった張本人の僕もびっくりだ。
『岩をぶつけた衝撃波が水中にも伝わり、魚が気絶して浮いてきたんです』
「ほえー、すごい。じゃあ釣り竿とか要らないじゃん」
『ちなみに元の世界では〝ガチンコ漁〟と言われ禁止されています。魚を根こそぎ全滅させる恐れがあるのと、生態系に極めて悪影響があるからです』
思わずドキッとする。
「えっ!? 駄目じゃんそれ!」
ニートは小心者である。
『ここは異世界で、この河川もどこかの漁業組合が管理してるわけではありません。緊急避難なのでやむを得ないでしょう』
アシュラはしれっとしている。AIだけあってたまに怖いくらい冷静だ。
「凄いじゃないかウメタロー! 早く全部取って来よう!」
「こんなことできるなら最初から言えっての……」
「ほっほ、今日は新鮮な魚が食えるのう。老人には肉より魚がええわい」
三人が一応、喜んでくれているのだけはとりあえず良かった。
※石打漁、いわゆるガチンコ漁は日本ではほとんどの地域で禁止されているので、くれぐれも真似をしないようにしましょう!