<第12話 記憶喪失の男>
アシュラに初めて身の上話をしたものの、状況は相変わらずだ。
ソリルは戦士だからか一度警戒すると簡単には解けないみたいだった。
『犬や猫の前で軍事機密を話しても問題はありませんが、言葉が分かる人間の前でそんな無防備な軍人はいません。今まであなたが彼女からそれほど警戒されていなかったのは、言葉の分からないあなたがある意味で無害な存在と見なされていたからですよ』
一番怖いのは人間だから、いきなり言葉が分かる人間に昇格してしまった僕は警戒対象になって当然ってことか。
怖いな。死線潜ってる人の価値観って。
「……幼稚な理屈じゃが、嘘を言っとるようにはワシには見えんのう」
事の成り行きを見守っていたおじいちゃんが顎をさすりながらそんなことを言った。
「ネルグイ、彼に〝精霊の審判〟を行うことはできるか?」
なんだかまた分からない単語が出てきた。
しかもちょっと不穏な響きがする。
「この非常時にあの儀式のために調合した薬は持ってきておらん。それに、あれは罪人を裁くためのもの。ワシらに今のところ何か悪事を働いた様子のないその者に使うのは躊躇われるわい」
するとおかっぱ男の娘が異を唱える。
「お師匠さま、人間相手にそんな理屈必要ないのでは?」
「それは我らの都合じゃ。ワシら〝風の語り部〟は風の掟に従うもの。個人的な恨みでそれを曲げるようではもはやシャーマンたりえぬ」
「は、はい……すみませんでした」
おじいちゃん、年いってるだけあってなんか冷静だな。
ちゃんと年をとった人の凄みというか。
『推測の域を出ませんが、この慎重さを見るに、拷問か自白剤の投与など危険を伴う行為が想定されます』
(怖っ!?)
ギリギリそれは回避されたってことか。
『あなたが二度に渡って彼らを助けたのもあるのでしょう。情けは人の為ならずということです。私も興味深い』
何が興味深いのか僕にはさっぱりだ。AIの知的好奇心ってことなんだろうか。
そんなことを考えてると、ソリルの中で何やら結論が出たようだった。
ドン、と何かを決するように槍の柄を地面に突き立てる。
「ならばウメタロー、お前には証を立ててもらうしかない」
「はあ、証……?」
なんだか大仰な物言いだけど、受ける僕は締まりがない。
「そうだ。オレ達の敵ではないという証だ」
ソリルは僕が背負ってきた荷物を一瞥した。
本来、あと二荷物分はあったはずの、彼らの最後の物資だ。
「これから先、オレ達には困難が待ち受けている。来年の春を迎えられるか分からない。だから、ウメタローには試練を受けてもらう」
「し、試練っすか」
ニートの天敵みたいな言葉に僕はごくりとした。
「ど、どんな試練を?」
「特別な儀式はない。ただ、これから先、オレ達に脅威が降りかかった時、常に前へ出て三度助けて欲しい」
「あの怪物やオークみたいなのが現れたらってこと?」
「そうだ。一度なら偶然。二度なら信用。三度なら仲間だ。よその部族からやってきた者を村へ受け入れる時の習わしだが、ウメタローにもそれをやってもらう」
男の娘は不満そうな顔をした。
「あ、甘くありませんか? それに期限は?」
「甘くはない。平時と違いここは〝森の暴君〟の縄張りで、部族の者が誰も来たことがない〝災いの大地〟の奥地だ。難易度は各段に高い。期限は設けずともすぐ三度くらい起こる」
「そ、それはそうですけど……」
彼らの様子を、アシュラが冷静に分析した。
『彼らもギリギリです。人手が欲しいのでしょう。一度は〝森の暴君〟というあのドラゴンを撃退したのを見ているわけですからね』
(そ、そっか)
ソリルはこちらが答えあぐねていると見たのか、続けた。
「もちろん、選択の権利は与える。無理ならオレ達とはここで別れていい。こんな〝災いの大地〟の奥地で放りだされるのは酷だが、お前が敵だとしたらそれを抱えて行動するオレ達の危険も同じ」
彼女は身を乗り出し、僕の目をじっと見つめた。
「どうだ? 受け入れるか?」
狼の澄んだ空色の目。
どんな時でも諦めない不屈の目だった。
「う、受け入れる……役に立つか分かんないけど」
もう少し、彼女といたいと思った。
それに……
(やっぱりおっぺえでっけえ!)
前かがみになると胸の谷間超見えるし。
『昆虫でももう少しマシなこと考えてますよ』
アシュラに咎められて慌てて目を逸らした。
彼女は大きく頷くと、すっくと立ち上がった。
「じゃあ、ウメタロー」
彼女は槍を置くと縄を解いてくれる。
「疑って済まなかった。仲間になるまでよろしく頼む」
「う、うん」
縛られていた手を、今度はぎゅっと力強く握って引き寄せる。
「わわっ!?」
そして、彼女は二度抱擁をして、両側の頬を触れ合わせた。
「〝武器を手にしていては握手はできない〟ということわざが部族にある。オレ達はこうして仲直りするんだ」
耳元でそう囁かれる。
人と改まって触れ合うという経験を今までしたことがなかったんで戸惑いっぱなしだ。
「そ、そそ、そうなんだ」
それに、ソリルは背が高いから包容力が凄い。
すっぽり包み込まれる感覚にくらくらする。
「終わったら早く離れるんだよ!」
「あいた!?」
男の娘シャーマンに蹴りを入れられた。
「さて、ウメタロー」
「う、うん」
「話し相手が増えたのは嬉しいよ。君が敵じゃないことと、記憶が戻ることを風に祈ってる」
「は、はは。ありがとう、ソリル」
嬉しくもあり、さすがの僕も、その〝祈ってる〟というのが、これから先死ぬかもしれないって意味も含んでのことだってことくらいは分かった。
(でもまあ、死んでもいいか……死んだような人生だったし)
この異世界に来てまだたった二日。
それでも、もうニート生活の二年分を超えるような濃密な時間を過ごしていた。
「ほっほ、話が纏まったところで、そろそろ取り掛からんとまずいぞい」
「ああ、そうだなネルグイ」
途端に三人が表情を曇らせた。
「取り掛かるって何を?」
事情をよく分かってない僕が首を傾げる。
それがイラっとしたのか、男の娘がぎろっとこちらを見て言った。
「もう食糧がないんだよ!」
早速、ハードな問題が持ち上がったのだった。